第2話 迷子の子猫

 ある晴れた日のこと。いつもの様に歩いて学校に向かう俺は公園の隅っこに踞る人影に気付いた。具合でも悪いのかと思った俺は公園に入り、後ろから彼女に声をかけた。


「どうしたの? 気分でも悪いの?」


 何故女の子だってわかったかって? うちの学校の制服を着てたからだ。もし踞っていたのが男だったら多分ほっといて学校に行ってただろうな。


 それはさておき、彼女は俺の声に振り向いて顔を上げた。


「この子、お母さんとはぐれちゃったみたいで……って、加藤君?」


 彼女は俺の事を知っている様だ。俺も満更捨てたものじゃ無いな……って、よく見てみると何のことは無い、同じクラスの岩橋さんじゃないか。もっとも岩橋さんとは二年から同じクラスになったので、まだほとんど話したことが無いんだけどな。


 岩橋さんの手には小さな子猫が載せられていた。頭からお尻まで十五センチぐらいってところだ。岩橋さんの手の上でミーミー鳴いている。


「うわっ、かわいい! でも、学校へ連れて行くわけにもいかないよな。それに母猫だって探してるかもしれないし。とりあえず今は置いといて、学校の帰りに見に来たらどうかな?」


 俺は猫派なので連れて帰りたい気持ちは山々なのだが、これが現実的な対応だろう。岩橋さんは「そうだよね」と子猫を地面に置くと立ち上がった。岩橋さんの背は俺より少し低いぐらいで、長い前髪が目を隠してしまっている為に表情は読み取れないが、声のトーンからするとおそらく悲しそうな目をしてるんだろうな。


 などと悠長な事を言っている場合では無い。子猫にかまけて遅刻すれば先生に怒られてしまう。


「早くしないと遅刻するよ」


 俺が急かす様に言うと岩橋さんは「うん」と返事をすると、もう一度しゃがみこんで子猫を優しく撫でて立ち上がった。


 公園から学校まで俺と岩橋さんは並んで歩いた。同級生なんだから別に普通の事じゃないかと思うかも知れないが、相手はほとんど話したことの無い女の子だ。何か緊張するというか、妙な感じだ。


 ――そういえば岩橋さんのこと、全然知らないよな――


 そう思った俺は、ちらっと岩橋さんの方に視線を移した。


 黒髪ロングのストレートで、真面目そうな女の子。目は前髪で隠れていて全く見えないが、前髪を上げたらきっと綺麗な目をしているに決まってる。誰が決めたのかって? セオリーの神様だよ。

 なんてバカな事を考えていると、俺の視線に気付いたのか岩橋さんが口角を上げて微笑んだ様な気がした。


 これって、良い感じなんじゃないか? 救いを求める傷心の俺は自分に都合の良い妄想を抱いた。しかしこの直後、岩橋さんの言葉によって俺は現実の厳しさを思い知らされるのだった。


「加藤君って、いつも谷本君と一緒にいるよね」


 谷本というのは和彦の苗字だ。恐らく岩橋さんは俺じゃ無く、和彦の方をチェックしていたのだろう。そうだ、どうせそうだ。なぁに大丈夫、こんな事は今に始まったことじゃ無い。だから悲しくなんか無いんだからな。


「ああ、アイツは親友だからな」


 言葉短く答えた俺は岩橋さんから視線を逸らした。もちろん露骨に目を背けたりはしない。あくまでも自然な動作で目線を前方に移しただけだ。だから大丈夫。岩橋さんは俺が落胆した事に気付いて無い……と思う。いや、俺は落胆なんてして無いんだからな。だって、こんな事は慣れっこなんだから。


 そして放課後に事件は起きた。和彦と喋っていた俺のところに岩橋さんがやって来たのだ。

 どうせ俺をダシに和彦に近付こうとでも思っているのだろう。和彦には彼女が居るって事、知らないのかな? などと振られたばかりで荒んだ考え方しか出来無い俺の耳に思わぬ言葉が届いた。


「加藤君、公園行こ」


『加藤君』だと!? 蚊の無く様な声で言うので、俺の聞き間違いかと思ってしまったが、紛れもなく岩橋さんは和彦では無く俺の苗字を呼んだ。俺を指名した。俺を公園に誘ったのだ……大事な事なので三回言いました。


 それにしても岩橋さん、てっきり一人で公園に子猫を見に行くと思っていたのだが、まさか俺を誘うとは! 遂に俺にも春がやって来たのか? もうすぐ梅雨だけれども。

ともかくこれはチャンスなのか? いや、パチンコやスロットで『チャンス』とか『好機』とか出た場合は殆どの場合外れる。希にだが『激熱』でも外れる事があるぐらいだからな。あ、一応断っておくが俺は高校生だからパチンコ屋には行ってないぞ。ゲームセンターで打っただけだからな。


 まあ、そんな話は置いといて、岩橋さんに誘われたのだ。このチャンスを逃す訳にはいかない。和彦には悪いが今日は岩橋さんと一緒に帰る旨を伝えようとした時だった。


「んじゃ俺、由美と帰るわ。また明日な」


 空気を読んでくれた和彦は自らその場を離れてくれた。もちろん由美というのは和彦の彼女の名前だ。いつもは和彦と由美ちゃん、そして俺の三人で帰っているのだが、俺が居ないとなると由美ちゃんは喜ぶだろうな。


 和彦は去り際に振り向いてニヤリと笑うと、小さく右手の親指を立てて『頑張れ』とハンドサインを送ってくれた。なんて良いヤツなんだ。ありがとう、本当にありがとう!




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