第3話 学校帰りに女の子とコンビニで寄り道してジュースを飲むというのは俺の些細な夢だった

 心の中で和彦に感謝の言葉を叫びながら急いで帰る用意をした俺は岩橋さんと二人で公園に向かった。


「お母さん、見つかってれば良いんだけど」


「そうだね。あの大きさじゃ、まだ自分だけじゃ生きていけないからね」


 歩きながら心配そうに言う岩橋さんに俺は答えた。本来なら「大丈夫だよ」とか言って安心させてあげるべきなのだろうが、猫派の俺としては子猫の事が心配なのでつい本音が口をついて出てしまったのだ。


 あの子猫の事は気になる。しかし、俺にはもっと気になる事があった。それは岩橋さん、つまり女の子と二人並んで歩いている事だ。今朝も二人で歩いてたじゃないかって? それは行きがかり上一緒に登校しただけの事。今は岩橋さんの方から誘ってきたのだ。この差は大きい。これが気にならずして、いったい他に何が気になると言うのだ。


 だが、彼女居ない歴=年齢の俺は岩橋さんの事を意識し過ぎるあまり現実から遠ざかってしまった。

 子猫がまだ一匹でいたらどうしよう? 俺が飼うか? そうしたら子猫を見に岩橋さんが俺の家に遊びにきて、部屋で二人っきりになって……と妄想はいくらでも膨らむ。だが猫を飼うには親を説得しなければならないな……などと考えているうちに公園に到着してしまった。って、おいっ、妄想に夢中で岩橋さんとあんまり話してないじゃないか! 俺のバカ!


 後悔しながらチラっと横を見ると、岩橋さんはしょんぼりと俯き気味に歩いているではないか。やっちまった! こういう時は男がリードしなきゃいけないのに。だが、後悔していても仕方が無い。諦めたらそこで試合終了だ。って言うか、試合はまだ始まってもいないのだ。とりあえず子猫を探しに公園に入るとしよう。


 今朝俺が岩橋さんに声をかけたところの近くの草むらに子猫は居た。ただ朝とは違い、母猫だろうか、大きな猫と一緒だった。俺達が近付くと、大きな猫は子猫の首を咥え、とことこと逃げる様にその場を立ち去って行った。


「良かった。お母さんと会えたんだね」


 岩橋さんがほっとした様に言うが、母猫が見つかったということは、俺があの子猫を飼う事が出来ないという事で、それは岩橋さんが俺の家に猫を見に来るという俺の妄想が実現する事が無くなったという事だ。もっとも子猫を拾って帰ったとしても、親に「元居た所に戻して来い」と言われるのがオチなんだろうけどな。


「そうだね、良かった」


 俺は落胆を隠して答えた。あーあ、これで短い夢ともおさらばだ……と思っていたのだが、岩橋さんは予想外の言葉を口にした。


「加藤君、ありがとう、付き合ってくれて。お礼にジュースでもどうかな?」


 マジでか!? ジュースどころか水飲み場の水でも喜んでご一緒しますとも。確かちょっと行った先にコンビニがあったよな。


『学校帰りに女の子と二人でコンビニでジュースを買って飲む』なんて事などリア充共からすれば何て事無い、日常の一部でしか無いかもしれないが、俺にとってはスポーツドリンクのCMのワンシーンの様なキラキラした時間、エロゲーで言えばフラグを立てる為の重要な『イベント』だ。


 はやる気持ちを抑えてゆっくり歩く俺。横を見ると並んでゆっくり歩く岩橋さん。相変わらず目は前髪で見えないが、どんな目をしているのだろう? って言うか、目に入って鬱陶しくないんだろうか? ぶつかったり転んだりしないから前は見えてるんだろうけど。


 口には出さないが、素朴な疑問と余計なお世話的な事を考えてしまう俺だった。


 コンビニに着くと俺はペットボトルのスポーツドリンク、岩橋さんは紙パックのオレンジジュースを手に取った。レジで俺もお金を払おうとしたのだが、岩橋さんは「誘ったのは私だから」と俺の分も出してくれた。女の子に奢ってもらうなんて生まれて初めてだ……って、奢ってもらうどころか女の子と二人でコンビニに来た事自体が初めてなんだよな。


「じゃあ、いただきます」


 俺がペットボトルのキャップを回すと岩橋さんもパックにストローを差し込んだ。


「なんで俺なんか誘ってくれたの?」


 一息ついた俺はつい、聞かなくても良い事を聞いてしまった。すると岩橋さんは含羞んだ顔で答えた。もっとも『含羞んだ顔』と言っても前髪で目は隠れているので口元でしか判断出来無いのだけれども。


「今朝、声をかけてくれて嬉しかったの。私、友達いないから」


 そう答えた岩橋さんの口元に寂し気な笑みが浮かんだ気がした。聞けば岩橋さんは近くに建ったマンションに今年の四月に引っ越してきたばかりらしい。そういえば新学年最初のホームルームの自己紹介の時にそんな事を言ってた女子が居た様な気もするが、それが岩橋さんだったんだな……全然覚えて無いや。当時、俺は憧れの先輩の事で頭がいっぱいだったからな。まあ、振られちまったんだけど。


 それは置いといて、内気な岩橋さんは編入して二ヶ月経った今でも友達が出来ないままで寂しい学校生活を送っているのだそうだ。となれば俺がかけるべき言葉は一つしかあるまい。


「じゃあ、俺が最初の友達だね」




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