『三章:利愛』
菊池の家では車の中と同じようにいくつか情報を聞き次の日の予定をもう少し組んですぐに就寝した。
私は三日の気絶から目覚めてその日にしては動きすぎだったし、菊池も運転疲れが相当であったらしくお互い次の日は昼まで寝ることとなった。
時間とやることとの割にルーズな寝起きの後、簡単な固形物を腹に入れ、病院に向かった。
病院周辺を見る限りでは警察が来ている様子はない。まだ私の脱出は伝わっていないようだ。そして今日帰ってきたわけであるから、あまり迷惑は掛からなかったと思いたい。
「普通に病室に戻るんすかね?私は上川さんをロビーで呼んできますけど」
「はい。私はのんびりベッドで待ってますよ。というかあれですね、安静にしてなかったからか少し傷口が痛みますし、入院が長引きそうです」
実のところかなり無理をして病院を出てきたという感覚はあり、起きた後にはなかった傷口の痛みが襲ってきていた。あるいは痛み止めが切れているということかもしれない。
「まあそれは仕方ないすね。じゃあいってくるす」
そう言ってロビーに向かう菊池を見送り私はエレベーターに乗った。確か私の部屋は、と考えているときに後ろから声がした。
振り向いて目線を少し下げる。目の前にいたのは娘の相本入間だった。
「やあ愛する娘さん。どうしました?」
と適当なことを言ってエレベーターの扉を閉じる。これでエレベーターには私と娘しかいない。
「猿真似しないで」
手厳しく娘に怒られる。妥当な物言いである。
「確かにお父さんなら真っ先にお母さんを探しに行くわ。でも余計なことしないでよね」
「申し訳ない。私も混乱していたのかもしれない。何分」
「いいから早くベッドに戻って退院して」
私の言葉を遮って、彼女は即座に指示を出してくる。なかなか、この娘とこれから過ごしていくのは相当な苦労なのだが……。まあやむを得えないというべきだろう。
「記憶喪失はいいけど、私との約束まで忘れないでよね」
ん?ととぼけた顔をした私を相変わらずきつくにらみ吐き捨てるように告げる。
「私を幸せにするって約束。家族なんだから」
そういうと、もう言うことはないと言わんばかりに彼女はエレベーターを降りて行ってしまった。
「うーんこれはいい娘さんだ」
相本夫婦の養育に心の中で賛辞を贈る。もう娘はどこかへ行ってしまったようだったが(夏休みなので部活かもしれない)、話を聞くのは諦めて上川に話を聞くに留めるとしよう。どのみち娘には大して聞くこともなかったのだ。
娘が降りてからもう少しエレベーターに運ばれると、チン、という音とともに目的の階についた。出るときも思ったのだが、私の病室は最上階の個室である。つくづく院長の職権乱用である。あとで請求されるのだろうか?いや別に困らないのだが。
病室のドアを開けベッドの方に向かおうとすると、昨日ぶりの冴えない男の顔が目に付いた。
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