〈二〉
ひと月ほどが過ぎて城内は
鹿射の街は武装蜂起に賛同派と反対派に分かれているようだったが、州軍が味方に付いたことで大きな盛り上がりを見せていた。州城に仕える下官のうち、逃げていたが幾人か戻った者もいて、崙の世話はその中のひとりに任されていた。
「やみませんね……」
窓の外、降り続く雪を眺めていると後ろで声がしたので振り返る。あてがわれた世話役が
「明け方からずっと降ってるんだよ」
「まあ、早起きですこと」
今はもう夜だ。
「外はどうなってる?」
手枷は外されておらず介添えが必要だ。崙の口に
「人がたくさん集まっておりますね。門は開けっ放しで
「芳麗はなんで戻ってきたの?」
「あたくしは出て行ったわけじゃなかったんです。ただ徐州牧が街は危険になると
「うまく逃げられた?」
「桂州に知己が住んでいるので、ひとまずそこに」
「どうして一緒に逃げなかったの?」
饅頭を頬張りながら尋ねると難しげな顔をした。
「うまくは、言えませんが。徐楽さまは偉大な方です。長年州牧としてあちらこちらに赴任され、民から慕われてきた徳高い御方。あたくしも少しでもお役に立てればなあと。ただ、それだけです」
ふうん、と崙は釈然としない思いで芳麗が
「ぼくは、徐楽さまがやってることが良いことなのかよく分からないんだけど」
「それはそうでしょう。謀叛など、本来はあってはならないことです。国の秩序そのものが乱れるのですから」
意外に思って見上げた。
「じゃあいけないことだと知ってて協力してるの?」
「あたくしは所帯を持てませんでした。でも、たとえ自分の子じゃなくても、辛い思いやひもじい思いをしているのを見ると切ない。王がお気づきでないなら、声を上げることは必要です」
しかし崙を悲しげに見る。
「でもその為にぼっちゃんを拐ってきていては口が裂けても子供たちの為だなんて言えはしませんね。お恥ずかしい」
言うと、お茶を淹れましょう、と席から立ち上がった。崙はその背をしばらく見つめ、肘で卓の上の食器を押した。
「――――ごめんなさい!」
甲高い悲鳴のような音に縮こまった崙に芳麗は駆け寄る。
「お怪我は」
「ぼくは大丈夫。でもお碗を割ってしまった」
「あら、いいんですのよ。不自由をさせているのはこちらなのですから」
なおも心配しながら割れた破片を拾い集めた。崙は屈んだ頭を見下ろす。
「芳麗こそ、怪我しないでね」
振り仰いだ目が細まった。「ぼっちゃんみたいな子が巻き込まれているのはお可哀想です。あたくしからも早く帰れるよう徐楽さまにお願いしてみますね」
「うん。早く帰りたい。ありがとう」
ごめんなさい、と心の中でもう一度謝った。
数日見て、芳麗の持つ鍵束はからげている
とはいえ機会は一度だけしか許されない。脱出がなるべくばれない時間は、鍵を使わない、錠を閉めてから開けるまでの時間が最も空くとき、つまり就寝してから起床するまでの夜中。外に見張りの気配がないなら、実行する価値もある。
両手首が枷でくっついたままだが、格子の間からどうにか鍵穴を探り差し込み、音を立てないよう慎重に回した。
難なく回って金具がかちりと開き、やった、と内心踊り上がった。そのままゆっくりと錠と繋がった鎖を床に置いていく。
ふう、と静かに息をつき、鉄格子を引く。外には本来の
高鳴る鼓動を抑えておそるおそる、ゆっくりと開く。わずかに入り込んで来た回廊の寒気が緊張でじっとりと汗ばんだ顔にひんやりと触れた。
目だけを左右に渡し、なんの変化もないのにさらに開く。少し軋んでしまい心臓がひっくり返りそうになったが、ままよと思い切って首だけを突き出した。暗くて灯火もない。城には叛乱兵が入っていると聞いたけれども、寝所をあてがわれて休んでいるのだろうか。そのままそろりと踏み出す。
自分がいったい州城のどのあたりに監禁されていたのか分からなかったが、とにかく月光の射し込むほうへと歩を進める。都市部の建物にはふつう
しかし広大な院子から見回しても背の高い木々で遮られ周囲の様子はまるで分からなかった。それでも気を取り直し、ともかく建物の外へ出ようと前殿と思われる小ぶりな屋根の見えるほうへと近づく。と、突然響いた
そのまま
奥には
甕には
「おい、包みがほどけてるぞ」
緊張しながらもうとうとと
「誰だよ、適当に
「昨日は派手に呑んでいたからさ、誰かが間違えて破ったんだろう」
外で言い交わす声が聞こえ、崙は状況を把握しようと息を詰めて耳をそばだてた。
まったく、と木箱を揺すられて気が気ではない。しかし開けられることはなくもう一度縄を掛けている擦り音がし、箱が斜めに傾いだ。
「いやに重くないか?」
動悸を速める。しかしもう一人がまた笑う声がした。
「炭も入れてあるのさ。州牧さまは太っ腹なことだ。俺たちは焼いた石で寒さを凌いでいるというのに」
「まったくだ」
使用人たちは他にもぶつくさと届け先への不平を洩らしていたが、崙は蓋を開けられなかった安堵でいっぱいでよく聞いていなかった。
朝のうちに荷は運び出され、どうやら荷台に載せられたもようで揺れながら移動しているのが分かった。予想するにこの荷物はおそらく封に書かれた場所に運ばれるはずだ。そう思い、寒さに
埋州鹿射からどれほどの時間がかかるのか定かではなかったが、それほど離れてはいないと思った。荷が馬に
荷馬車は走り始める。崙は箱の中にあった魚の干物を
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