第3話 初めてのお客様

「クソッ!このままじゃいずれ食われちまう」

「なんでこんなことに…娘は大丈夫かしら…」

「部屋で大人しくしてくれてるといいがな…一刻でも早く娘の元に帰りたいがこれじゃ…」


 1組の夫婦が森の中にある高く大きな木、その木に開けられた穴の中に閉じ込められていた。閉じ込められていたとは言うが、鳥の餌の保管庫であり出口が閉じている訳ではない。2人が出られない理由は人が落ちたら一溜まりもない高さであった。


「助けが来るとは思えないが、せめてあの化け物が戻って来ないことを祈ろう…」


 男は神に祈るように手を組んだが、世界はイタズラ好きな神ばかりである。


「いやあああああ!!アナタ、来たわ、あの化け物の鳥よ!」

「お、お、お、落ち着け!まだ食われるときまっtーー!!!?」


 男が妻を落ち着けようとした所、服を大きな嘴で捕まれ引っ張られる。


「うわああああ!!!」

「アナタ!!!!」


 男は渾身の力で嘴を叩くが、その嘴の強度の前では全くの無意味であった。

 鳥は男を摘まみ上げ、無慈悲にもバサバサと空へ羽ばたいていく。


「じゃあな、リリーナ…娘に、サーニャによろしくな…」

「いやあああああああああ」


 男が全てを諦め、妻と娘に別れを告げ目を閉じた瞬間であったーーー


「娘に感謝することね」


 男は声が聞こえた瞬間、風を感じた。どこか優しく甘い風が。その風が過ぎたと思ったら自分が妻の元に帰っていた。何が起こったのかまったく理解が出来なかった。


「一体…何が…?」

「アナタ…あそこ…」


 横にいる妻が指をさした。その指の先には1人の女性がいた。ブロンドの長い髪を揺らし、大きな胸の前で手を振り、”空を飛んでいる”女性が。


「こんにちは、カフェ”Perch”の出張サービスです♪」


ーーーーー


「結構危ないところだったわね…」


 ミシェルは店を出てから10分ほどで村を駆け、山を駆け魔力が衝突した箇所へとたどり着いた。

 探索結果はビンゴで、そこには通常の数倍デカい

 鳥の魔物ヘルコンディアがいた。そして丁度その時、木の穴から人が取り出されている所であった。 


「君は…カフェ…?」

「それはまた後で説明しますので、木の中に入っていてください!」

「わ、わかった!」


 夫婦には木の中に隠れてもらい、ミシェルは臨戦態勢に入る。


「さて、小鳥さん。空があなただけの領域だと思ったら大間違いよ♪」


 ミシェルは体を動かす動作もなく身体をヘルコンディアの方へ向ける。

 その直後、殺気を感じたヘルコンディアが全速力で突っ込んでくる。その速度は、普通では目で追えないほどの速さであるはずだがーー


「遅いわよ。ふふっ、この命を狙われる感覚も久々ね」


 紙一重でヘルコンディアの攻撃を躱しながら、1枚1枚羽を毟る。数撃してヘルコンディアは攻撃をやめ距離をとった。


「あら、終わり?不思議そうな顔をしてるわね。これね風魔法なの。本来なら人が浮くほどの風なんて出しても、そんな強い風の中で人間が自由に動けるわけなんてない。だから私は考えたの」


 手に持っていた羽を指から話した途端、急速に上へと飛ばされていく。


「風の影響を受けない風の膜を別に作ればって」


 ミシェルは言葉を続ける。


「ただ、この魔法って繊細で難しいのに思ったより使い所がないのよね」


パチンーー


 指を鳴らした次の瞬間、ヘルコンディアが木へと叩きつけられる。そのままヘルコンディアは木にめり込んだまま、目から光が失われた。


「人を浮かす位強い風を相手にぶつけた方が早いのよね…」


 ふぅと一息ついた瞬間であった。


「あ、ヤバイ…この魔法風を纏ってるせいか身体が冷えて…」


 チョロチョロチョロチョロ…プシャーーー


 尿意に耐えきれず、虚しくもおしっこの音が森に響くーーー


 こうして、ヘルコンディアを無事討伐し、山を降りた。そして夫婦と共に彼らの娘の待つ、店の場所まで案内した。


「お父さん!!お母さん!!」

「「サーニャ!!!」」


 うんうん、よかった、よかった。こうして家族が再開できて。私の時のような二の舞にならなくて。とうんうんと頷いていると夫婦が振り返りこちらを向いた。


「なんとお礼を言えばよいのでしょうか…えっと…お名前は…?」

「ミシェルです。お礼なんていいですよ、小さな子が困っていたら助けるのは当然のことなので」

「お父さん!お母さん!店員さん凄いんだよ!!ビューンって助けに行ったの!!」

「店員さん…?」

「うん!ここのお店の店員さん!!」

「こんな所にお店が?コチラがミシェルさんのお店なのですか?」

「えぇ。本日オープンいたしました、カフェ”Perch”です!そして私がここのマスターになります」


 ペコリとお辞儀をする。夫婦は唖然としていた。まぁ確かに化け物の鳥を討伐出来るような人間が、こんな田舎でカフェを開くなんて思うはずもない。


「お父さんお母さん!!お腹すいた!!」


 子どもとは無邪気なもので、両親の困惑を吹き飛ばし声をあげる。


「はっ…!そうだな、朝から何も食べてないし折角だからここでご飯としようか!」

「そうね!私も賛成!」

「わーーい!」

「いらっしゃいませ♪」


 こうして、命を救った3人家族がPerchの最初の客となった。よかった、開店初日0人とかにならなくて…。


「では、席にかけて少々お待ちください」


 私はキッチンに立つ。注文はお任せされたのでとっておきの一品を作ることにした。


「まずは、このたまたま手に入った新鮮な鶏肉を」


 先ほど討伐したヘルコンディアを風魔法でテキパキと捌いていく。勇者パーティーで冒険していた時に森育ちのフィルート君に教わった技術である。ちなみに持ち帰ったのは胴体の一部分だけである。流石にあの大きさを全部を持って来れないよね…。


「よし、これを手のひら位の厚さに切って」


 大きな肉を手のひら位の大きさのブロック状に切り、その内の1つをスライスしていく。肉はほどよい弾力があり、ガッツリと油がノッている。


「次に卵を割って、とく」


 次に、ヘルコンディアの巣から頂戴した卵を割る。新鮮な無精卵であったおかげか、黄身は黄金のような輝きを見せる。


「あとはパンを切っておいて、パチンと!」


 指を鳴らし、台所の薪に火をつける。魔法ってほんと便利!

 そのまま、温めたフライパンにまずは肉を乗せて焼く。ジュージューと音を立て、肉汁が吹き出す。立ち上るジューシーな香りはそれだけでお腹を鳴らせる。そして、その肉の横に先ほど溶いた卵を流し込みスクランブルエッグ状にする。

 出来上がった鶏肉とスクランブルエッグを四角状の食パンへ乗せる。そして、特製のソースを掛けてさらにパンで挟む。

 出来上がったものを三角になるよう対角線で切り完成である。

 それと同時進行に進めていた、コーヒーもグラスへ注ぐ。


「お待たせしました」

「これはサンドイッチ!」

「えぇ。大変な出来事の後だったので、食べやすいものにしてみました」

「美味しそう〜。いただきます!」


 3人の親子が一斉にサンドイッチにかぶりつく。笑顔で見ていると、思っている反応と違い…。


「……」

「………」

「なんか、美味しくない…」


 子どもとはとても正直で、とても残酷なものであるーーー


「今日は本当にありがとうございました。後日またお礼にあがらせて頂きます。あ、コーヒーはほんと美味しかったです!」

「こちらこそご来店ありがとうございました」


 旦那さんの優しいフォローが胸を突き刺しながらも、笑って見送った。今日は日も暮れてきたので店じまいである。


「さて、これは由々しき事態だ…」


 こうして前途多難なカフェ運営が始まったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る