似ている2人

湊 笑歌(みなとしょうか)

似ている2人。

 友達とは何か考えたことはあるだろうか。こんな初歩的なこと誰も考えたことはないだろうし、気にしたこともないだろう。


 有名なイングランドの劇作家。シェイクスピアは言った。「人々は悲しみを分かち合う友達さえいれば、悲しみを和らげられる」と。


 シェイクスピアを疑っているわけではないが、俺はこの言葉に常々疑問を抱いていた。


 確かに友達と一緒にいれば負の感情は少なくなるのかもしれない。しかし、それは一時の感情であり、ずっと続くものではないのだ。悲しみから生まれる心の傷は癒えることはない。


 結局人間は孤独が怖いのである。そして俺、小山 彼方こやまかなたもその1人だった。






━━━1年前。俺が中学3年生の時だった。クラスのカースト的には、良くて3軍といったところで、人前に出てものを言うタイプの人間ではなかった。


 そんな俺だったが、この時は好きな人がいた。その女の子は誰にでも優しくてずっとニコニコしているような女の子だった。


 好きだと気が付いてすぐ俺は彼女に気持ちを伝えた。その感情を大事にしたかったから。


 だがこの時の俺は感情のまま動きすぎていたのかもしれない。でも、やって後悔するよりやらないで後悔するほうが釈然としないから。


 もう同じ失敗を繰り返したくはなかったから。


 だがこの時の俺は感情のまま動きすぎていたのかもしれない。


 あの時俺は直接言う勇気がなかったからメッセージアプリで彼女に告白することにした。


「好きです! 俺と付き合ってくれませんか」


 きっと答えはノーだ。可能性が低いのは気づいていたけど俺は気持ちを伝えてすっきりしたかった。


「ごめん。気持ちは嬉しいんだけど小山君のことはそういう目では見られないかな」


 案の定俺は断られてしまった。分かっていたのだがやはり悲しかった。だが、スッキリしたしあまり学校では喋るほうではなかったから、またいつも通りのクラスメイトとしての関係に戻るだけ。いつもの日常に戻ると思っていた。






 だが、次の日、学校に着き教室に入るとそこにはいつもとは違う雰囲気が流れていた。


 俺が教室に入ったと同時にあちこちでクスクスと笑い声が聞こえた。きっとこの笑い声は俺を馬鹿にしているんだ。とそう思った。


 自意識過剰なんかじゃない。きっとみんな俺の立場になったら分かる。


 俺も最初は勘違いだと信じていたが、1人のクラスメイトの言葉でそれは確証へと変わった。


「小山さ、小林さんに告白したんだって?」


 ニタついた表情を浮かべながらスマートフォンの画面を見せてきた。


 そこにあったのは紛れもない俺と小林さんとのトーク履歴だった。思わず小林さんのほうを向くと一瞬、目があったがすぐに逸らして俺を嘲笑うような表情を浮かべた。


 俺は感情が高ぶってしまいその場から逃げ出した。怒りや悲しみ、後悔。そして何よりも恐怖。色々な感情が俺の中でぶつかり合っていた。優しい女の子にも裏があって、俺はその部分を知らなかった。いや、見ようとしていなかっただけだ。勝手に自分の理想で彼女の表面を固めて心の中でそれを定着させていたのだ。この時の俺は少し人間不信に陥っていた。


 気が付くとそこは自分の家の前だった。我に返った俺は、学校に休みの連絡をするのを忘れていた。そこで、クラスにいる唯一の仲の良い友達に俺が学校に行かないことを、教師に報告してもらうことにした。


 完全な人間不信に陥らなかったのはその友達がいたからだった。


 中学に入学してからずっと同じクラスで何かと馬が合い、学校ではいつも一緒にいた。


 人付き合いが苦手な中で出来たたった1人の友達だ。




 うちの中学は休み時間の携帯の使用が許可されていたため、俺は彼にメッセージを送った。


「俺、今日は学校休むことにしたから先生に伝えておいてくれ」


 数分後に返事が来たが様子が少し変だった。


「そんなこと自分で伝えてくれよ」


 いつもなら二つ返事で引き受けてくれるのに文脈からどこかよそよそしさを感じた。


「小山さ、もう俺に話しかけないでくれないか。お前と話しているところを見られたら俺までいじめられるから」


 俺は未だかつてないほどの吐き気を催した。鳥肌が立ち、視界がゆがんだ。


 人間という生物は嘘にウソを重ねていく生き物だとこの時から理解した。


 俺が告白をした女の子も自分の表面をまるでミルフィーユ状に重ねていてその中身を俺は知らなかった。彼のことは友達だと思っていた。だが、結局のところ彼との友情は決して


『本物』ではなかったのだ。


 俺だけだったんだ。恋愛も友情も、俺だけが抱いていた感情。一方通行の気持ちだったのだ。






 そのころからだった。俺が人間に嫌悪感を抱き始めたのは。


 といっても人間1人では生きていけないもので俺の話をしっかりと聞いてくれる存在がいた。


 母だった。


 俺は学校であったことを包み隠さず話したが、母親は一切言及をしなかった。


「正直に話してくれて嬉しかった」と、この何気ない一言がこの時の俺を安心させてくれてくれた。


 そこからは早かった。母親は、早いほうが勉強についていけるからと、その日中に転校の手続きをしてくれた。


 そして、残りの中学校生活は特に問題もなく過ぎていった。必要最低限の事しかクラスメイトと会話をしなかったからきっと、空気のように扱われていたに違いない。だが、それでよかった。それがよかったのだ。他人には干渉せず、関係など作らない。始まりがあれば終わりもある。だったら初めからスタートラインに立たないという選択肢を俺は取る。


 この考えは今になっても変わらない。


 高校は少し遠いところを選んだ。前の学校の人とは会いたくないから。




 高校生活が始まってから1カ月ほどが経った。ほかのクラスメイトはそれぞれのグループが出来ていて交友関係は固まっていた。


 ただ俺は相も変わらず1人でいた。休み時間には本を読むか寝ているかの二択だ。


 その日の昼休み、俺が休み時間中に本を読んでいると、ある女の子が俺に話しかけてきた。


「もしかして、君は1人が好きなのかい?」


 とても透き通った声だった。どこかで聞いたことがあるような、懐かしい声だった。思わず声の主のほうへ目をやるとそこにはとんでもない美人さんがいた。凛とした顔立ちで「立てば芍薬」という言葉が彼女のために作られたと言われても俺は驚かないだろう。


 そんな人が俺に用があるはずもないと思ったので再び視線を読んでいた本に落とすと彼女は俺の机に文字を書いてきた。


「もしかして耳聞こえない?」


 そこで初めて俺に話しかけているのに気付いた。


「こんな美人が俺に何か用ですか」


 俺は本から目を離すことなく答えた。我ながら失礼だったかもしれない。だが、俺は人との交友関係を持ちたくないから、会話は最小限に抑えたかった。しかし、彼女は一筋縄ではいかなかった。


「美人だなんて嬉しいけど、人と話すときは顔を見て話してよ」


 少々面倒だが、本を置き彼女のほうを向いた。やはり綺麗だ。普段から視線を下に落としているせいで全く気が付かなかった。


「で、何の用ですか?」


「用って程ではないんだけど、君が私と似ていたからさ」


 正直、馬鹿にしているのかと思ったが彼女の目を見る限り人を馬鹿にするような目はしていなかった。あの時のクラスメイトとは違い、彼女の目は真剣だった。


 だからこそ分からないものがあった。こんな美人と似ている所なんて無いに決まっていたのだ。






「君、過去に何かあったでしょ」






 図星を突かれて言葉を失ってしまった。気づかれるそぶりは何も見せていなかったはず。


 考えていると彼女は続けた。


「分かるよ。私も、同じだから」


 その時チャイムが鳴り、次の授業の担当の先生が入ってきた。


「続きは放課後話すね」


 俺は釈然としない気持ちのまま、この後の授業を受けていた。彼女には一体、何があったのか。何が一緒なのか。悩んでいるうちにすぐ放課後になった。






 2人きりになったところで彼女は自分の事。過去のことを話してくれた。


 彼女の名前は阿部あべ 美波みなみ。去年からこっちに引っ越してきたらしい。


 なぜ引っ越してきたのか、だいたいこの時点で察しが付いていた。


「引っ越す前の中学校でいじめを受けていたの。私、モテるから」


 自分に自信がある子なのか。最初はそう思っていたが嬉しそうな顔は一切見せなかった。


 阿部さんは、美しい顔立ちから、昔からいろんな人に告白されていたそうだ。


 ある日クラスメイトに告白をされて、いつも通り断ったらしい。だが次の日、悲劇は起きた。


 阿部さんに告白してきたのは、彼女の友達の好きな人だったのだ。


 告白の事はすぐにその友達の耳に入り、その子は泣き崩れてしまい、それ以降、女子の間でその告白のせいで「クズ女」や、「泥棒猫」なんてあだ名を付けられていじめられたそうだ。


 彼女曰く「こんなもので友情は壊れてしまうのか」と、心底失望してしまったらしい。


「だから私は友達を作らず、1人でいることに決めたの」


「じゃあ、何で俺とコンタクトを取ったんですか」


「休み時間にも言ったでしょ。私と似ていると思ったからだよ」


 彼女の意図が読めない。さすがに似ているという理由だけでは過去にトラウマがある人間は動かない。さらに友達はいらないと言っていたし、俺や彼女はなれ合いを嫌うはずだ。


「だったら、俺はどうすればいいんですか、友達になればいいんですか」


 投げやりな質問をした。彼女の言葉には矛盾がありすぎるからだ。




「小山君。私と付き合ってよ」


「ごめんなさい、付き合うことはできないです。何で付き合うとか、そういう経緯に至ったのかを教えてほしい」


 純粋な疑問だった。俺のどこにひかれたか、一目惚れされる様なルックスなんて持ち合わせていないし、圧倒的なコミュニケーション不足で社交性もない。なぜ俺なのか。


 彼女はまっすぐ俺と視線をそらさず答えた。


「君とは運命的な何かを感じた。理由として、とても曖昧なことは自分が1番よく分かっている。でも、私は君に惹かれる何かを感じてしまったんだ。ルックスでも、内面的なものでもない不思議な魅力に」


 このまっすぐな眼差し。何だろうかこの既視感は。幼いころにどこかで感じたことのあるような気がする。




 シェイクスピアは言った。「誠の恋をするものは、みな一目で恋をする」と。


 告白された本人が言うのは少し恥ずかしいが、やはり本当の恋というのは一目惚れなのだろうか。だが、俺は告白を受けることはできない。


「やっぱり俺は恋愛にどういうメリットがあるか分からないから、ごめん」


「わかった。でもあきらめないから」


 彼女はそう言い残し帰っていった。


 やはりいい気持ちにはなれなかった。もっと優しく断ればよかっただろうか。そもそも、メリットがあるか、ないかで断ってよかったのだろうか。自分も告白を断られる人の気持ちは分かっているはずなのに。


 俺はこの複雑な気持ちのまま帰路についた。




 次の日、彼女は相も変わらず俺に話し掛けてきた。


「小山君、今日家まで送ってよ!話したい事色々あるからさ」


 昨日の一件があってからか少し断りづらい。でも、俺も話したいことがあったから、丁度良かった。


「分かった、送るよ」


 帰宅途中に俺は過去の出来事を洗いざらい話した。彼女だけ話して俺だけ話さないのは釈然としないから。自分にも辛い過去があるからか、阿部さんは真剣に話を聞いてくれた。


 彼女も色々な話を俺にしてくれた。


 昔俺の家の近所に住んでいたこと。親の離婚が原因で転校したこと。そして、初恋の人の事。


「阿部さんは初恋の人に会うためにこっちに引っ越してきたんですか?」


「いや、そういうわけじゃないよ。本当に偶然。あと、美波って呼んでよ」


「善処します」


 話していると、あっという間に家のすぐそばまで来た。


 私の家、そこの交差点の信号を渡ったところだから。と、俺に手を振りながら走り出した。


 その時、彼女は見えていなかった。右側からスピードを緩めずに走行してくる車を。


 確かに信号には青がともっていた。もしかしたらブレーキをかけるのが遅い人なのかもしれない。一瞬脳裏に彼女が車に跳ねられる映像が流れた。その時、俺はすでに走り出していた。


 柄にもないことをしたと、自分でも分かっていた。だが、俺は阿部さんに少し期待していたのかもしれない。彼女なら俺の孤独な生活を変えてくれると。




 すぐに彼女の元へと駆け、背中を突き放した。


 激しい痛みが走り、耳鳴りと共に周りの悲鳴が聞こえた。


 俺は彼女を守れたのだろうか。視界が暗くなっていき人の悲鳴が頭の中でこだまする。






 目が覚めると、そこは病院だった。独特なにおいに、真っ白な天井。今居るところがどこかということだけは理解した。


 だが、俺がなぜ病院にいるのかだけが分からなかった。


 原因や経緯を思い出そうとするといきなり扉をノックする音が聞こえた。俺が「どうぞ」と断る前に、ある女の人が入ってきた。


「ひさしぶりだね。小山君」


 見覚えのない美人がそこには立っていた。透き通るような声で出た言葉はどこか湿っていた。


「あなたは、どなたでしょうか」


「やっぱり覚えてないんだね」


 そこではじめて僕の記憶が飛んでしまっていることに気が付いた。


 いつから飛んでいるのか。どのくらい眠っていたのか。色々なことを考えていると目の前の女性は続けて話してくれた。


「今からちょうど2年前あなたは私を助けてくれたの」


 聞くと僕はこの女性を交通事故から身を挺してから守ったそうだ。その時、車に飛ばされて頭をひどく打ち、今まで眠っていた。ということらしい。


「ということは、今は高校2年生ですかね。いや、高校に入る前に助けたなら俺は学校には通ってないか」


 彼女はとても悲しそうな目をしていた。まるで愛する恋人を亡くしたかのような。


「君は中学3年生の時、何があったか覚えてる?」


「急に何ですか。質問の答えになってないのですが」


「今、あなたは高校3年生だよ。私との出会いだけがぽっかりと記憶から無くなっちゃったんだね」


 そういった女の人の目には涙浮かんでいた。記憶はあの時から止まっている。脳が自然と人生の波を四捨五入してしまったのかもしれない。中学3年生の時に、俺は人生に絶望した。


 いや待て。なぜ俺は自分の事を僕と呼んでいた。なぜ彼女は俺に中学の話を吹っかけてきた。


 俺の過去を彼女に話したのか。話すに値する何かがあったのか。


 ふと、頭に誰かの声が響いてきた。


「小山君。私と付き合ってよ」


 聞き覚えのある透き通る声で、聞き覚えのある言葉。記憶にはないはずなのにどこか懐かしく感じてしまう。いつどこで聞いたのか、考える時間などいらなかった。


 彼女の。阿部 美波の声が俺の中で流れ始める。モノクロだった俺の世界に色彩が足されていく。話して2日、短すぎる時間だが彼女は俺にとって、必要不可欠な存在になっていたのだ。


「ごめん。阿部さん思い出したよ。ごめん、2年も待たせて」


 阿部さんはあふれていた涙をこぼした。涙を流していたが彼女は笑っていた。


「小山君。美波って名前に聞き覚えない?」


 俺が知っているのは阿部さんだけのはずだ。あとは。


「俺の初恋の人。俺阿部さんに話したっけ?」


「何で気づかないかな。彼方は。私の事大好きだったのに」


 あの頃の美波なわけがない。だって苗字が...


 啞然とする俺に彼女は続けた。


「私話したよね。昔、彼方の近所に住んでいたこと。親の離婚が原因で転校したこと。鈍感にも程があるよ」


 動揺を隠しきれない。嬉しい気持ちと驚いた気持ちで胸がいっぱいだ。


 ただ、今は伝えたい。伝えなければならない。


「驚いたよ。でも俺も心の中で少し期待していたのかもしれない。君が俺の初恋の人であるように願っていたのかもしれない」


 そして、俺は告白する。初恋の人へ。




「俺は美波のことが好きだった。だけど今の俺は、今の阿部さんが好きだ。俺と付き合ってくれませんか」




「ありがとう、でもごめんね。私は君が好きだけど、今はその気持ちに答えることができない。だけど、また会った時、君がまだ私のことが好きなら。その時は2人で結ばれよう」


「それって、どういうこと」


 意識が遠のいていきだんだんと彼女の姿が見えなくなっていく。なぜだかこれを逃したら、またずっと会えなくなる気がした。


「今までありがとう。また会おうね彼方、大好きだったよ」と最後に消えそうな声でそう聞こえた。




 目が覚めた後、俺は看護師にカウンセリングを受けたり、医者に体を調べられたりと1週間は色々忙しかった。そして、その1週間の間美波が顔を出すことはなかった。




「すみません。阿部美波という女の子が来ませんでしたか?」


 近くにいた看護師にそう聞いた。その人は言葉を濁すようにこう言った。




「阿部さんはあの事故の時一緒に巻き込まれて...」




 言葉を失っているが何を言いたいのか分かった。結局俺は彼女を救うことが出来なかった。


 俺は、少し1人になりたくて、外の空気を吸いに屋上へ出た。


 屋上につくとあたりは夕焼けに照らされていた。


 俺はあの夢のおかげで俺は正気を保つことが出来た。いや、夢じゃなかったのかもしれない。




「今から美波に会いに行くよ」




 これから死ぬというのに全く怖くはなかった。彼女の笑顔を思い出すと不思議と震えが消える。


 俺の眠っていた2年間待たせてごめん。もう待たせたりしない。この先の人生。何十年、何百年先も君と一緒に歩むよ。




「美波、君が好きだ。今から君に会いに行くよ、さっきの約束を果たしに」




 俺は柵を乗り越え下に人がいないことを確認する。




「結ばれよう、美波」




 最後は笑顔で、はるか遠くに見える夕焼けの中に飛び込んだ。


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似ている2人 湊 笑歌(みなとしょうか) @milksoda01

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