逆さの入眠

ての

第1話

深夜、隣の部屋で兄がゲームをしているのだろう。うるさくて落ち着けない。耳に手を当てて、温度を感じる。クーラーの効いた部屋で一人、自分の体温を感じながら横になった。もう夜だというのにカラスのなく声がぼんやりこだまする。

「時間が止まればいいのにな」

ふとそんなことを口にする。特別やりたいことがあるわけでもない。将来の夢もさらさらない。何か特別楽しいことがあるわけでもない。


なんで僕に明日が来るんだ?


朝、学校へ行く準備をする。いつもと同じ朝なのか、全く違う朝なのか。着慣れてシワの入った学生服は、浮かない僕の顔によく似合うものだと、顔だけ苦笑した。


いつもと同じ道を歩く。今日はテストがあったかな。宿題は持ったかな。お弁当持って来たっけ。この道で当ってたっけ。背負ったリュックは重く下がり、後ろへひっくり返りそうだ。僕は盛大なため息をして、そのまま空を見上げた。少しだけ雲が浮かんでいる。

「雲なくならないかな」

そう、雲なんかなくなってかっらっぽの空になればいい。

「僕の心みたいにね」


電車に乗った。


また歩いた。


同じ学校の人にあった。


席についた。


汗を拭いた。


授業が始まった。


何があっても僕の心はからっぽのまま。笑わない、喜ばない、悔しくない、悲しくない、泣かない。


僕がもっとずっと子どもだった時、空手をやっていた。その時「心を無にしろ」とよく言われたっけ。その言葉に感動した僕は、生きる辛さに耐えかねた時からずっと、からっぽの心のまま。クラスの誰かに何を言われようと、誰かが理不尽な話をしようと、すれ違いざまに押し飛ばされようと、何も感じたことはない。


一人は少し寂しい。


いや、寂しくない。


そうさ、僕の心はからっぽ。雲一つない空のように。


ある時誰かが言っていた天体ショー。自分のパソコンを開いて調べてみた。僕の指先は星座をなぞるようにキーボードの上を滑る。


・新月

・山奥

・どんな天気でも

・あなたのお好きな夜


「僕の最後の夜になるかな」


僕は家を飛び出した。体力のない非力な体で一歩一歩進んでいく。どこの山だろうか?どこにいるんだ僕は?僕は何をしているんだ?僕は何がしたっかった?


僕は誰だ?


君は誰だ?


辺りは暗く生い茂る雑草がひしめき合っている。大きなため息をついた。変だな。いつもはリュックを背負っているのに。羽でも付いているかのように体が軽い。


僕は空を見下ろした。


少し遠くに入道雲がある。淡い暖色の花が溶け出したように。


月が見える。今夜は見えないはずなのにな。


満天の星空。拾った貝殻を入れた瓶をうっかり落としてまき散らしたみたいだ。


いろんな色、温度、音、香り。


何だか僕の心みたいだな。


だんだん空が滲んでいく。ぐちゃぐちゃになってきた。変だな。なんだろう。





目を覚ました僕の目からゆっくりと涙星が流れた。


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