第9話 敵艦隊侵入


 ユーグの侵攻部隊が竜宮星系に現れるとワンセブンが予測した当日。


 X-71は事前にURASIMAウラシマから出航し、星系内の小惑星帯アステロイドベルトよりの宙域で敵艦隊を待ち受けることになった。小惑星帯アステロイドベルト通過中の敵侵攻部隊に対して、小惑星の後方から特殊主砲弾で狙撃する作戦だ。ワンセブンが自信を持った作戦のようだから何とかなるとは思うが、X-71での初めての実戦なので少々心配だ。




 皇国標準時、午後4時ちょうど。事前連絡なく星系内の安定宙域にジャンプアウトした物体を広域探査網が探知した。常識的に考えれば事前連絡のないジャンプアウトは敵性のものしかありえない。同時に広域探査網からURASIMAウラシマに対して警報が発せられた。


 探知された質量の総数は34。戦艦並みの大質量の物が8、中小型艦相当の物が26。ワンセブンの読み・・と合致する。


 最初の質量探知から数分後には、皇都惑星出雲にある皇国航宙軍本部に対し緊急超空間通信がURASIMAウラシマから発せられている。そして、この情報はなぜかメディアにも流れ、出雲証券取引所の株価が全面安となった。


 ちなみに出雲証券取引所は皇国唯一の証券取引所で24時間取引可能だ。皇国標準時24時における証券価格がその日の最終値とされ、その値段で会計上の・・・・評価額などが計算され、先物取引や信用取引などの評価損益の基準価格となる。評価損が一定比率を越えた場合は追証おいしょうなどが発生する。



 ここは。URASIMAウラシマ内に設けられた第44艦隊司令部作戦会議室。


 広域探査網からの警報を受けた駐留艦隊司令部において緊急作戦会議が開かれていた。これまでのところ先ほどの緊急通信に対する航宙軍本部からの返信、具体的な指示を駐留艦隊司令部は受け取っていない。


 席上、軽巡洋艦香取の艦長、中島中佐が、艦隊司令官瓜田うりた少将に対し、


「提督、一人でも多くの民間人を救い出すため、救命艇、連絡艇など、地表に降下可能な艇は全て出しましょう。雑役艦を空にしてそこに詰め込めば、1000人は救えます。艦隊は、1秒でも長く敵を足止めするため、突撃するべきです。敵が惑星制圧用に強襲艦を引き連れているようでしたら、それさえ撃破すれば敵は撤退します」


「中島中佐、君の言うこともわかるが、20万の開拓民からどうやって1000人を選ぶんだ? しかも、われわれの現有戦力で敵に突っ込めば、単に犬死するだけだぞ。敵が現状どこの国のものかはわからないが、まさか開拓民を虐殺することはないだろう。速やかにわれわれは撤退する。撤退に際し、このURASIMAウラシマは破壊する。すでに決定したことだ。異論は認めない」


 中島中佐が口をつぐんだところで、司令部要員が瓜田うりた少将に向かい、


「まだ航宙軍本部からの指示が有りませんがよろしいですか?」


「指示待ちで何も準備していませんでしたと弁解することはできない。誰であろうとこの状況下では撤退するしかないと結論を出すはずだ。今言ったことを進めてくれ」


「了解しました。あと、実験部についてはいかがしますか? 現在、例の実験艦は出航中のようです」


URASIMAウラシマを破壊することを知らせて、すみやかな撤退を勧告するだけでいい」



 民間人から見た場合、一戦も交えることもなく駐留艦隊が撤退することは許されないが、戦術的一面・・・・・から見た場合、妥当な判断ではある。中島中佐もそれは理解しているためそれ以上意見を述べることはなかった。もちろん他の司令部要員も同じである。


 司令部での会議中に広域探査網からのデータが解析され、敵の戦力は、巡洋戦艦2、重巡洋艦4、軽巡洋艦4、駆逐艦16、強襲艦2、補給艦4、雑役艦2であることが判明した。国籍については依然不明である。艦隊規模と大型艦の艦型からいえば大華連邦の艦隊のようだが、小型艦はユーグの艦にも見える。


 敵の陣容が解明されたことを受け、駐留艦隊司令部は、再度航宙軍に指示を求める通信文を送っていたが、これについても返信はまだない。


 結局、駐留艦隊は自身の判断・・・・・で、開拓コロニーに無駄な混乱を招かないよう、緊急事態の発生を開拓コロニーの行政府に伝えぬまま、全基地要員を乗せてあわただしくURASIMAウラシマから全艦出航していった。


 そしてもはや駐留艦隊とは呼べなくなった第44艦隊は、敵艦隊および惑星乙姫から十分距離を置いた安定宙域で全艦ジャンプし、竜宮星系から離脱した。


 第44艦隊のジャンプ先は、SS-72竜宮星系に隣接する無人のSS-71天宮あまみや星系で、そこで航宙軍本部からの指示を待つ予定である。





「艦長、第44艦隊司令部から艦長あてに通信文が届いています。艦長のモニターに出します」


「了解。なになに……」


『発:第44艦隊司令部 宛:実験部実験艦艦長


 所属不明の戦闘艦艇を多数発見。現有戦力での迎撃は無意味・・・と判断し駐留艦隊は撤退を決定した。貴艦のすみやかなる撤退を勧告する。なお、人工惑星URASIMAウラシマはこの通信文発信時刻の12時間後に破壊する』


「ワンセブン、おまえの言った通りだった。よーし、俺の金をちゃんと増やしてくれよ」



『お任せください。

 現状ですが、謎の艦隊が龍宮星系を侵犯中であり、これに対して航宙軍がなんら有効な手を打たず、駐留艦隊も撤退したという情報を中央に流しています。株価平均は、昨日の終わり値に対し現在20パーセントほど下げています。

 昨日大量の先物を艦長名義で売り建てていますから、現在の評価益で、最新鋭戦艦を1隻ほど建造できます』


「ほう。なかなかだな」


『はい。話を戻しますが、

 皇国が今回のユーグ艦隊を完全撃退するに足る艦隊を編成するには約4日。その艦隊がここ竜宮星系に派遣されるまでにさらに3日かかります。航宙軍が艦隊を派遣するとしても、われわれが介入しなければ、その前に確実に乙姫はユーグに攻略されます。

 先日もお話しましたが、ユーグ艦隊が乙姫を攻略完了すれば、間を置かず大華連邦が現状・・を追認する形での停戦を皇国に勧告し、皇国はこれを受け入れます』


「これから、俺たち、お前を含めてたったの四名で、連中の考える現状・・を吹き飛ばしてやるわけだな? フフフ、ワンセブン。凄いぞ、その後また株が上がるだろうから、こんどはタイミングを見て先物を買うんだな?」


『その通りです』



【補足説明】

安定宙域:

超空間ジャンプの突入時及び通常空間への再投入時に発生する空間擾乱が起こりにくい重力的に安定した宙域のことである。戦術的にはジャンプ先を安定宙域とすることで、複数の艦船が同時にジャンプしてもお互い干渉することなく安全に・・・通常空間へ再突入可能となるためジャンプ後の艦隊行動が速やかに行える。安定宙域は各星系に複数存在するが、各安定宙域周辺には星系内広域探査網に組み込まれた光学式精密探査機などが複数個設置されている。ここ竜宮星系も例外ではない。

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