第10-1話 魔弾の射手1


『第44艦隊は、さきほど竜宮星系から超空間ジャンプを行い、全艦竜宮星系より退去しました。自爆予定のURASIMAウラシマについては、すでに私がコントロールを完全掌握していますので、自爆することはありません』


「ワンセブン、すまないな。しかし、そんなに簡単に軍用人工惑星のコントロールが掌握できるのか?」


『皇国の主要システムに対しバックドアを設けていますので、皇国の無人施設について管理権限を得ることは、さほど難しくありません』


「バックドアなど簡単に造れるのか?」


『中央研究所で目覚めた時、皇国の基幹システムと研究所のシステムが物理的につながっていた関係で難なくバックドアを設けることができました』


「なるほど。

 バックドアがあるということは、皇国のその他の防衛システムもお前にかかれば無力化できるということか?」


『防衛システムは有人を前提に組み立てられているため無力化や奪取はほぼ不可能です』


「それを聞いて、ある意味安心した」


『現在無人となった広域探査網についてもURASIMAウラシマ同様にコントロールを完全掌握しています』


「だろうな」


『現在敵艦隊は、安定宙域から移動し小惑星帯アステロイドベルトに差し掛かったところです。

 それでは、これより作戦を遂行します。艦長、射撃命令をお願いします』


「射撃に小惑星帯アステロイドベルトが邪魔にならないのか?」


『小惑星が敵艦隊の射界を覆っていますので敵は直接光学観測できませんし射撃も当然できません。わが方を観測するためには天頂方向ないし天底方向にドローンを飛ばして、ドローン経由で光学観測をするしかありませんが観測精度が低下するうえ、わが方は短距離ジャンプで位置を常に変えますから敵艦隊は射撃諸元を得ることもできません。

 一方われわれは星系の広域探査網から得られたデータをもとに小惑星の間隙かんげきを縫うように射撃しますから、小惑星は何ら障害になりません』


「それが本当なら、狙撃の神さま。いや魔弾の射手だな。

 それでは、ワンセブン、射撃安全装置は手動解除した。全艦射撃自由。

 ちゃんと当ててくれよ」


 ワンセブンに射撃許可を出した俺は、モニターに吉田少尉の様子を映し出してみた。


 映し出された顔は初めての実戦で緊張し、目の前のモニターを覗き込んでいた。


 山田大尉に切り替えると、山田大尉の方は特に緊張している感じは見受けられない。まあ、ワンセブンを信頼してのことだろう。


『X-71、戦闘行動を開始します。各員ヘルメット装着確認。これより艦内は戦闘に備え減圧開始します。……。艦内気圧0.8、0.6、……、0.1、……、ゼロ。

 全艦射撃自由。乗員は短距離ジャンプに備えてください。反物質急速生成開始します』


 核融合ジェネレーターが最大出力で稼働しているのだろうが、指令室の構造上、振動などは座席までには伝わってこない。万が一被弾するようなことがあればさすがに振動が伝わってくるのだろうが、紙のような防御力のX-71だ、その時俺がその振動を生きて感じることができるかどうかはわからない。


『ジャンプ30秒前、28、27、……、3、2、1、ジャンプ』


 X-71がジャンプアウトしたのは、小惑星帯の真っただ中だった。モニター上、まぢかに数個の小惑星が艦に迫ってきている。ヘルメット内のアラートが鳴ってしかるべき状況だがアラートは今のところ鳴っていない。


『ワンセブン、小惑星が艦に激突しそうだぞ、アラートは鳴っていないが大丈夫なのか?』


『3分間は大丈夫です。それと、アラートは停止しています。

 1番、特殊砲弾装填。反物質注入完了。「しゅ御手みてもて引かせたまえ」初弾、発射』


 ワンセブンがどこで覚えたのかわからないが、魔弾の射手の一節とともに発射した主砲弾が小惑星帯の中を縫うように直進する。砲弾はいびつな形状の小惑星の自転をも計算してギリギリかすめて直進していった。


『反物質急速生成継続。

 ジャンプ30秒前、28、27、……、3、2、ジャンプ』


 今回の転移場所も小惑星帯のただ中で、すぐにワンセブンのアナウンスが聞こえて来た。


『反物質急速生成終了。

 2番、特殊砲弾装填。反物質注入完了。発射』


 次に発射された砲弾が小惑星帯の中をこれも縫うように直進する。初弾同様公転だけではなくいびつな小惑星の自転にも合わせているのでその自転する小惑星をぎりぎりかすめて砲弾は飛翔を続けた。


『ジャンプ30秒前、28、27、……、3、2、ジャンプ』


 そして、今度X-71が現れたのは、天頂方向から敵艦隊を見下ろす位置だ。


『第1射、着弾まで30秒、28、27、……、3、2、1、今』


『敵、強襲揚陸艦1番艦、質量拡散確認。撃破しました』


 約5秒の時差をもって、俺の目の前、艦長用オペレーションボードのモニターに白い閃光が拡がった。


『第2射、着弾まで25秒、23、22、……、3、2、1、今』


『敵、強襲揚陸艦2番艦、質量拡散確認。撃破しました』


 ワンセブンの声が冷たく指令室の中に響き、もう一つ白い閃光が拡がった。 


『これで、敵艦隊は撤退を始めます』


「こんなに簡単に敵を撃破できるんなら全滅させたらどうなんだ?」


『今回これ以上敵に消耗を強いますと、落としどころがなくなり全面戦争にまで拡大します』


「そうか。そうだったな」




『艦長、敵艦隊が回頭を始めました。本当に撤退するようです』


『戦闘態勢解除します。艦内気圧戻します。0.1、0.2、……、0.9、1.0。艦内気圧正常、ヘルメット取りはずし自由』


「すごいの一言だな。それではURASIMAウラシマに帰るとするか。ところで、ワンセブン、二回の射撃時、この艦は一度も回頭して照準していなかったがどうしてたまが敵艦に命中したんだ?」


『ジャンプアウト時に、軸線を敵艦方向に向けることができるため、回頭することなく射撃を行うことが出来ます』


「もう、おまえには何でもありだな」


『それほどでもありません』


「勝手にしてくれ」




【補足説明】

この世界では、質量の観測については時間の遅滞なく観測可能としています。観測精度はそれほど高くありません。また、位置特定、質量測定には多少の時間が必要になります。探知対象の質量がいっきに拡散するような状態が発生した場合、独特の空間振動が発生するため遅滞なく観測することができます。光学系の観測は時間の遅滞が光速に依存して発生しますが詳細な観測が可能です。また観測されたデータは超空間通信により遅滞なく広域探査システムの中央演算装置に送られます。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る