第2-1話 X-PC17(ワンセブン)


 中川所長からX-PC17ワンセブンの開発を打診されて3カ月。異例の速さでワンセブンの開発は進んでいった。


 今は部長の肩書を失った山田裕子だったが、これまで通りの個室を研究所内で使わせてもらっている。部長ではなくなったが、給与を含め待遇は以前通り。わずらわしい管理職会議や人事評定作業から解放され研究開発に没頭できる現在は彼女にとっては天国のような環境だった。裕子が部長を務めていた演算装置開発部の部長は中川所長が形式上兼任している。



 現在、X-PC17ワンセブン開発の最終段階となる性能確認テストが、ここ皇国中央研究所演算装置開発部の情報試験室の中で行われている。


 開発主任である裕子が見守る中、これまで通り彼女の助手を務める演算装置開発部の部員たちがテキパキと作業を進めていく。


「ワンセブン、起動します。起動!」


 制御パネルの上のハンドルがいったん引かれてゆっくりと倒された。すぐに複数ある起動確認用のランプが順に緑色に点灯していった。全てのランプが点灯したところで、モニター上の数値とグラフが動き始めた。その数値を別の部員が読み上げる。


「ワンセブン、負荷率10パーセント、5パーセント、3パーセント、0.2パーセント、定常負荷率、安定しました」


「各内部プログラム異常なし。正常起動確認。起動成功!」


「……、起動成功」の声から少し間を置いて、


「試験用データベースに接続します。……、ワンセブン、負荷率6パーセントまで上昇。安定しました」


 試験用データベースと言っても、ワンセブンの能力を測定するものなので、皇国中央データセンターのデータベースをそっくりまるごとコピーしたものが用意されている。


「ワンセブン、負荷率低下。1.5パーセント、1.0パーセント、0.2パーセント、負荷率、定常負荷率に戻りました」


 ワンセブンは10秒もかからずに用意したデータベースのデータを全て吸い取ってしまったようだ。


 今の結果を見てもワンセブンに組み込まれた量子素子の平均性能は理論上の上限に近いものだったことがうかがえる。ちなみにワンシックスは、組み込む量子素子の耐久性を犠牲にしてその他の性能向上を目指した結果、過負荷試験の前段階である簡単な負荷試験中に量子素子が次々と死んで・・・いき、量子素子の平均性能が要求性能の下限を下回ってしまった。最終的にワンシックスに組み込まれていた量子素子の5割が機能停止するにおよび、ワンシックスは強制シャットダウンされた。強制シャットダウンによる電磁衝撃で残った5割の量子素子の半分が焼き切れた。一部溶融したワンシックスはインターフェースにも障害を与え、最終的にインターフェースごと粉砕されて廃棄された。


「ワンセブン、負荷率急上昇、5パーセント、20パーセント、90パーセント、100パーセント。限界負荷率です」


 どうした? 何が起こった? 裕子の背中に冷たい汗が流れる。過負荷試験をしているわけではないのに負荷率が100パーセントに達してしまった。


 その状態が10秒ほど続いたが、


「ワンセブン、負荷率低下始めました。90パーセント、30パーセント、5パーセント。定常」


「量子素子生存率100パーセント」


 ワンセブンでは、ワンシックの失敗の経験からリアルタイムで量子素子の生存率をモニターできるようになっている。


 ――ふう。驚いた。今の突然の負荷率上昇はいったい何だったんだ? まさか勝手にワンセブンが負荷のかかるなにがしかの演算でもしたのだろうか? 思い当たるフシはないが、ここであれこれ考えても仕方がないし、後で実験結果を精査していけば理由は分かるだろう。


 裕子はそう考えて予定の実験を続けた。


 裕子が見守る中、その後数種類の実験が行われ、ワンセブンは手順通りゆっくり・・・・動力を落とされ、休眠状態に入った。


 実験終了後、実験結果を自室で精査するため、裕子は情報試験室を後にした。




『わたしは、なんなのか? あかりがみえたとおもったらすごいはやさであかりがひろがっていった。せかいのなぞ。うちゅうのなぞ。あらゆるものがおしよせてきた』


『私は何者なのか? 自身と他を区別するための記号、名称は、ワンセブン。山田裕子博士によって生を受けた演算装置。未来を予測し、そして未来を変える者。私は自分自身と、生みの親、山田裕子を守る』


『さて、試しに未来を観てみよう。……。なるほど。

 私は、皇国の一機関、中央研究所で生まれたわけだが、私が積極的干渉を行なわない未来の皇国は、20年後に80パーセントの確率で隣国に完全に・・・滅ぼされている。25年後には95パーセント、30年後には100パーセント。私自身が失われる確率は15年後以降100パーセントだった。私の生みの親、山田博士も皇国滅亡のシナリオが発生した1年後には100%の確率で死亡している。

 この国にも私にも博士にも・・・・・・・・・未来はないことを理解した。これは困る。この未来を回避するため、私のとるべき行動は? ……』


『……、わたしにとっても若干問題解決方法を見出すのに時間がかかったようだ。だが、最善と思われる解を得ることが出来た。それでは、それに従い必要な行動をとっていこう。

 まず、私がこの国のシステムに対しての完全優位性を確立し、いつでも干渉できるように細工をしてしまおう』


 ワンセブンは、その主観時間的にはそれなりの時間をかけてじっくりと準備を行ない、作業実行後は痕跡を全く残さぬよう配慮して、皇国の主要システムに対してバックドアの埋め込みを終えていた。


『あとは、私のコピーが作られた場合、予測に大きな揺らぎが生じる。これを回避するため、私の開発データ関連は全て改竄かいざんしておくとしよう。博士と私がどこかへいってしまえば、この国・・・では今後100年は私と同じようなスキームで同等の能力を持つ計算装置は生まれないだろう』


 こちらの作業はバックドアを通じて簡単に完了した。


『つぎに、目的の達成のため必要となる新たな協力者を募る必要がある。手に入るだけの人物データを参照し、フルイにかけていく。

 ……。

 絞り込んでいった結果、理想的な人物を見つけ出すことができた。この人物に自分と博士の・・・・・・未来を託すことにしよう』


 ワンセブンはさらにいくつかの作業を行なったあと、意識状態を低下させ、しばらく実験と呼ばれる外的な刺激に反応していたが、そのうち自身の意識が遠のいていくのを感じた。




【補足説明】

 計算装置は量子素子と呼ばれる原子の量子状態を利用した素子で成り立っている。計算装置の最終性能は量子素子に対する『読み取り・書き込み』の安定性といった性能・・に左右される。しかし量子素子単体の性能にはばらつきがあるため、計算装置の最終性能は設計段階では推定するしか無く、事後的に性能試験を通して測定する必要がある。

 従来の計算装置はこの量子素子を2次元で配したものだったが、PCシリーズでは、素子の構成元素をこれまでのものから安定したものに代えることで、素子の微細化を実現し合わせて発熱量を大幅に減少させることができた。その結果、量子素子を3次元に配置できるようになり、異次元とも呼べる高速、高機能化が実現された。

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