第1話 事象蓋然性演算装置、開発開始


 観測されうる事象を数値化し、その数値をもとにモデルを構築、次の瞬間の世界を描く。そこには起こり得る無数の世界が確率として存在する。


  次に無数にある世界を順に取り上げ、そこから微小時間が経過したとして、そこで起こり得る世界を確率としてとらえる。あとはこの繰り返しだ。


 この方法で理論的には観測点の数を十分に与え、膨大な計算をすれば、高い精度で未来予測・・が可能となる。


 この未来予測の考え方を進めると、何らかの意味のある目標や目的の実現確率を高い水準で最大化させうる現実世界への干渉方法を見つけ出せるはずだ。


 言い方を変えれば、適切な干渉を現実世界に対して行うことで、望む未来を実現できる。もちろん、その干渉は許容できるコスト内でなければならない。例えば、敵国の首都惑星を焼き払えば高い確率で戦争に勝利するという未来は実現するが、多大なるコストが必要となることは自明である。


 未来を変えるために非常に有効ではあるが高いコストを支払わなければならないのであれば、さらにその前段階で、現実世界に対し、前述の干渉コストを抑えるために干渉することも理論的には可能だ。これを1段1段遡ることで、望む未来が容易に実現できる。



 その夢のようなコンセプトの元、皇国中央研究所演算装置開発部において開発プロジェクト、事象蓋然性演算装置開発プロジェクト、内部呼称PCプロジェクトがスタートして4年。


 これまでプロバビリティー・カルキュレーターPC01ピーシー・ゼロワンからPC16ピーシー・ワンシックスまで16基の蓋然性演算装置がその性能を徐々に上げながらPCプロジェクトの中で順次開発されていった。


 計画ではその16基目であるPC16で、最終要求性能を満たすはず・・だったが、性能テスト中、致命的欠陥によりPC16は自壊し、計画未達で多額の国家予算を費やしたプロジェクトは終了した。



 そのはずだったのだが。


 ここは、その皇国中央研究所内の所長室。


 部屋の中には、研究所所長の中川明彦なかがわあきひこと、演算装置開発部の部長兼PCプロジェクトリーダーの山田裕子やまだゆうこの二人だけだ。


 山田裕子は今回の開発プロジェクトの失敗について、所長からなにか処分がくだるものと覚悟してこの部屋に入り中川の前に立っている。計画未達のままプロジェクトがとん挫してしまったことは残念だ。欠陥発見以降、PC16の問題点の調査を続けた結果、なんとかその問題点を克服できそうだったが、新規に作り直す必要があった。すでに開発予算は底をついており、もはやこの件について彼女にできることは何もない。


 中川所長は、博士課程を修了したばかりの山田裕子を演算装置開発部の部長に抜擢ばってきしてこのプロジェクトを推進してきた人物だったが、山田をこれ以上かばいきることは限界だろう。


 本来ならPC16ピーシー・ワンシックスの失敗時点で処分が出て、裕子は中央研究所を後にしていた可能性が高い。と、裕子を含めた所内の誰もが思っていた。



 中川は所長机の後ろで立派な椅子に座り、目の前に直立して緊張している山田裕子を見ながら、


「こんど、航宙軍で大型の実験艦を作ることになった。すでに艦体は完成し、艤装ぎそう待ちになっている。本当のところは、艤装ぎそう待ちの艦体を流用しただけだがな。その実験艦専用の中央演算装置なんだが、うちに製作依頼が来ている。それも結構な予算が付いてな。その実験艦の責任者はあの・・村田中佐だそうだ。村田中佐のことは君も知っているだろ? それで、先方からの要求性能を見てみるとPC14から本来部分をそぎ落としたもので十分なものだった。それでも艦の中央演算装置とすれば画期的な性能ではあるがな」


 裕子は、予想していた処分とは異なる内容の話しだっため、改めて中川所長の話しに耳を傾けた。


 いったん言葉を切った中川は、机の上の冷めてしまった湯飲みの中の緑茶を口に含んでゴクリと飲み干した。


 ここで、中川所長は机の上の何かのスイッチを入れた。おそらく盗聴防止用の会話生成器のスイッチだろう。会話生成器は、もっともらしい雑談を各人の声音こわねで発生させる装置でシームレスに先ほどの会話につながった会話を生成していく機能がある。


「そこでだ、ここからは、君と私だけの雑談だと思って聞いてくれ」


「はい、所長」


 普段使われることの無い装置が起動したことで重要な密談であることを推測した裕子はゴクリとつばを飲み込んだ。


「そうかしこまるな。盗聴防止器は動かしたが、それほど大した話でもない。

 それでな、実験艦の中央演算装置にはPC14並のものを新たに開発したことにして、今倉庫に眠っているPC14に少し手を加えるだけで先方に引き渡し、予算だけをいただこうと思っている」


 中川所長は大した話ではないと言っているが、一種の横領でありそんなことをすれば刑事事件に発展しかねない。裕子は今の所長の言葉を聞き、もう一度ゴクリとつばを飲み込んだ。


「その金で、X-PC17エックス・ピーシー・ワンセブンを作ってみないかね、山田君。まあ、今回のプロジェクトの失敗の責任は当然、君に取ってもらうがね。まもなく降格処分が下ると思うが、悪いようにはしないつもりだ。天才と言われている君にとってはそんなことはどうでもいいことだろう? PC16の問題点はなんとか克服できそうなんだろ? どうだ、試製・・事象蓋然性演算装置、X-PC17エックス・ピーシー・ワンセブンの開発に専念してみないか?」


 裕子は中川のX-PC17という言葉を聞き、頭をゆっくり下げた。



[あとがき]

本作のPCは本文にあるようにProbability Calculatorの頭文字からとっています。

また、XはExperimantalの頭文字からとっており、試作機、実験機とかの意味で使用しています。

ご存じの方はほとんどいらっしゃらないでしょうが、ワンセブンは大鉄人ワン〇ブンをリスペクトした名称です。しかしこのお話に巨大ロボットは登場しませんし、敵役のワンエイトが今後出てくる予定も有りません。



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