第6話 お開き

「『試着室にいるから、前に来たら合図して』だってさ。」

「良いよなぁ。詩乃と連絡先がつながっててさ。」

「いや別に、つながってても、そんなに使わねえぞ。」

 そんなこと言いながら俺らはさっきの店に戻ってきた。

「何すんだろうな。」

 涼がたずねる。

「服を見せたいんじゃないか。」

 アニメで観たことがある。試着室から飛び出てジャーンって感じのヤツ。

「詩乃の服、どうなんだろうなぁ。」

 涼がわざとらしく呟く。

「確かに気になるなぁってオイ。からかうな。」

 実際のところ、ものすごく気になる。

「おーい詩乃。来たぞ。」

 試着室の前に来た。2つ並んだ試着室の前にそれぞれ靴があるから2人とも入っているのだろう。

「舞、どんな服か見せてくれないか。」

「あ、はーい。よし詩乃行くよ。せー…」

「え、ちょ、待って。やっぱ無理、恥ずかしいよ。」

「んなこと言わないでさ、ほら早く。」

 試着室越しに声が聞こえる。舞の楽しそうな声と詩乃の恥ずかしそうな声だ。

「よ、よしっ。」

「それじゃあ行くよ。」

「「せーのっ」」

 舞と詩乃が同時に試着室から出てきた。

 俺の視界に詩乃の姿が映る。


 …と同時に俺だけ時が止まった。


 少し恥ずかしそうに試着室から出てきた詩乃の格好は上は白のニットにノースリーブ、下は紺のデニムという少し大人らしいコーデをしていた。

 服装の一般的な説明はこれくらいだろう。だが、俺は一瞬で脳裏にその姿が焼き付いた。


 興奮が止まらない。


 まず白ニットのノースリーブが俺のをぶっ壊した。

 まず目に入ってくるのは、白ニットでくっきり浮かび上がる上半身のラインだ。

 詩乃のスタイルの良さが際立つし、何より、ム、ムネがくっきりと見える。いくら舞より小さいと言ってもかなり、その、た、たわわだ。ノースリーブで晒された生腕がさらに拍車をかけるように妖艶さを醸し出している。それにさっき着ていた青のワンピースとは正反対にシュッと引きしまったデニムの大人っぽさと詩乃の少し幼さが残る顔のギャップが追い打ちをかける。

「…ど、どうかな?」

「………。」

 言葉が出ない。だが脳内にはの文字で自分自身の顔がパンクしそうだ。

 自身の身体が熱くなっていくのがわかる。特に頭と顔がまさしくオーバーヒートしそうになる。


…かわいい。

…かわいい。


 …そしてついに、詩乃に対するが自分自身の処理能力を越えた。


「ちょっと、2人ともなんかしゃべってよ。ほら、」

 舞の声が聞こえる。

 それを最後に俺はまるでロボットがボスンと音を立てて壊れるように、意識が飛んでしまった。

「おーい」と舞の声が微かに聞こえた気がしたが返事はできなかった。

 

 *


「、っは、はあ、はあ。」

「お、生き返った。」

 詩乃、舞2人の心配そうな顔が視界に入る。

 気がつくと俺は店内のベンチに横たわっていた。

「大丈夫か?」

 涼が心配と少し笑いを交えて聞いてくる。

「あ、ああ。」

 息がまだ少し荒い。

「いやー、いきなり俺の方に倒れて来るんだ。俺が受け止めてなかったら床に頭打ってたぞ。しかも目を開いたまま気絶するんだからな。びっくりしたぜ。」

 なにがあったか覚えていない。覚えているのは詩乃の…。

「はっ」

 詩乃たちの方に目を向ける。

 詩乃と舞は少しホッとした表情をしている。

「柚、本当に大丈夫?5分くらい気失ってたけど。」

 舞が聞いてくる。

「あ、ああ。大丈夫だ。」

 未だに少し混乱している。

「よし。柚の目も覚めたし、休憩がてら少しお茶にするか。」

 涼が場をつなぐ。

「そうだね。どこにしよっか?」

「あそこのカフェはどうだ?ここの少し奥の方にある。」

「うん。私もそう思う。」

「よぉし、それじゃあ行こっか。」

「あ、ああ。」

 3人の会話聞きながら、息を落ち着かせる。

「あ、その前に」

「ん?」

 涼と女子2人に話しかける。

「その前に2人は先に行っててくれないか?少しコイツと話したい。」

「う、うんわかった。じゃあ先に行ってるね。」

 詩乃と舞は行ってしまった。


「………。」


 2人の後ろ姿を見ながら俺はただポツンとベンチに座っていた。

「なんだ?」

 深呼吸して、心を落ち着かせる。

「いやあ。女子2人といると少し肩に力が入っちゃって。」

 女子の前で気を失ったところを見せてしまい、すこし恥ずかしい。

 涼はため息をついた。

「いや、おまえどんだけ詩乃のこと好きなんだよ。」

 またその話か。

「しつこい。からかうのもいい加減にしろよ。」

 でも詩乃の姿が目に焼き付いてしまった。

 さっきのシーンを思い出す。

 そのとき俺はを思い出した。

 それはあのとき舞が「ちょっと、2人ともなんかしゃべってよ。ほら、」と言っていたことだった。

 2

 ってことは涼も2人に見とれて、言葉を失っていたのだろうか。

「なぁ涼、2人の姿、どうだった?」

 よく考えたら詩乃のほうばかり見ていて舞がどんな格好をしていたのかわからない。

「それに俺、舞の服装見てないから、どんな感じっだったんだ?」

「まあ、それなりの服装だったよ。」

「なんだよその答え。もっと詳しく言えよ。」

「いや後で見ればいいだろ。」

「まぁ、そうか。」

 俺は肩の力がやっと抜けた感じがした。

 気絶したときのガチガチの体が元に戻っていく感じだ。

「いやあ、さっきの詩乃、かわいかったなぁ。」

「でた、惚気。」

「なんだよ。まあ落ち着いたからな。あ、そいえば涼から見た女子2人の感想は?」

「まあ良かったよ。2人とも。」

「じゃあ特に舞は?」

「ま、舞?」

 ん?どうした。

「まあ、その、うん。良かった。」

 あれ、、なんか涼の顔が少し赤くなった気が、、。

「そ、それじゃあ。行くか。」

 なんか急にソワソワしだしたな。

「お、おう。」

 ベンチから腰を上げた。

「舞はどんな服装か楽しみだな。ただでさえあのスペックだもんな。」

 歩きながら俺は涼にすこしカマをかけてみた

 涼は多分、舞のことを意識していると思う。

 予想通り涼は少し嬉しそうに返した。

「うん。かわいいぜ。」

 おい。さっきとは全然違うじゃねえか。少し舞の良いところを言っただけでボロがでた。涼本人は気付いてないと思うが。

 …まあ。突っ込もうとはしないけど。

 俺はあまり人のことを茶化したりするのは好きじゃない。自分の口が達者ではいこともあるが、茶化すことは、しても、されても、見るのも気分がいいものじゃない。

 俺達は詩乃たちが待っているカフェに向かった。


 *


 カフェは少し混んでいたが、2人の姿は容易に発見できた。

「お、舞。」

「ん?何。」

「あ、いや何でもない。」

 舞の服装は最初に着ていた服装とは打って変わって、清楚な白ワンピースだった。

 思わず感嘆の声がもれてしまう。

 だが、さすが舞だ。あえての少し短いショート丈のスカートに、肩まで開いていて少し露出した上半身は舞らしさを失っていなかった。むしろ舞だからこそと言えるだろう。

 俺達は詩乃と舞が座っている向かい側に座った。

「柚、何飲む?」

 舞と詩乃の前にはカフェラテと抹茶ラテが置いてあった。

「じゃあ俺はアイスコーヒーで。」

 気がつくと俺は飲めもしないのにコーヒーを頼んでしまった。

 2人と、特に詩乃といると緊張してしまい、自然と動きと思考がぎこちなくなってしまう。

「じゃあ、俺も柚と同じでいいかな。」

 涼は店員さんを呼び、アイスコーヒーを2つ注文した。

「ごゆっくりどうぞ。」

 店員さんがアイスコーヒーを置いてさっさと行ってしまった。

「柚くん、大丈夫?」

 詩乃が心配そうに聞いてくる。

「あ、ああ。大丈夫。」

「こいつは本当おもしろいやつだな。」

「茶化すなよ、涼。」

「うん。元気で何よりだよ。」

 舞が笑顔で答える。

「うん。心配してくれてありがとう。詩乃。」

「えっ?」

 詩乃が少し驚いた顔をする。

 あ、つい名前で呼んでしまった。

「あ、いや。ごめんごめん。つい。」

 焦る。

「い、いいよ。そ、その代わり、ゆ、柚ってよんでいい?」

 詩乃が少し照れくさそうにそして嬉しそうに答えた。

「あ、ありがとう。し、詩乃。」

 改めて呼ぶと少し緊張するが、嬉しかった。

「ぅ、うん。」

 涼が咳払いをする。

「いやあ、お似合いだねぇ。」

「だな。」

 涼と舞が少しニヤニヤしながらこっちを見ている。

 我に返る。詩乃の顔がほんのり赤くなっている。

 こっちも急に恥ずかしくなった。

 詩乃と目が合う。

 少し間をおいて俺と詩乃は同時にぷっと吹き出した。

 それを見て涼と舞も笑い出した。


 *


 もう日が暮れ始めていて、入り口から見える外はすでに薄暗くなっていた。

「もう時間も時間だし、そろそろお開きだな。」

「うん、そうだね。涼。」

 舞が答える。

「いやあ、今日は楽しかったなぁ。」

 コーヒーを一口飲んで涼がつぶやく。

「うん!私も」

「今日は、ありがと。」

「俺も楽しかった。」

 まあ色々あったが…。

 俺もコーヒーを一口飲む。

 やっぱり苦い。顔をしかめる。

「またこんな風に遊びたいね。」

 舞が少し落ち着いたトーンで喋る。

「ああ、だな。」

「今日も、もうおしまいか。」

 涼がため息を吐きながらつぶやく。


 ……………。


 沈黙が4人を包む。

 今日は本当に楽しかった。今日はもうお別れかと思うとなんだか少し寂しい。

 

 *


「それじゃあ、また。」

「うん、じゃあねー。」

「バイバイ。」

「おう、じゃあな。」

 俺たちは、電車からそれぞれ最寄り駅で降りて行った。

「はぁ。」

 ため息を一つ、家路につく。

 いろいろな事があったけど、今日は楽しかった。

 こういうことは高校生になってあまり経験した事がなかったから新鮮で嬉しかった。




 寝る前に今日の出来事を思い出す。

 

………。


「…さぁて、明日も頑張りますか」

 自分を鼓舞し、目を瞑った。

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