第9話 行きたくないですが王宮に向かいます

オーフェン様が国を出てから数日、今日はエイダン様に呼び出され、王宮に行く日だ。はっきり言って、苦痛でしかない。でも、行かない訳にはいかない。


ただでさえオーフェン様が居なくなって寂しい思いをしているのに、あの男に会いに王宮に行かないといけないなんて…


早速ドレスに着替えさせられた。そう、私の大嫌いな紫色のドレスだ。なぜかここ1年くらい前から、いつもエイダン様に会う時は、紫色のドレスを着させられる事が多い。きっと両親も焦っているのだろう。


こんな事をしても、逆効果なのに…


重い足取りで玄関へと向かう。とにかく体調が優れないと言って、さっさと帰って来よう。きっとお父様とお母様はギャーギャー怒るだろうが、もうどうでもいい。それくらい、限界を迎えているのかもしれない。


玄関に着くと、両親が待っていた。


「いいか、せっかくエイダン殿下が誘ってくださったのだ。エイダン殿下の機嫌を損ねない様にするんだぞ」


いつもの様に、機嫌を損ねるな!これしか言わないのかしら?お父様は…


その時だった。


「お嬢様、エイダン殿下がお見えです」


何ですって!一気に血の気が引いて行くのを感じた。


「おはよう、サーラ。君がまた忘れているといけないと思って、迎えに来たよ。どうやら今日は覚えていた様だね。さあ、行こうか」


そう言って手を差し出して来たエイダン様。今までこんな事をされた事は一度もない。一体どういうつもりなの?


訳が分からず固まっていると


「エイダン殿下が、わざわざ迎えに来てくれたんだ!手を取りなさい!」


後ろからお父様が私に向かって怒鳴っている。仕方なく手を取る。体中から一気に嫌悪感が生まれるが、とにかく耐えるしかない。震える体を必死に抑え、何とか馬車へと乗り込んだ。


急いで手を振りほどき、席に着く。


「最近の君は少し様子が変だね。どうしたんだい?」


なぜか笑顔で問いかけて来るエイダン様。この人に笑顔を向けられたのは、初めてかもしれない。


「何でもありませんわ。申し訳ございません。少し体調が優れないだけですので」


「それは大変だ。熱でもあるのかい?」


そう言うと、私の方に向かって手を伸ばして来た。私に触れようとした瞬間


「嫌!触らないで!」


咄嗟に振り払ってしまった。しまった!さすがにこれはまずい。


「申し訳ございません。本当に申し訳ございません」


必死に謝った。でも、今この事が原因で婚約破棄になったら、それはそれでラッキーかもしれない。ちょっとだけ期待したのだが…


「僕も急に触れようとしたら…」


どうやら許された様だ。それにしても、今日は全く嫌味を言われない。どういうつもりだろう。もしかして、嫌味を言っても私が今までの様な反応をしないから、作戦を変えて来たのかしら?どっちにしても、迷惑でしかない。


重苦しい空気の中、王宮に着いた。まずは王妃様に挨拶をする。もちろん、私は王妃様にも嫌われている。


「王妃様、お久しぶりです」


私が挨拶をしても、怪訝そうな顔でこちらを睨みつけている。


「相変わらず陰気臭い女ね。どうしてこんな女がエイダンの婚約者なのかしら。本当に、エイダンが可哀そうだわ!エイダン、大丈夫よ。お母様が可愛らしい側室を何人か準備してあげるからね」


「母上、ありがとうございます。でも、僕は側室というふしだらな制度は嫌いなので、たとえどんな妻でも側室を持つつもりはありません」


そう言って再びにっこり笑ったエイダン様。何で私に向かって笑いかけるの?正直恐怖でしかない。


「エイダンは優しいのね。こんな女にすら情けをかけるだなんて。それじゃあ、私はもう行くわね」


そう言って出て行った王妃様。まあ、私は婚約破棄する予定だから、別にエイダン様が側室を持とうが持たまいが、知った事ではない。それにしても、もし平民になると言う決意が出来なければ、こんな息苦しい場所でずっと暮らさないといけなかったのね。


そう思うと、ゾッとするわ。


「それじゃあ、まずは僕達の寝室を見に行こう」


あなたと将来のお嫁さんの寝室ね。全く興味がないが、仕方なくついて行く。


「ここが僕たちの部屋だよ。一応両端にはそれぞれの部屋を準備してあるが、結婚したら基本的に寝室で過ごすといい。こっちの部屋の方が広いからね」


へ~、王族の夫婦の部屋はこんな風になっているのね。でも私にはもう縁のない場所だ。それより、早く帰りたい。そうだ、この堅苦しい場所から解放されたら、一度アパートに行こう。


すぐに家に帰っても、どうせ両親に小言を言われるだけだ。アパートなら少しは気分も晴れる。


寝室を見た後は、結婚式に関する要望は何かないか!と聞かれたが、特にないと答えておいた。これで解放されるかしら?そう思ったのだが…


「そう言えば、サーラと一緒にこうやって過ごすのは初めてだね。結婚したらずっと一緒にいるんだ。一緒にいる事にも慣れておいた方が、お互いの為だろう。せっかくだから、中庭にでも散歩してみよう」


いいえエイダン様、私たちは結婚しませんので、そんな迷惑な気遣いは不要です!そう言いたいが、言える訳がない。


「申し訳ございません、少し体調が優れませんので、今日はここで失礼します」


とにかく早く帰りたい。


「それなら送って行こう」


「大丈夫です!それでは私はここで!」


エイダン様を振り払い、急いで王宮を後にした。そう言えば、行きは王宮の馬車で来たのだった。久しぶりに歩いて帰るか。



王妃教育を受けていた頃は、朝なぜかエイダン様が迎えに来る。それなのに、帰りは勝手に帰れと言われていたから、仕方なく歩いて帰っていた。両親も夜会やお茶会などの場合は、周りの視線を気にして帰りの馬車をよこしてくれていたが、王宮に個人的に来た時は、馬車を準備してくれない。


その事を知っていて、わざと帰りは送らないのだ。本当に、今思い出しても酷い男だ!でもちょうどいい。アパートに寄ってから帰ろう。王宮から家までは歩いて1時間だ。早速王宮の門を出て歩いて帰ろうとしたのだが、なぜか追いかけて来たエイダン様。


まだ私に何か用なの?


「待て!どうやって帰るつもりだ。行きは王宮の馬車で来たはずだろう」


「いつもの様に歩いて帰りますが。今までもそうして来ましたので、問題ありません。それでは、失礼します」


私の言葉を聞き、なぜか驚いた様にぽっかり口を開けているエイダン様。


「さすがに令嬢が歩いて帰るなど、危険だ!送って行こう!」


「今まで何年も歩いて帰らせていたくせに、今更危険ですか?大丈夫ですよ。今までも歩いて帰っても、この通り元気ですので!では、失礼します」


そうはっきりと告げ、歩き始める。後ろでまだ何か叫んでいたが、無視しておいた。とにかく、もうあの男には関わりたくない。



その後ゆっくり歩いてアパートに向かったサーラ。マドレアのお店で食事をしてから、再びゆっくり歩いて家路に着いたのであった。

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