第37話香月の母あらわる
「俺が出るよ」「はーい、何方?」「こちら香月の部屋ではありませんか?」「そうですが。」「あなた誰?薫はどこよ?」「母さん?どうしたの?」「ああお母さんなの?今晩は隣に住んでる木島です。じゃあぼくはこれで失礼します」「ちょっとお待ちなさい。隣に住んでるかたがどうして娘の部屋から出てくるの?まさか一緒に住んでるのでは?」薫の母親は、自室にもどろうとする良平の腕を掴む「違いますよ、夕飯をご馳走になっただけです」「ご馳走?娘が料理を他人様に振る舞うなんて」「母さん、まずは上がってよ。木島さんありがとう勉強続けてください」「じゃあ失礼します」ようやく解放されて木島は部屋に戻った「薫先生大丈夫かな?」一方薫の部屋はと言うと、食卓に広げられた食器を急いで片付けている「良く来るのかしら?」「何?」「お隣の木島さんよ。」「時々時間が合うと食事するわ」「どこにお勤めしてるの?」「木島さんは同じ病院で看護助手をしてるの」「看護助手って定職なのかしら?」「木島さんは、国家資格の勉強中なのよ。病院勤務の日は夜間だから私が遅番じゃない限り会うことないわね。一緒に夕飯食べるのも2週間に1、2回有るかなぁ?」「若い男が出入りするのはあまり好ましくないわね」「何言ってるのよ。木島さんは私の部屋探しを手伝ってくれたり引っ越しだって手伝ってくれて神様みたいな人よ。食事くらい良いじゃない」「他人様から誤解を受けるのは良くないですよ」「誰にも誤解されてないわよ?何か言われたの?」片付けの手を止める事もなく会話は続く「今日来たばかりだから何も聞いてないわ。私が言っているのは嫁入り前の娘の部屋に若い男性が出入りすると噂が立つと言っているんです」「ナンセンス。木島さんに失礼だわ」薫は頭に血が上りそうになりながらも母親にお茶を出す「まぁお茶でも飲んでよ」表情はブスとしているがお茶に手をのばす「あら、美味しいお茶ね」「そうでしょう?お茶の入れ方を教えてくれたのよ。」「誰が?」「立花さんって前に話したでしょう?杉山先生の奥様のご実家よ。とてもお世話になったの」「先程挨拶してきたわ」「失礼なことしなかったでしょうね」「誰に向かって言ってるの?私がそんなことするわけがないでしょう」「だいたい、引っ越すって言ったきりいつとも連絡してこないあなたが悪いのよ。私はまだ立花さんのお宅にお世話になっていると思ってたのよ❗」「あらどうして。私は、部屋が決まったから明日引っ越しますって連絡したわよね?」「普通、翌日に引っ越しってあり得ないでしょう?」「緊急を要したのよ。マンスリーマンションを出て行くところのない私に決まるまで部屋を貸してくださって。ひとつき以上お世話になったのよ。」「もう少し待って貰えれば手伝えたのに」「たいした荷物はないもの」「その割に片付いてるし荷物有るじゃないの?」「立花さんが使い古しでよければって貸してくださったのよ」「まぁ人の使ったものを…」「母さん、私は10ヶ月しかここに居ないのよ?新品買ったって無駄にするだけじゃないの。それよりはお古でも使えるものを使う事って大事なことよ❗」「香月の娘がお古を使うなんて…みっともない」「…。相変わらず世間知らずねぇ」「薫。新しい物に変えなさい。お金は私が出すわ。」「親切に貸してくださったのに返してこいって言うの?」「ありがた迷惑ですよ。」「それこそありがた迷惑ですよ。母さん」「薫…。」「今の時代にそぐわない考え方よ」「どうして。新しく買ったものは家に帰るときに持って帰れば良いじゃないの?」「荷物がかさ張るでしょう?費用も掛かるし」「私が出しますよ。」「勿体ないわよ❗」「母さん。どうしてこっちへ来たの?引っ越しの手伝いなんて出来ないくせに。母さんの事だから業者を手配するんでしょう?本当の理由は何よ」「私は母親ですよ。娘の周りが気になるのは当然でしょう?」「母親ですか?急に変ね何か有ったのね。ちゃんと話してよ」「別に無いですよ。急に薫がもう少し残りたいって言い出したから、それこそ何かあったんじゃないかと気になって訪ねてきたんじゃないの」「何かって?」「この病院に残りたい理由ですよ」「話しましたよね?育休を取る先生がいて欠員が出るからって」「あなた研究に一生懸命だったのに現場に出る事が苦手だったはずでしょう?」「そうなの。現場に出たら研究より熱中できることが多くて驚いたわ。今は病理より臨床の経験を積んでおきたいのよ」「それだけ?」「それだけって?どういう意味かしら」「杉山先生に迷惑をかけてるのではないか。お父さんが気に入るくらいだから薫が諦めきれないのではないかと」「はぁ?呆れた。そんな訳ないでしょう。確かに杉山先生は素晴らしい方ですよ。でも奥様もとても素敵なかたで私みたいに家事ができない女は太刀打ちできませんよ。ナンセンスよ。とてもお似合いのご夫婦なのよ。」「薫は家事はしなくて良いのよ。そんなことは、他の人を雇えば良いわ」「お嬢様がそのまま大人になると本当に手がつけられなうわね」「私は困らないもの」「私は困ったわよ?」「いつ?」「子供の頃よ。お弁当会は嫌いだった」「悦子叔母様が作ってくれたでしょう?」「味は美味しかったわ。でも皆さん母親の手料理だったわ」「それは無理よ。私は料理をしないもの」「私たちのために娘のために作ってみたいと思わなかった?唯の一度も?」「その代わりに家政婦やシェフに美味しいものを作らせたでしょう?」薫は頭を横に振り「味は覚えてないわ。でも母親の愛情は、感じなかった事だけは覚えてる」「そんなこと言われても今更どうにもできないわ」「そうよね。私もそれで良いと諦めてたの」「諦めるって…。」「でも私にはまだ何も始まってないって気がついたの。子育ても結婚も、いえ恋愛もね」「恋愛ってお父さんの選んだ人で良いと言ってたじゃないの」「変えてみたいの。そのためには自身がかわらなきゃね」「薫…。好きな人ができた?」「まだいないわよ。でもねぇ料理も何もできないよりすこしでもできた方が良いでしょう?今時家事もできない人って男女関係なく結婚できないわよ」「あなたは跡継ぎとして立派な医者になってくれれば良いわ。家事は人に頼めば快適でしょう?」「母さん。今時そんなこと言ってたら嫌われるわよ」「私は大切な家族のために料理したり、お掃除したりしたいわ。子供だって自分で育てたいのよ」「薫…。」「母さん私のしたいようにさせて欲しい。病院はちゃんと継ぐわ。でも私の子供には無理には継がせないわよ。子供の人生はその子供の物だもの」「母さんと父さんにはここまで贅沢に何不自由なく育てて貰ったわ。その恩は病院を継ぐことで返します。だからね安心して良いわよ。」「一緒に病院を守ってくれるパートナーを探して頂戴。それだけは、守って」「分かったわ」「では帰るわ」「こんな時間から帰るの?泊まって行けば?」「ベッドはひとつしかないでしょう?」「そうだったわ」「少し離れた駅前にホテルがあるでしょう?そこに部屋を取ったわ。あなたも来る?」「明日は早番だから止めとくわ。」「そう。お仕事頑張って」「会いに来てくれてありがとう。母さんも元気でね。ちゃんと来年3月には帰るわ」「約束よ‼️」
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