第36話 自分らしく

それから木島と薫は時々時間が合えば一緒に夕食を取るようになった。薫は宿直でない時は夕食の材料を商店街で購入して帰ることが多い。木島も病院の勤務が終わって部屋の明かりが点いていると薫に声をかける。「お疲れ様~ごはん食べた?」「これから。」「煮物作ったんだ。味見してよ」「煮物?俺は結構味にうるさいよ❗」「上がってよ。薫はドアを開ける」「お邪魔しまーす」荷物を担いだ良平はテーブルの上に並んだ料理を見る「ごちそうだね?何かあるの?」「今日は休みだったから作り置きしてみようとおもって」「大事な弁当おかずじゃないの?」「こんなに常備できないわ。それにお弁当の分はもう冷まして冷凍庫に入ってるの。木島さん食べていって。」「本当に良いのか?」「あなたにはいっぱいお世話になったもの」「お礼は充分もらったよ❗」「ううん。知り合いの居ないところで、立花家の皆さんや木島さん職場の皆さんには本当に良くして貰ったの。」「俺は普通だけどね」木島は頭を掻いている「木島さんがいつも親切なのは良く理解できてるわ。私にも特別じゃないってこともね」「皆、世話焼きなんだよ。この街の人はさ」「本当にねぇ。私って恵まれてるんだって痛感しているのよ」ご飯を大盛りにされた茶碗を木島へ差し出す「痛感?」茶碗を受け取り早速頬張る「鈍さに呆れてるの。恥ずかしくなるわ」「大袈裟だねぇ。米旨い」「親のコネってあるでしょう?私は経済的に恵まれていたから研究のために留学するのも当然だって思ってた。留学先の住まいとかなんの苦労もしないで準備されてたの。」「…。世間知らずだな」「ええ。良く考えれば全て、両親の息がかかった、いえコネクションが動いてくれて成り立ってたの。でも私は快適な環境で研究するだけで周りの事気にもしていなかった」「…」「研修も父の知り合いのコネがあってこちらの病院に来たのよ。たまたま欠員が出て続けて雇って貰えるようになったけれど、もしかしたら父のコネがあったからかも」「そんなこと無いだろう?」「両親は研修が済んだら帰って来ると思ってたらしいからこっちで延長するって話したら住まいはどうするって聞かれて初めて捜さなきゃいけないって知ったくらい」「本当にお嬢様だな」「呆れてる?」木島は各皿に載っているおかずを一つ一つ味わう「当然だろう?」そんな木島を見て楽しいと思う薫「ええ。でも文野さんや立花家も皆さんがお部屋が見つかるまで住まいを提供してくださって…。でもそれも父のコネなのかしら。私の父は杉山先生をすごく気に入ってて私の婿に考えてたくらいだから。笑っちゃうでしょう?」「その目論みは失敗したってこと?」「今だから話すけど、私も杉山先生を夫になる相手だと思って研修の話を受けたの」「マジか…」「まさか結婚されてるとは思わなくて事実が判明した時は父も慌てて杉山先生に謝罪してたわ」「そりゃそうでしょう。」「本当に間抜けでしょう?私は始めから品定めで杉山先生を見に来たのよ。失礼極まりない女よ」「高慢だね」薫はお茶を注いで木島の横に置く「その通り、杉山先生も怒っていらしたから研修は取消かと思ったら、文野さんが続けるべきだって言ってくれたの」「師範代、いや文野さんが?」「お世話になった恩師への感謝を込めて私の指導医を続けるべきだって」「さすが師範代」「文野さんは理由はどうあれ、杉山先生を認めてくれた恩師と私の父に報いるべきだって言ってくれたのよ。自分の夫は恩師に認められたと思いたいじゃない?って笑って話してくれたけど、途中で中止したら夫に指導医が出来ない不出来な教え子のレッテルが貼られるでしょう?そんなの妻としては悔しいわよ。ってね」「師範代らしいな。」「そうね。夫のためになるって。妻の鏡よね」「違う。師範代は君のためにそう言ったんだ。君のお父さん達のためだよ。カッコ悪い話にならないようにそう言ったんだよ。わからない?」「わからないわ」「俺が思うに、師範代は杉山先生のためって言ったけれど、君のお父さんの勘違いを知られないようにしたんだと思うよ。途中で研修やめた君の評価が下がる。留学してた医師がわざわざやってきたのに辞めちゃうなんて何をしに来たって噂が立つ。病院の評価も下がる。それに君のお父さんはずっと負い目を感じることになる。杉山先生の恩師の方も」「普通、そんなこと考えますか?」「師範代はずっと前から先の事を考える人だったからさ。そしてその判断はまず間違わない」「文野さんの事良く知ってるのね。」「俺は幼い頃から道場に通って直接指導を受けてた弟子だぜ。長い付き合いだよ?」「よく知ってるみたいだから」「師範代は厳しいけれど、見守ってくれる人だからね」「何だかちょっと悔しいわ」「何でさ」「分かんない。負けてる気がして嫌なの」「訳がわからん」「ほっといて下さい」「この浅漬け旨い」「立花家直伝だからね。美味しいでしょ❗」薫が入れたお茶が良い具合に冷まりお茶に口をつける。「お茶を入れるのも上手になったな」「ありがとう」「ご馳走さまでした。この後試験勉強なんだ、失礼します。今日もうまかった」木島は食器を片付けようとするが、「そのままで良いよ」「食べたものくらい片付けないと」「私が寂しくなるから良いのよ。そのままで」「そう?ではご馳走さまでした」荷物を担いでドアを開けようとした瞬間コンコンコンとドアをノックする音「誰か来る予定だった?」「…」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る