第31話料理は楽しい

薫は料理を習いたいと初めて思った。小さい頃から料理をしてくれる家政婦が住み込みでいたので自分が料理することなど考えたことも無かったのだ。小学校も中学校も調理実習なるものがあったが家政婦に直前に野菜の切り方やら炒め方をレクチャーをされ上手くこなしていた。母の手料理等見たこともなく留学先も食事のついた高級なアパートを借りて勉強したのだ。

両親も薫には、跡取りとして立派な婿を迎えられれば料理も洗濯も一切出来なくて良いと言っていた。家政婦に任せておけば良いと言うのだ。薫の母もそうやって親に育てられたのでそれが普通だったのだ。だが今回研修医としてマンションで生活すると料理は毎回作らないといけないし掃除も洗濯も自身で済まさなくてはいけない。病院の勤務より忙しいのだ。洗濯はクリーニングにだし肌着等はマンションの1階にあるコインランドリーを使えば事は足りる。食事もデリバリーやコンビニのお弁当を食べれば良いのだが毎日だとさすがに美味しくなくなる

文野の作ってくれた弁当が美味しかったので自分で作れないか本を買って見たが良く分からないのだ。初心者様のレシピ本を買って試したが旨くないのだ。味が濃いとか薄いとかとにかく美味しくない。医療の研究よりも難しく感じる。世間一般の人はどうやって料理するのだろう?病院の栄養士やスタッフに聞きかじりながらやっと最近料理らしくなってきた。ぐちゃぐちゃだった卵焼きもきれいに巻いて食べられるようになった。しかし煮物が上手く出来ないのだ。ある日スーパーで根菜類を選んでいると年輩の女性が寄ってきた「こんにちは」「こんにちは」誰だっけ?患者さん薫は思い出そうとしていた「修司さんの義理の母にあたります」「奥様のお母様でしたか…。大変失礼いたしました」「あら良いのよ。今からお夕飯の準備ですか?」「はいでも上手に出来ないんです」「香月先生、お時間ありますか?」「はぁ、特に予定は無いです」「うちへいらっしゃいませんか?」「そ、そんなとんでもない」「予定がないなら良いじゃない?」「でも、良いんですか?」「あら、私も暇じゃなかったら誘わないわよ。良いからいらっしゃいよ。一緒に昼にしましょう」「じゃあ、遠慮無くお邪魔します」昌代は楽しそうに買い物を始めた。薫は、助手と言う名の荷物持ちに徹することのなったのだ

スーパーから戻ると薫を台所に招き入れ早速お昼の準備に取り掛かる。「お一人なんですか?」「今日はね、お父さん町内会の研修と言う名の遠足なの」昌代はクスッと笑って答える「遠足ですか?」「うちの町内会の役員さんてリタイア組が殆どでね、平日だから現役世代の人は、有給休暇を使って他所の町内会の活動を見学したりしてるの。」「平日にわざわざ…」「町内会の研修旅行を企画しているツーリストが土日より格安だし、日程の組みやすい、他所の町内会の役員さんも似たり寄ったりだから平日の方が暇なのよ❗」「へぇ…。」「それにね、土日は孫達が遊びに来るから出たくないって言う人も居てね、試しに平日に組んでみましょうって取り組んでるの」「成る程、土日は自分のためにスケジュールを開けておける訳ですね?」「スケジュールって程大義じゃないけれどね」「夫婦で参加する方もいるのよ。ほら増えれば費用が安くなるパターンってあるじゃない?連れの分は自己負担だけど正規の費用より割安だしねぇ」「奥様は御一緒されなくて良かったんですか?」「さすがに毎回はあきちゃうわぁ。食事と見学のコースを聞いて行くか決めてるの❗」「楽しみのひとつですものね。食べることが一番大事よ」「…。」「今日の昼はお茶漬けで済まそうかと思ってたけれど香月先生を見かけてつい声をかけちゃったのよ。ご免なさい」

薫は両手を振って「有り難い事です。家事も炊事も駄目な私には専業主婦をされている方は神様です」「まぁ可愛いこと言うのね。お昼はチャーハンで良いかな?」「何でもお任せします。あの見学しても?」「ええ、どうぞ」昌代はにっこり笑って台所に招き入れる

昌代のチャーハンはあっという間に出来上がった。卵を割るのもネギを刻むのも早業だった。その上、大根の味噌汁も出してくれた。「本当は、中華スープでも出したかったけれど、香月先生は、和食の方が好きなのかと思って味噌汁に変えちゃったわぁ。浅漬けも一緒にどうぞ」あっさりとした白菜とキュウリがシャキシャキして美味しい「師匠とお呼びしてよろしいでしょうか?」「何を難しい事言ってるの?立花で良いわよ‼️」「では立花さんこれからも色々教えてください。よろしくお願いいたします」「大したことは教えられないわよ?昔から専業主婦だっただけなので❗ご実家の味もあるでしょうに。」「うちの母は料理をしません。いえ、家庭的な事は一切しないで育った人なので。」「あらま、」「呆れるでしょう?今時、どこのお姫様って感じです」「食事はどうしていたんですか?」チャーハンを口に運びながら昌代は興味津々である「住み込みの家政婦が居たので。食事は困ったことはなかったんです。」「でも香月先生を育てて来られたでしょう?」「まぁあれこれ口出し程度で…。私も妹も母の姉に育てられたと言っても過言では無いです」「伯母さんって方はずっと一緒に居てくれたんですか?」「妹が医大を卒業するまで居てくれました。でもその後は田舎にひっこんでしまって、なかなかあってくれないんです」「あら具合でも悪いのかしら?」「母が言うには元気そうだったって言ってました。とても遠慮深い人で、子育ては済んだからって引っ込んだらしんです」「そんな…」「伯母は若い頃に嫁ぎ先で流産して子供が出来なくて戻ってきたそうなので、子育ては楽しかった。でももう自分はする事が無いから引っ込むと言って私にも妹にも会ってくれないんです。母もずっと一緒に暮らそうと説得してるんですが、田舎で少し土地を借りて畑仕事を始めたらしくそれが楽しいんですって。」「畑仕事を…。でも楽しんでいるうちはそっとしてあげた方が良いのでは?」「ええ父も様子を見てからで良いんじゃないじゃと言ってます」頷く昌代「たまに伯母が作ってくれた煮物が美味しかったので自分でも作ってみたくて…。」「いくらでもお手伝いしますよ。」「よろしくお願いいたします」話が済む頃には、チャーハンも味噌汁もすっかり完食していた二人であった。

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