第32話 修行
薫はあれから時々立花家を訪ねて昌代から料理を教わっている。辰治も一緒に食事をすることもある。文野達の改築工事も始まり、たまには立花家で杉山夫妻と鉢合わせをすることもあった。「何やってるの?香月先生」修司は驚き、呆れてしまう。「良いじゃないの。本人の自由にさせてあげて…。」「お義父さんやお義母さんに面倒をかけてしまって」「そうじゃないのよ。うちの両親は暇だから相手して貰ってるって。香月先生頑張ってお料理教わってるんですよ」「そんな事でお義母さんに手間をかけっちゃって」「喜んでるのよ。香月先生が来るとね母さんが愉しそうだって…父さんも喜んでいるの。だから面倒じゃないわ。」「本当に良いのかい?」「ええ。だから続けさせて欲しいのよ」「それなら良いけど」「それにね、香月先生、大分上達してるわ。この間味見させて貰ったんだけど美味しかったわ」「文野も仲良しになってるの?」「仲良しって。修司さんの恩師の足立教授の紹介だし、真島先生からもよろしくって言われたもの。一生懸命で可愛いのよ。妹が出来たみたいで愉しいわ」「あっそうなの?変に意識してるの僕だけなのね…。はぁ、僕はどうしたら良いんだ?」「そのままで、良いのよ。あなたは指導医でしょう?プライベートでも威厳があって良いわ」「威張ってるかんじだ」「違うわ。それは責任感じゃないかしら」「責任感かぁ。何かあったら足立先生にも真島先生に申し訳ないしなぁ」「修司さんのステップアップですよ。頑張ってね。家も工事が始まってるし」「そうだね。いよいよ始まったね。」「修司さんの心配性ぶりは充分認知しました。もう心配しないでお仕事に専念してください」「あのね、僕の心配性は文野さんだけ対象だから…。」「ハイハイ。だから実家のすぐとなりに新居を構えるなんて、もっと時間おいて良かったのに」「いずれ越すつもりならお義父さん達が望んだタイミングでと思ってたんだ。嫌だった?」「嫌じゃないですよ。でも、何だか親離れ出来てない気がしたの。」「ああそうなんだ。文野は充分親離れ出来てるし、ご両親も子離れ出来てたと思うよ❗」「自分でも理解してるわ。ただ頭で分かってても気持ちが心が拗ねてるの。やはり独り立ちできてないのかしら?」「この引っ越しは僕の我が儘だよ。近所になると安心だし勤務先がウンと近くなる。どっちかって言うと僕の我が儘だからさ」「修司さん…。ご免なさい。私は子供みたいね。駄々こねて」「いやぁ僕は文野の可愛いところが新発見できて嬉しいけれど?」「もう修司さんは…。」「今住んでいるマンションは手放そうと思う。」「改築工事の費用ですか?」「それもだけど二重生活する必要ないでしょう?」「誰かに貸してあげるとか?」「うーん僕は考えてなかったよ」「ローンを組より良いんじゃないかなぁ?」「私には、隠し財産があるんです」「はぃ?」「結構な纏まった額です」「それを使うのは今じゃないのでは?」「そう思って使えなかったんです。でも今使わないとずっと使えない気がするんです」「良いのかい?」「ええ。私のお金ですから12年前から」「つまり、慰謝料?」「賠償金です」「高野さんから受け取ったんでしょう?」「イイエ。柳沢です」「それって…。」「ええ何度も突っ返したんですけど、弁護士がしつこくて受け取ってはみたものも手付かずでほったらかしです。」「へぇ…。」「嫌ですか?こんなお金」「君のために使った方が良いと思うけれど」「私達の為に使いたいんです」「僕は気にしないけれど。ご両親には?」「これから話します。嫌がるかも知れないけれど…。」
果たして、立花夫妻はやはり良い顔をしなかった。だが文野のいつまでも手元にあるのが嫌だったと言う話を聞いて使ってしまった方が良いだろうと結論が出た一方、香月は毎日、弁当持参で研修期間を過ごしていた今夜は夜勤の日だ「さぁ今のうちにご飯ご飯」食堂は医師以外に看護師や作業療法士等スタッフが食事のため、または休憩のためにくつろいでいる「香月先生毎日お弁当ですか?」「ええ。毎度コンビニの袋を下げてた私からは想像できないでしょう?」「まーったく想像できませんよ。偽物じゃないかって思うくらい」看護師のひとりが側に腰掛けて薫をからかう「偽物?そうね。別次元の人みたい」もうひとりの看護師が笑い出す「酷いなぁ」薫もニコニコしながら仲間達と楽しそうに過ごす「わぁ煮物が美味しそうですね?」「多めに作ってきたからみんな味見してくれる?」薫は容器の蓋を開けて味見をうながす「わぁよろこんで」若い看護師が早速パクリと口に入れる「美味しい…。何だかお母さんの味がするわぁ」「どれどれ…。他の仲間達もひとくち頬張る」「旨い。香月先生旨いよ。すぐに嫁に行ける」「先生、それモラルハラスメント❗」「あごめんね」「大丈夫です。褒め言葉と思って良いですか?」「ウン旨いよ」「ありがとうございます。」「僕も良いかな?」木島もやって来た「はいどうぞ」「ウン旨い。大分練習したんじゃない?「はい、かなり」「もうひとつ貰って良い?」「どうぞ」「美味しいなぁ。良く頑張ったね。凄いや。もう研修も終わりでしょう?美味しいのが食べられて良かったよ。お疲れ様」木島は独りソファーのある方へ 行ってしまった 薫は誰に誉められるより木島に誉められたのが何故だかとても嬉しかった
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます