第29話 誤解が解けて
香月からの電話で誤解が解けて修司はひと安心。薫はこのまま研修を続けることになった
「一時は指導医を辞退するつもりだったんだ」そう話す修司に「折角だからちゃんと指導してあげた方が良いんじゃない?その内、私にも紹介してください。杉山の妻ですと挨拶しておきます」と笑って済ませた「怒らないの?」「誤解は解けたのだし、娘思いの父親の暴走でしょう?」「まぁ言ってしまえばそうだけどねぇ、でもさぁ、ちょっとくらい気にしても…」不満そうな修司に「気にしていない訳じゃないのよ、怒っていないだけ。この先どんな誤解が起きるか分からないでしょう?その為の予習だったと思うようにしただけです。若気のなんとかって言うでしょ?」「そうなんだ。」「もしかして、修司さんは私が怒鳴り込んで香月さんを攻めた方が良かったの?」「イヤ、それはそれで嫌だ」「私も大きな失敗したことがあるわ。彼女がこれに懲りて益々恋愛から遠退いてしまわないか心配だわ」「今度は香月さんの心配なのかい?」「私がそうだったから…。貴方に会うまでずっと恋愛が苦手だった。怖かったの。彼女がそうならないと良いけど。」杉山は、文野の言葉に前の結婚の事で悔やんでいるのかと優しく抱き寄せる「そうだけど、僕に出会って幸せなんだよね?」「勿論よ。だって、修司さんに巡り会えたんですもの」そう言って文野は修司に口付ける「私は、幸せよ。彼女もそう言うお相手と早く巡り会えたら良いなぁと思うだけです。」そんな妻が愛しく「やっぱり文野は素晴らしい」と呟く修司であった
「今日は急に宿直になったんだ。」「それなら夜食を準備しましょうか?」「そうだね。いつ食事できるか分からないし。頼むよ。」修司は一旦帰宅してシャワ-を済ませ着替えて病院へ戻る。当番の時はいつもそうしているので急に当番を変わることになって文野へも連絡があった。「文野も実家へ泊まると良いよ。」「毎回泊まらなくても良いのよ?」「お義父さんとお義母さんが喜ぶよ。たまにしかないから親孝行しておいで」杉山が泊りの日は文野は実家で過ごす。特に用事は無いがずっと傍に居たのだ。たまに帰れば両親も安心するだろう。結婚して間もない頃修司から提案された。文野も有りがたく受け入れた。まだ結婚してふたつき足らずだが…。「じゃあ行ってくるね。お義父さん、お義母さんによろしく」「はい。行ってらっしゃい」そう言って文野は、修司を抱き締めた「行きたくなくなるなぁ…。」「続きは帰ってからね」「うん。わかった頑張って来ます。帰りに寄ろうか?」「そうね。父も修司さんに会いたがってた」「そうなんだ、迎えに行くよ。待ってて」「分かりました」修司を見送り文野は片付けを済ませて、実家へ向かう。父の用件に見当もつかず明日会えば聞けるのだろうと気楽に考えていた
「お父さん、これから文野が泊りに来ますよ。あの話しするんでしょう?」「ああでも、文野より修司くんが先だよ。」「文野には先に相談しないんですか?」「相談されても困るんじゃないか?結局修司くんが決めることになるんだから。文野は修司くんの意思を優先すると思う。かえって悩んでしまうよ」「そうですね。分かりました。修司さんが明日迎えに来るときにでも良いですね」文野の実家は剣道の道場を開いている。近所の子供達が小学校を卒業するまで通える。中学生になると部活動の扱いがあるので立花道場は受け入れていない。個人的に通う子供もいたが、部活動に参加することで受験の際に内申の評価も上がると分かったので受け入れないことにしたのだ。短期的に遊びに来る分には特に問題は無いが、中学の指導者と考えが合わない親たちから中学校の指導を頼まれた時にでしゃばらないと決めたのだ。「私は、剣道の師範であって学校の教育者とは立場が違う。指導方法が違うのは学校の教育者としての指導は強くなるだけではなく勉強も同じようにバランスが取れて子供達のこれからの進路を考えての事、私にはその責任を負えないし、その権限もない」と断った。がっかりした親もいたが事実である。年齢的には後5年位で道場を閉める予定にしていたのでこれ以上難しい事に首を突っ込みたくないと言うのが本音である
道場を閉めたらその後を改築して文野達夫婦に住んで欲しいと考えている。修司が独立した時にクリニックを開く時に役に立てばと思ったのだ。文野の結婚前に修司と新居を道場の2階にと相談されたが、新婚生活を過ごすのに実家の側は、気を遣うだろうと一旦断りを入れた。だがたまたま道場の整備を兼ねて工事がはいるので早めても良いか確認しようと思っているのだ長男は隣町に家を建てた。仕事の便もあり、子供達の学校もありで暫く実家へ来ることはなさそうだ。「実家は姉さんの好きにして良いよ」家を建てた時に既に財産分与はされており、実家は、文野のために残して欲しいと証書も作ってある。本人だけはその事実を知らされていないのだが…。その事を文野の夫になった修司と話し合いたいのだ。まだ2ヶ月では早いか?でも道場を閉めるのに5年しか猶予がないのだ。計画するなら早い方が言うと思うのだ。昌代も「私達もいつまでも若くはないですからね。修司さんの予定と文野の考えも聞いた方がいいと思いますよ」と賛成してくれた
8時を過ぎ小腹が空いたと思った修司は文野の弁当を広げた。使い捨ての弁当箱が二つとメモがはさまって
お疲れ様です。ひとつは香月先生へ差し入れです。間違っても二つ食べちゃあ駄目ですよ。カロリー取りすぎです。ではこの後も頑張って下さい。と書いてある「香月先生の分まで準備しなくて良いのに」と呟く そこへ丁度香月薫が医局へ戻って来た
「香月君、君食事は?」「コンビニへ買いに行きます」「この時間選べないよ?」他の医師が声を掛ける「カップ麺でも捜してみます」「待って。これやる」「えっ?それは杉山先生のお弁当ですよね?」「妻が君の分も作ってくれたんだ」「奥様が…。私の分まで?」「そう。君にって準備してある。僕に2つは多いしね。はいどうぞ。レンジで温めて食べて。」「あ、ありがとうございます。よろしいのですか?」「妻の好意を無駄にする気?」「いえとんでもないことです。有りがたく頂戴いたします」「使い捨ての容器だから済んだら水でサッと洗ってから捨てて下さい」「分かりました。」そう言うと杉山はお弁当をもってレンジの傍に行ってしまった
「へぇ良かったね。香月先生。杉山先生の奥さん料理上手だからきっと美味しいよ」「ご存知なんですか?」「奥さんの事?」「ええ。皆さんご存知のようなので…。」「近所で道場を開いているんだ」「奥様がですか?」「いや、お父さんがね、でも師範代を努めているんだよ」「かなり強いんですかね?」「実力は僕も知らないけれどいつも凛としていて清々しい方だよ」「杉山先生にぴったりって感じですか?」「うん良くお似合いのご夫婦だよ」「お会いしてみたいですねぇ…。」「その内見掛けるんじゃないか?仲良く歩いているから」
「美味しい…。」ひとり席について文野の弁当を頂く。「久しぶりに美味しいご飯食べたぁ」独り言のように繰り返し呟く「独りで何してるの?」看護助手の男性が呆れて見ている「お弁当が美味しくてついー」「手作り?」「はい。頂いたんです。」「自分の手作りじゃあ無いんだ?」「私には無理です。」「何で?」「料理したことがないので」「ええっ。どこのお姫様?」「恥ずかしいです。」「別に恥ずかしくはないでしょう?料理をしなくても生活できる環境に居ただけでしょう?これから必要なら習えば良いじゃない」「そうですね。そうします」「あの私は研修医の香月薫です。」「俺は看護助手の木島良平です。態度がでかくてごめんね」「いえ。この病院長いんですか?」「2年目にはいったって頃だよ」「そうですか。よろしくお願いします」「こちらこそ」そう言うと木島はカップのコーヒーをのみ干して出ていった
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