第20話一緒にいると愉しいと言うこと
駅の改札で杉山を待つ間、文野は水野からの連絡に驚いた。水野の家族だけではなく夫の両親も一緒に行くと言うのだ。それってうちの社長ってこと?「他に誰がいるのよ。」「木下さんには伝えた?」「まだ。言わない方が本番ぽくって良くない?」「うーん、でも木下さんのためには伝えた方が良いよね?」「そうかなぁ…。」「絶対伝えた方が良いよ。」「わかった。電話するわ」「木下さん大丈夫かなぁ?」木下の事が心配で杉山が、側に来たことに気づかない「お疲れ様です。文野さん」「わっ、ビックリした。お疲れ様です杉山さん」「ごめんねそんなに驚くと思わなかった」「いえ、考え事していたのでついごめんなさい。」「いやいや」杉山は頭をかいている「行きますか?」「ええ、今日もよろしくお願いします」二人は並んで木下の店に向かった
「こんばんは~。」「いらっしゃいませ~本日はお二人ですね」木下の声が迎えてくれた「今日はこちらの席へどうぞ」と案内してくれた席は一番奥のボックスシートだった。「静かな席ですね」「はい、この席は初めてです」「何かあるのかな?」「席を案内するのもルールがあるんですよ。」「そうなんですか?」「詳しいことはわからないですけれど」「年齢層とか人数とか子供連れとか条件に沿って席を振り分けるらしいですよ。」「僕らはどんなタイプですかね?」「さぁ。わかりませんねぇ…。友人以上には見えているかもしれません」
「こんばんは~。」「いらっしゃいませ~」ドアが開いて水野一家が訪れたらしい。いっぺんに賑やかになった。水野一家は反対側のファミリーボックスシートに案内されたようだ「こら、静かにしなさい。皆さん食事中ですよ」雅美の声に子供達がは~いと返事をしているのが聞こえる。メニュをもって木下が、シートへ向かう姿に緊張感が、見える。文野達の席には木下の母親がオーダーを取りに来る「二日も続けて来ていただいてありがとうございます」「いいえ、美味しい夕食が食べられて嬉しいです」
「ありがとうございます。注文を伺います。」「私は、今日はステーキをいただきます」「おお、ステーキですか良いですねぇ。僕は生姜焼き定食をお願いします」「かしこまりました。暫くお待ちくださいませ」一礼して厨房へと去っていく。「あちら大人数だから大変でしょうに…。」「そうですね。6人、あれ7人だわ」
「他に連れがあるんでしょうね」「多分…。ちょっと挨拶して来ます」「僕も一緒に行って良いですか?」「そうですね。食事する仲ですから。お願いします」文野は杉山と連れだって水野一家の席へ向かった「こんばんは~。」「やぁ立花さん。君も来てたの?」「はい社長、奥さまもお久し振りです」「本当にね。お元気?お父様はもう大丈夫ですの?」「はい御心配をお掛けしました。元気に稽古にも出ております」「そう。良かったですわ。ところでそのお隣の方は?」「はい。今お付き合いをしている杉山さんです」「まぁお付き合いしてる方なの?初めまして」「初めまして、杉山と申します」「文野さん結婚するの?」「これ子供が余計な事聞かないのよ。」「そのつもりで付き合っていますよ。」「ええ、ライバルだ❗」「ライバル?誰が?」「お母さん、僕言ったでしょう?文野さんをお嫁さんにするって❗」「えっそうだっけ」「そうだよ~。だから文野さんに待ってて伝えて欲しいって言ったのに」
「椋君。ありがとう心配してくれて。でも杉山さんが居るから私は、大丈夫です。椋君も焦らないで自分に合う方を探してくださいね」「うーん。文野さんが大好きだからショックだ」「何を生意気言ってるんだ。お相手に失礼だろうが」社長が席を立って文野と杉山に向かって「わざわざ挨拶に来ていただいてありがとう。どうぞお席にお戻り下さい」「失礼します」文野達は自席に戻った
「文野さん、良かったんですか?僕と付き合ってると言って…。」「はい。私もそれが自然な気がしてきて、杉山さんと居ると愉しいですし、会えると嬉しいって気持ちは、凄く久し振りなの。戸惑いもまだあるんですよ。でも杉山さんは私と付き合ってるってオープンにしても良いんじゃないかと思って…。」「隠す必要は無いですからね」「ええ。二人の時は修司さんって呼ぶように心掛けます」「どっちでも良いですよ?僕はずっと文野さんて呼んでいるので。」「では早速修司さん。両親にも近い内きちんと話したいのですが」「週末は、どうですか?」「今週末は大会もないので稽古は通常通り終わりますよ」「では夕方で良いかなぁ。スーツを着て挨拶に行きますね」「スーツじゃなくても父は拘らないと思いますけど」「僕のけじめです。」「では私もちゃんと着替えます」杉山は、文野の手を握り「僕と結婚していただけますか?」「はい、喜んで。よろしくお願いします」「こちらこそヨロシクお願いします」
文野も杉山の手に自分の手を合わせた
週末に向けて文野は両親の予定を確認したり、食事の予定を立てたりと大忙しだった。母には杉山が訪ねてくることを伝えた「文野、杉山先生とお付き合いしてたの?」「これからよ。ただ、この先一緒に居たいと思っただけよ?何も始まっていないの」「でも旅行も行ったし。」
「あれは、全く偶然なの。本当に急に決まった事よ」「先生もそうかしら?」「修司さんは、何か考えはあったと思うわ。帰るときに結婚を考えて付き合いたいって言われたし。」「その時は文野は、何て答えたの?」「少し時間が欲しいって」「その割には短かったんじゃない?」「ええ何だか一緒に居るのが自然に感じて。修司さんなら父さんも母さんも知らない人じゃないし、今更反対しないかなっと思ったの」「この間木下さんのお店に行った帰りに杉山先生と文野が付き合ったら良いのになぁと思ったのよ?父さんもそうじゃないかしら。」「だと嬉しいなぁ。私ね、こんな気持ちって初めてなの。2回目なのにねぇ。」「離れて暮らしていたからかしらね。何だか私もワクワクするのよ?」「でも、杉山さんは前の事知ってるの?」「ええ。ちょっとあってね。修司さんが手を貸してくれたの。」「何事?」「どうってこと無いの。解決したから」「文野、高野の家と連絡しているの?」「まさか。してないわ」「それなら何故先生に前の結婚の事話す必要があるのよ。」「結婚する気が無いって話から離婚歴があるってことを話したの。」「そんな事話す必要があったの?」「何となく修司さんには話しちゃったのよ。不思議ね」「あなたがその時から先生に気があったんじゃない?」「どうだろう?気さくな人だとは思ったけれどね」「とにかくお相手が杉山先生ならこちらからお願いしたい位のかたよ。大事になさいね」「ありがとう母さん。」
夕方5時過ぎ、スーツをしっかり着た杉山の訪問に父辰治は、驚いた。「いらっしゃいませ」ニコニコ顔で、迎えた母昌代は杉山を居間に案内した「今日は出張の帰りですか?」辰治は、声を掛ける「出張?いえ違います」そこへ「お茶でもどうぞ」と昌代が声を掛ける「何か有りましたか?」不思議そうに辰治は尋ねる
そこへ着替えた文野が揃って、杉山の側に座る。
「立花さん、今日は、挨拶に参りました」「挨拶?」「お嬢さん、いえ文野さんとの結婚のお許しを頂きに参りました」「結婚?」「はい」「文野、杉山先生とお付き合いしてたのか」「ええつい最近ね」「そうだったのか。全く知らなかった」「黙っていてごめんね」「いや良いんだよ。いつまでも独りで居るのか心配だったし、まさか杉山先生とは、思わなかったが。大事にしなさい。折角のご縁だからね」「はいお父さん」「杉山先生、どうぞ文野をヨロシクお願いします」「こちらこそ、これから色々教えてください」父と杉山が頭を下げている。「文野、これであなた、逃げられなくなったわ。」「何から逃げるの?」「高野さんの事があってもう結婚とか望まないのかと思ってたのよ?母さんはそれでも良いと思ってた。充分傷付いたし、それを克服したんだから。もう独りで生きていく覚悟を決めてると思ってた」「うん。そのつもりだった。でもね、修司さんの優しさと思いやりに覚悟が揺らいじゃって。今まで何度か良い話を頂いたけれど、修司さんは違ったの。どこがとは言えないけれど。でもね、愉しいの。気持ちが前向きになれるのよ。」「本当に良かったわ。幸せになるのよ。」「ありがとう母さん」
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