第15話予感
文野は、紀久子の部屋を出てわき目も振らず正面玄関へ向かった。早く離れたかったのだ。誰にも会いたくない。タクシー乗り場には既に3人が待っていた。敷地の外へ出た方が拾えるだろうか、そう判断して乗り場から出口へと向かう。しばらく歩いていると「文野さん?」歩いてる側に見知らぬ車が止まった「杉山先生?」「どちらへ?送りますよ。」杉山は、文野を乗せるため、わざわざ助手席のドアを開けくれた「ご用はお済みなんですか?」尋ねる文野に「はい終わりましたよ。さあ乗ってください。どこへでもお送りします」少し強引に文野を助手席に招き入れる。文野も正直早く部屋に戻って落ち着きたかった「ではお言葉に甘えてホテルまでお願いします」素直に乗り込んだ「ご友人は、こちらにお勤めなんですか?」「はい。明日の学会も一緒なのでその後に、集まる予定があります」「久しぶりに会える方達だから盛り上るんでしょうね」「少なくとも僕は5年ぶりです」「楽しみですね?」「ええ、まぁ色々です。文野さんは、お知り合いのお見舞いですか?」「いいえ、悪魔に爆弾を落としてきたんです」「爆弾?というか悪魔って何ですか?」「ふふ、私にとっては悪魔なんですよ」「文野さんの言葉とは思えない位過激ですよ!」「そうですか?誰にだって闇はありますよ」「はぁ」戸惑った表情の杉山を見てにこっと笑う文野だった
「夕食は、18時で良いですか?」杉山は、助手席のドアを開けて文野を降ろした「はい。車で?」「どちらがご希望ですか?」「あのぅ実は、エスコートに慣れていないので先程から戸惑ってます」文野は正直に困惑していた
「杉山先生、やり過ぎですよ」「そうですか?患者さんにも同じ様に接してるつもりですけど?」杉山は、別に特別な事をしているつもりはないらしい「まぁ。誤解されませんか?」呆れた文野は心配になる「さぁ?聞いたことないですけど?」「看護師さんが大変でしょうね」「どうしてですか?」「やり過ぎだからです」「?」罪作りな人ねぇ。思わず甘えたくなる。杉山先生は、無意識なんだろう。「歩いて行けるお店でお願いします」「わかりました。ではまた後で」二人は一旦それぞれのホテルで過ごすことにした。
「おかえりなさいませ」フロントには明日会う友人久保真奈美からのメッセージが届いていた
メモには夕食を一緒にと書いてあった。早速、杉山と約束があるので断る連絡をすると「文野一人じゃないの?」「一人よ」「じゃあ誰と夕食とるのよ」「たまたま一緒になった父の主治医の先生」「大丈夫なの?」「どうして。」「だって、偶然なんて嘘っぽい」「失礼な事言わないでよ。誰にでも優しい先生なの。」「文野、本当に大丈夫なの?」「まみさんの考え過ぎよ」「気をつけるのよ!」「もう…それよりえりさんに贈る物は、大丈夫?」「勿論。万全よ。」「わかった。では明日2時に横浜駅西口で」久保は、結婚して田山真奈美になっていた18時ちょうどにホテルのロビーで文野は、杉山と待ち合わせ中華街へと出掛けた「こんな近くに良いところがありましたね」「立花さん、何が良いですか?」「ここは中華しかないですよねぇ。」「二人コースで行きましょう」「了解」二人はすぐ近くにある中華街を目指す
「何だかスッキリした顔をしていますね」「そうですかぁ?」週末で思いの外、人が多い。「文野さんの表情が優しくなりましたよ」「杉山先生、先程からお医者様になってますよ?気が付いていますか?」「いやぁすみません。つい嬉しくて」「折角、二人きりでデートしてるのに。」「本当にムードなしで。」「望み無しと言う事ですね。」「そ、そんなことは、ないですよ。」「文野さんだってそんな気はないでしょう?」「案外、有りかと思ったんですよ。杉山さんといると癒されるんです。心地よい雰囲気が好きかな。」「嬉しいですが、良い人で終わるパターンじゃないですか?それ」「そうとも言いますねぇ、ウフフ」「結局、遊ばれてるし…」二人での食事は楽しく過ごせた。文野はどこか懐かしいこころもちになった
「明日は早い時間からお出掛けですか?」「はい。部長の代理なので遅刻は不味いかなぁ。と思っているんだ。文野さんは?」「2時に待ち合わせなので地下街でも廻って見ようかと」「一人で?」「私はこの町に住んでいたんですよ?広い町ですけど。迷いはしません」
「そうでしたね。忘れてましたよ」そう文野さんは、考えて行動する人だよな。一人で頷く「もう10年以上たっていますからねぇキョロキョロしてるでしょうね。でも楽しみです」
翌朝朝食タイムにはしっかりスーツに身を包んだ杉山と遭遇。「格好いいですよ。良くお似合いです。気を付けていってらっしゃいませ」笑顔で見送った「はい。いって参ります」杉山も嬉しそうに応えてラウンジを出て行った
さぁて、どうやって時間つぶすかなぁ…。文野は以前勤めていた職場に顔を出すことも考えたが、高野の関係者には会いたくないので避けることにしたのだった
久しぶりのダイヤモンド地下街は、あいかわらず人が多い。横浜駅を出て直ぐに地下街へ降りた。買い物しても荷物になるし、デパートにでも入ろうか?そう言えば初めて咲子に会ったのも此処だった。地下のアイスクリームコーナーに行ったのよね。会いたくないから行かないと決めた。ぶらぶら地下街を歩く。前に有った場所にまだ有ったパン屋さん。本屋が有った場所には携帯電話のショップができていた。そりゃあ変わっていて当たり前よね。ひと昔だもの。良く行ったカフェ、今もあるのねぇちょっと嬉しいな。さっそく、モカを頼むスタッフは、見知らぬ若い男性だ。席に運んで来た女性は、モカを運んで「ごゆっくり」と言った「10年ぶりなんです。ここのモカ好きだったんです」「そうですか、おじいちゃんは、もう辞めたんです。倒れちゃって」「まぁ今はどうされてるの?」「今は元気です。時々店にも顔出すんですけどその時の調子まかせなので。その後、店は叔父が継いだんですよ。私も見習い中です。味が変わらないとよいのですが」「変わって当然ですよ。変わって良いのよ。私達だって変わっているんですもの。貴女も頑張ってねぇ」「ありがとうございます。どうぞごゆっくり。」「こちらこそありがとうございます」文野は、しばらく懐かしいモカを味わった。
2時横浜駅西口。待ち合わせた友人、田山真奈美は、久しぶりに会った文野に抱きついた
「ちょっと苦しい、苦しい。まみ。」「もう文野は、どうしてたの?」「元気ですよ」「そんな簡単に言うの?」「心配かけてごめんなさい。あのときは、誰にも相談できなかったの」「うん。今なら話せる?」「いいえもう語りたくない。みんなに心配描けて申し訳ないなと思っているけど、相手もいる事だし。こちらの言い分だけではフェアじゃないでしよ?」「誰に対してフェア?私に話すだけでしょう」「自分の愚かさに驚くばかりよ。お恥ずかしい限り」「文野…」文野はいつだって他人を攻めない。どちらかと言うと冷静に原因を追及するタイプで、彼氏と喧嘩したときもまず自分に落ち度がなかったか?と言い出して、泣き喚く友人を冷静かつ呆れさせる人物だった。なかなかユニークな、唯一無二の親友だ。近くに居なくて残念である。この10年の間に楽しいエピソードが溢れていたかもしれない。惜しいとすら思う。文野は新しい恋を見つけたのかも知れない。
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