第14話悪魔、再び
久々の旅行を楽しみにしていた文野は、2日前に買った旅行ガイドを読んでいた。関東地域からの近場で行けるところ探していたのだ。栃木の日光の旅館の案内を見てショックを受けたのだ。そのページには利用者の家族連れが幸せそうに写っていた。
横浜からの家族は両親と長男小5、長女小1と紹介されている。小3?そんな筈は…。あの時生まれていれば12才中学生位にはなっている筈だ。文章を読んでいくと結婚して10年のお祝いでの家族旅行らしい。12年前にお腹にいた子供は?どうなったのか。もしかして育たなかったのだろうか。いや今更、確かめたところで何も変わりはしないのだ。いくらなんでも嘘な訳はないだろう。少なくともあの時、紀久子が誠の子供を身ごもったから私は高野の家を出た。母子手帳もちゃんと有った。文野は、疑問を持った。いやそんな筈は、そんな筈はないだろう。急に胸の鼓動が早くなり呼吸が苦しくなった。
「どうしたの?文野」「母さん、何でもないわよ」「そう?顔色悪いわよ。明後日から旅行なのに。大丈夫?」
「大丈夫ですよ。予定を立てているとあれこれ欲が出てきちゃって頭がいたくなっただけなの」「久し振りだものね。時間の許す限り遊んできなさい。」「ありがとう。楽しんでくるわ」
出発の日空港カウンターでキャリーバッグを預けようと並んでいると「立花さんおはようございます」「おはようございます。杉山先生。どうしたんですか?」「立花さんのお見送りに。」「まさか…。」「冗談ですよ。急遽出張になりまして。」「あら本当?」「ええ、どうせなら同じ便が良いなと待ち伏せしていました。」「杉山先生、それはストーカーですよ。」「来れも冗談ですよ。元々もチケットがこの便なんです。本当は部長が行くはずの学会なんですが緊急オペが入って身動き散れなくなりまして代理で、僕が行くことになったんです。」「偶然この便なんですね」「見たいですね。僕も急いで戻って準備してきたのでやっとの思いで間に合ったんです」「代理で行くのも大変ですね」「ええホテルもビジネスホテルじゃないので変な感じですよ。」「やはり部長さんの泊まる予定だったからグレードが高いんですか?」「多分ね。変更出来るかな?」「パックなら無理じゃないですか」「どうだろう。ちょっと事務局に連絡してみます。また後で」杉山は携帯とショルダーバッグを持ってどこかへ行ってしまった。さて、まだ搭乗案内までには少し時間があるので文野は、土産品店を物色することにした
搭乗案内が始まって機内に乗り込むと杉山はどうやらファーストクラスらしい。この際、ゆっくり寝てしまおう。文野は、出発とほぼ同時に寝てしまった。2時間弱で、羽田に到着した。荷物を受け取ってバス乗り場に向かうと既に荷物を受け取って杉山が待っていた。「よく寝ていましたね?昨日寝てないんですか?」「そうですね。久し振りの上京なので緊張して眠れなかったんです。」「遠足の前日的な感じですか?」「子供みたいでしょう?笑っていいですよ?」「そんなこともありますよ。実は泊まるホテルを変更出来るらしいのでご迷惑でなければ近くのホテルにしようと訪ねたんです」「横浜のホテルです」文野は、ホテル名を告げた「そこなら知ってます。空いてるか確認します」杉山は5分後に戻ってきて「取れました。ではお供しますよ」二人はチケットを購入して並んで席を取った。それぞれのホテルを確認して、夕方まで自由時間。元々一緒に過ごす予定はなかったけれどなんとなく一緒に食事する流れになったが文野も特に抵抗が無かった
「では、18時頃に文野さんのホテルのロビーに迎えに行きますよ。中華街にでも行きましょう。」「そうですね。ではまた後で」杉山は友人と会う予定だそうだ。文野は、意を決してと乗り込む ,いや殴り込みに近い気持ちである場所へ向かった。ドアの横には高野紀久子の札
「こんにちは。お久し振りです」ドアを開けるとベッドを起こして座っている女性とその回りと行き来している二人の子供。高級品のスーツを着た年配の女性が立っている「誰?」2人の子供は興味津々で文野を見つめる。一方、驚いた表情に年配の女性。「文野さん?」「ええ、そうです。お元気そうで。」「…。」「文野さん。文野さんなの?」「お久し振り。入院してるって聞いて訪ねたんです。お話ししたいこともあるし。」「ママ誰?」小さな女の子が母親に尋ねた
「おとも」紀久子が答えようとしたが「知り合いよ。」途中で文野が答えた
「知り合いって?」尚も子供は不思議そうに尋ねる「知り合いは知り合い。それだけ。決して友達ではないわ」少々大人げないが決して友人とは言わせない。友人じゃない。敵だものね「二人で話したいんです。外して戴けません?」「母様、この子達をお願いします」「でも紀久子。」「私はそちらがよろしいのであれば別に構いません。どうします?」「母様、お願いします」「おばあ様、どうしたの?」上の男の子が心配そうに見ている「僕は、お母様の側に居るよ。」「私もママといる」「おばあ様と一緒にジュースを買って来ましょう。お客様にお出しするのがないわ。」「さっき持ってきたのは?」男の子は母親の危機を察しているようだ「あれは子供用でしょう?」「出来れば高いコーヒをお願いします。ケーキも一緒に」「ケーキ?おばあ様、私もケーキを食べたい。」「わかりましたよ。ケーキも買って来ましょう。二人とも行くわよ」「僕は残る」と言い張る上の子供に「ママの分も買って来てちょうだい」紀久子が言い聞かせてやっと出ていった
「よく来てくれたわ」紀久子はまるで仲の良い友人に話すように文野に声を掛ける「病状は?」「子宮癌。ステージ2です。」「手術は?」「先生は手術すれば良くなるって仰るの」「ならさっさと受けたらいいじゃないですか?手遅れになったらどうするの?」「その前に色々片付けておかないといけないと思って。」「それが誠さんを私に返す宣言?」「失礼なのは重々わかっているわ。でも私、このままでは死ねないもの。」「呆れた。相変わらず、なにもわからないお嬢ちゃまなのね。」「あなたには何を言われても謝るしか出来ないわ。私は酷い事をしたもの」「酷いなんて,ひと言で済まないわよ。」「私に言わせれば、あなたは、人でなし、悪魔よ。」「ごめんなさい。」「謝れば済むと?」「ごめんなさい。でもそれしか出来ない。だから誠さんを返してあげたかったの」「自己満足でしょう?自分の気がすむだけでしょう?」「でも。」「でも?あなたは幸せ絶頂の私を騙して失望させた。その後も私は誠さんの裏切りで男性不信になった」「…。」「きっとあなたは私から誠さんを奪う事しか考えてなかったんでしょうね」「その後、賠償金を支払えば後腐れなしだと。」「私、…。」「何も考えてなかった?私にだって感情はあるわよ?誠さんにも。そしてあの子供達にもね。あなたさぁ、私に誠さんを返すってどういう意味なの?」「えっ。」「ただ渡せば丸く収まるとでも?」「以前結婚してたとして元のさやに収まるとでも思ったの?」「…。」「馬鹿なの?」「そんな事」「では子供は?」「子供達は母に預けるつもりです」「本当に大馬鹿ね。子供達は父親と引き離されて納得するの?大体誠さんがそれをよしとするの?高野の御両親は?」「…。私、このままではいけないとばかり考えてて。」「自分勝手もはなはだしい。浅はか過ぎて恥ずかしくないの?」「一番丸く収まるのはね、あなたが早く元気になって家に戻る事よ。わからないの?」「でも直らないかもしれないでしょう?」パシーン文野は、思わず平手打ちをした「何をするの❗️」紀久子は頬をおさえた「今のはあなたの嘘で傷付いた私の分。それから…。」文野は、往復びんたをして「誠さんを苦しめた分。最後のは…。最後のは…。あの後流産して生まれてこれなかった私の子供の分。」「流産…。」「不注意な私も悪かったけれどあのショックを受けてなければそうならなかったわ」「私、何て事を…。」「今更謝られても迷惑よ。あの子は帰ってこないし、あなたと家族を大事にしている誠さんを返されても迷惑なだけよ。」「私どうしたら文野さんに許してもらえるの?」「一生許さないわ。許せるわけないでしょう?折角、大好きな誠さんとの子供を授かっても親に預けて自分だけ楽になって死のうとするあなたを一生許さないわ。」「…。うう,償いたかったの…」「償う?そうね。病気と戦いながら、母親として、妻として高野家を守り支えて行く以外に私と流産した子供への償いはないんじゃないかしら」「病気と戦う事。あの子達を育てる。誠さんの側にいて良いの?」「当然でしょう?他に誰に傍に居て貰うの?」「当然…」「私は、誠さんとあなたは直ぐに一緒になったと思い込んでた。だってあの状況なら自然とそうなるでしょう?生まれてくる子供があなたのお腹にいると思ってたんだから。」「この間旅行雑誌であなたの家族写真と紹介文を読んで愕然としたの。初めて騙されてたって知ったんだもの。あなたは誠さんの価値すら下げる事をしたのよ。大事にしている誠さんを妻がいながら浮気して子供を作る最低男と評価を下げる事をね」「私、誠さんと一緒に居たかった。子供の頃からずっと好きだったの。きっと私をお嫁さんにしてくれるって思い込んでた。なのに、文野さんが現れて、誠さんと結婚してしまって,文野さんを恨んでた。憎んでた。私は文野さんが誠さんを嫌いになってくれれば良いと思ったの。でもそれは彼を傷つける事だったのね…。」「そうよ。反省するのね。だから挽回するためには、苦しくても、辛くても早く手術でも治療でも受けて誠さんと子供達を支えてあげないと。同じ様に側で支えてくれている家族があなたにはいるじゃない。」
「文野さん。ごめんなさい。私、私また文野さんを傷付けてしまったわ」「見てるわよ。あなたが高野家を支えているか…。産まれてこなかった私の子供も見てるわ。わかった?あなたがしなきゃいけないことは沢山有るわ。ベッドの上で寝ぼけてる暇は無いのよ?しっかりしなさい。母親なのよ」「あなたの母親に伝えて。賠償金は遠慮なく使うからって。」「文野さん…。」「では失礼するわ。二度と会うことはないでしょう。でも忘れないで,見てるわよ?」文野は、ひっぱたいた紀久子の頬をを両手で包んで「痛かったでしょう?ごめんなさいね。でもね、叩いた私の手も痛いのよ。忘れないで。さよなら。高いケーキ食べられなくて残念だわ」ウィンクをした文野は、振り返らずに部屋を出た。文野が出ていってしばらく呆けた後、紀久子はナースコールを押した「どうしました?」看護師の声が部屋に響く「先生とご相談があります」「急ぎますか?」「ご都合の良い時で良いです」「伝えておきます」さぁやらなくてはけないことはいっぱい有る。元気にならなくちゃ…。力が入る。本来なら恨み言や罵られてもおかしくない人なのに反って私を奮い立たせてくれた「不思議な人だわ。友達になれたら良かったのに。いいえ彼女には嫌われるわね」独り呟いた。そこへ「買ってきたよ~。」と大きな元気な声が聞こえた「おかえりなさい。」負けない位大きな声で出迎えた紀久子だった
思いがけず大きな出迎えの声に驚いた子供達だが「ママお客様は?」「あらもう帰られたわ」「まぁ。」「ケーキ食べたかったって言ってたわ」「かのが選ぶのに時間がかかったからだぞ」「おにいちゃまだって…。」「ご用があるからって待てなかったらしいわ」「そうなの…。」「取りあえず買って来たケーキ頂きましょう」「わーいママはどれが好き?」
「文野さんは?」「お母様、もう会うことはないって。お友達になれたら良かったのに。あんなに良い人なのに私は取り返しのつかない事をしてしまった」「紀久子…。」「おかあさまどうしたの?」長男は母の顔色を気にして声を掛ける「大丈夫ですよ。悠真。母様は、元気になって早く家に帰りたいの。だから暫くお部屋に来ても会えないこともあるけれどかのと一緒に待っててくれる?」「紀久子、あなた…。」「文野さんに叱られちゃった。いつまでもお嬢ちゃん思考なんだって…。」「そう…。文野さんが」「おかあちゃま、家に帰るの?」「そうよ。かの、かあさま、そのために頑張って治療を受けるわみんなと一緒に居たいから」「やった~。」二人は大きな声をあげた
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