第11話 邪魔者

どの結婚も色々あるもの

結婚して1年半,文野と誠の結婚生活は順調であった。誠は愛しい妻文野の待つ家に帰るのが楽しくて堪らない。

実家でも咲子と文野の関係は良好で上手くいっていた。たまに誠の幼馴染みの柳沢紀久子が母親久実と訪ねて来ては,文野を値踏みするように見つめられた。少し怖いと思うこともあったが、何かを直接言われたこともなかった。ただ、咲子が一緒にいるときは、普通に接しているのだが、咲子が離れた瞬間ゾクッとする冷たい雰囲気になると個人的に感じただけだが。

ただ、最近、誠の会社が海外との提携事業の計画が持ち上がり先方の企業の関係者との顔繋ぎと言うことで誠が一ヶ月出張することになった。と言うのも柳沢紀久子の父親が経営する企業が積極的に話を進めており、柳沢社長の強い希望で責任者として誠と数名のスタッフを同行するとの事だった。元々関連性のない業態なのに急に共同で事業を始めようと話を持ち掛けてきた柳沢に何かあると誠の両親は懐疑的だった。しかし、公平且つスマートな態度に二人も気を許していたところに一ヶ月の長期出張、誠も時期トップに立つ非もそう遠くないし、守るばかりではなく何か功績を挙げたいと思っていたのでタイミングが良く出張も実行することになった。出張前の準備で帰宅時間も遅く,二人で住んでいるのに一緒に居られないもどかしさもあった。

「今夜は遅くなりそうだから実家で泊まるよ。先に寝てて。」「帰らないってことですか?」「帰れないんだ。同行するメンバーと打ち合わせが有ってね。でも実家じゃあ…。」「着替えもあるし、文野が無理して遅い時間迄起きていなくていいよ」「そんな…。私誠さんの妻ですよ。そんなこと普通じゃないですか?」「良いから良いから。じゃあ行ってくるね。」「行ってらっしゃい。どうしても実家に泊まるなら電話してください」「分かった」あわただしく誠は出ていった

そんな日が何度もあり、実家に着替えを取りに行くと「お手伝いさんが対応してるから気にしないでいいわよ?」と咲子も答える「たまには一緒に食事しない?」「でも誠さんが忙しそうなので私が外食と言うのは気が引けます」「まぁ。」「少しでも一緒にいる時間を作りたいので部屋に戻ります。ごめんなさい。お義母さん」「良いのよ。誠も今回の出張には驚いたけれど、期待も大きいらしいのよ。文野さんには寂しい想いをさせて申し訳無いわね。」「イエ。無理をしてないか心配なんです」「私からもマンションに戻るようにはなしておくわ」「お義母さん。」それでも、何日かに一日は実家に泊まったりと自宅へ帰れない日があったが出来るだけ帰るように誠も努力してくれたのだろう。

3ヶ月の準備でバタバタしながら誠は、スタッフと共に旅立った。

「たまには実家に戻ってゆっくりしてくるといいよ。」誠は出掛ける前にそう言ってくれた。「そうね。誠の準備で疲れたでしょう?是非、ご実家のご両親とゆっくりしていらっしゃい」義母の咲子も薦めてくれるので暫く両親の顔でも見て来ようかと実家へいく予定を立てていた。誠を送り出し、部屋を片付け、最終便に乗る予定ででかけるじゅんびをしていた文野のもとに客が訪ねてきた。今頃誰だろう?心当りがないがモニタ画面を確認すると柳沢母子であった

「文野さんいらっしゃる?」「はい。すみません。直ぐ出掛ける予定がありまして。」「あらそう。誠さんの忘れ物を届けに参りましたの。」「誠さんの?」「ええそうです。肌着とか靴下とか一式ね」「肌着?どういう事でですか?」「このまま話さなきゃいけないのかしら?」「失礼しました。直ぐにロックを解除します」「7階だったわね。」「はいエレベーターホールまでお迎えに上がります」「そうしてちょうだい」文野は混乱していた。ただでさえ苦手な二人を部屋に招く事はしたくなかったが忘れ物を届けてくれたことにお礼を言わないと。エレベーターが7階に到着した「御機嫌よう」「おはようございます。柳沢様」にこりともせずに文野を見つめる。見つめると言うより睨んでいる気がする

「誠さん今日から出張でしょう?」「はい。この度は色々と夫がお世話になりました。」「あらあなたのためじゃないのよ。この紀久子と誠さんの為にしたことよ」「幼馴染みと言うだけで?」「何言ってるの。紀久子は誠さんの子供を授かったの。」「えっどういうことでしょうか?」「これを見ればわかるかしら?」バッグから手帳を取り出した「これは…。」「あなたが喉から手が出るほど望んでいる物よ」「…。嘘、そんなの嘘です」「嘘じゃないわ。失礼ねぇ。ちゃんと見て」母子手帳であった。通常妊娠3ヶ月のになると産科の病院から証明が出され役所で発行される。表の名前はしっかり柳沢紀久子の名前が明記されている

「父親は誠さんよ。最近、うちに入り浸っていたのよ。紀久子の部屋に止まっていたの。」「そんな馬鹿な…。」「帰らない日は実家に泊まってると思ってたの?騙されてたのよ。あなた」「…。信じられない❗️」「やはり、家の格式が違うとね、色々と助け合えないじゃない?あなたの家は資金難の高野の会社を立て直せる力はおありかしら?」「資金難?」

「何も知らないのね?誠さんもあなたじゃ、どうしようもないと思ったんでしょ。」「だから紀久子と一緒になって立て直す事になったんですよ」「そんなこと一言も…。」「帰ってきてからあなたに出ていって貰うんじゃない?こっちは子供もいるのよ。正妻はこっちじゃなくて?」「…」

「早く出ていくことがあなたのためよ。忘れ物は此処に置いていくわ。」「ではこれで失礼するわ。元々誠さんは紀久子と結婚させるつもりだったのよ?あなたが急に現れて、話がこんがらがったけど釣り合わない相手と一緒になるから結果的に収まるところに収まったってことね。邪魔者だったのよ。」「邪魔…。」「さあ、こちらの用は済んだから帰るわね。あなたも荷物まとめて出ていった方が良いわよ。だって誠さんは文野さんじゃなくて紀久子と子供を作ったんだから」「失礼するわ。」柳沢母子は帰っていった

そんなこと信じられない…誠さんどうして?私はどうしたら良いの?実家に帰る予定を取り止めて誠に連絡を…。でもあの自信たっぷりの言い方…。会社の危機のことも全く知らない事だった。会社が大変だから必死に出張に力を入れていたのか。それなら一言言ってくれたら、いや、私に話してもどうにもできないだろう。だから話さなかった?柳沢さんならなんとかなると言うのかしら。誠が紀久子と浮気していたことも信じられない。いつも妹みたいな感じだって言ってたのに。誠さんは何をしてたの?怒りで手が震えた。子供が出来たと言ってた。どうして、紀久子さんなの?どうして、私に何も言わずに。どうして、以外に言葉が出てこない。しかし、子供ができた以上私は側に居られないわ「出ていくしかない」そう考えると文野の行動は早かった。自分の荷物を実家宛に送る手配、区役所へ行って離婚届を準備、自分の記入欄と印を押した「出ていきます。戻りません。捜さないで下さい。さようなら」メモを残し、鍵をかけた。高野から贈られた物は全て残した。私物は,実家と実家に近いレンタルボックスへ送った。結婚するときに殆ど処分してしまったので大きな荷物はない。収集の業者は直ぐに来てくれたので2時間ほどで片付いた。部屋を出てフロントを通ると「ご旅行だそうで、大荷物でしたね。どうぞお気を付けて」優しく見送って貰った

まさか、この部屋を出ていくとは思わないだろうなぁ。騙してしまった後味の悪さから「ありがとうございます。お世話になりました。」と言ってしまってから慌てて「行って参ります。暫く留守をしますが、何かあれば義母のところへ連絡をお願いします」挨拶もそこそこに駅へと向かった。

咲子には何と言おうか。離婚届を部屋に置いてきたし、紀久子と子供ことは、私が言うことじゃない。自然と私が出ていけば、原因を探れば誠の不祥事を嘆くだろうか?咲子さんご免なさい。もうお友達でも居られなくなりましたね。寂しいけれど、残念ですが、産まれてくる子供に罪は有りませんから。咲子が何と言おうと もうつき合いは出来ない。旅先に着いたら手紙を出そう。少なくとも今はどこかで休みたい。廻りは何も知らない、文野は実家に戻っている事になっている。発覚するのは一月後だ。

実家にはゆっくり戻ることにした「母さん、高野の家を出ることになりました。しばらくしたら戻ります。心配しないで。携帯電話の番号を変えたのでメモってね。」「どうしたの一体。文野らしくない。ちゃんと説明してちょうだい。」「私は、邪魔者だったのよ。もう居られないわ」声が震える「なんですって?誰がそんなこと」母の声が大きくなったそのお陰で文野は落ち着いてきた「今の忘れて…。誰にも言わないで。絶対よ。とにかく、前の携帯は今月中は、使えるので、そのままにしてあります。でも出ることは無いですよ。そちらには戻るか分からないと答えてください。毎日電話をしますから。でも母さんと実家の電話番号なら携帯電話に出るか、折り返し掛けるわ」「文野の決心は固いのね?高野さんの家には2度と戻れないのよ?わかってるの?」「うん。ごめんなさい。でも必ず家に戻るから待ってて」「あなたは考えなしに無茶する子じゃないからきっと余程の事があったんだと思うわ。早く帰って安心させて頂戴」「はい」

文野は少し大きめのキャリーバッグを引いて北へ向かう新幹線に乗った

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