幸せの醜い渡り鳥 その5

 どうしてだ。


     訳が分からない。


 何で……


      そんなはずがない……

 嘘だ。

  

              嘘だ。

     

     嘘だ……。


   

  全部……うまく言ってたはずだろう……?

 


 そう自分に言い聞かせる。

 でも無理だ。納得してしまった。

 俺は幸せになってしまっていた。忘れていた。俺は奪うことしか出来ない。喰らい尽くすことしかできない。だから、この一年近く、ずっと奪い続けてきたんだ。

 結局は自分が幸せになるためだけの偽善。所詮自己満足。

 真に人を想うのであれば、俺の場合干渉しないほうが良かったんだ。心を寄せることなく、ずっとモノクロのままでいた方が良かったんだ。

 流す涙などというものはどこにも見当たらない。ただただ、俯いて座る。

 看護師たちが泡立たしい。忙しなく動き回っている。咲奈の蘇生に尽力しているのだろう。

 そこに希望はあるのだろうか。助かったとして、その先はあるのだろうか。

 咲奈とは一緒にいたい。だからこそ、もう俺は咲奈には近づけない。一生離れたところで暮らすしかない。でも、それでも。

 咲奈だけには生きてほしい。大切な妹なんだ。家族なんだ。俺の幸せなんだ。

 外にはもう雪が降り積もっている。冷たく、無慈悲に。全ての光が闇夜に飲まれてしまったかのようだった。

 長い時間が経ち、医者が出てきた。俺の方を見て、躊躇いがちに、首を横に振った。

「出せる手は尽くしまーーーー」

 医者が何かを言っている。でも、何も聞こえない。何も感じない。

 失われた。何もかも。俺にとっての何もかも。幸せが。一筋の希望が。咲奈の笑顔が。全てが雪に飲まれた。




 咲奈の体がベッドに横たわる。顔には白い棺掛けがかけられている。もう、すっかり冷たく、その体には命がない。可能性がない。

 俺は幸せを分けてやれただろうか。それは何一つ無駄だったのだろうか。

 でも、さっき気づいたばかりじゃないか。俺は奪っただけだって。

 何一つしてやれなかった。俺の手で眠らせて、俺の手で冷たくしてしまった。全ては俺が……

 そう、顔を右手で覆うと違和感。目元がベチャベチャに濡れていた。泣いていたらしい。熱くもなんともない涙。気が付かなかった。

 泣く資格……あるのだろうか。この手を握る資格……あるのだろうか。

 本当に幸せとは何だったのだろう。遂には自分の幸せさえ奪ってしまった。この幸せはどこへと消えるのだろう。何も意味がなかったかのように溶けていくのだろうか。それとも、誰かの幸せになるのだろうか。それなら、後者の方がいいなと思う。

 そんな失意の底へと沈んでいくように、俺の意識は落ちていった。

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