第8話 ギルドマスター、ポンコの誤算
「どぉだぁ? 俺様の華麗なる陰謀わぁ」
「そろそろノインのヤツがぁ、我がギルドにもう一度入れてくださいと土下座しに来る頃ではないのかねぇえ」
ぶは~っ
葉巻から深々と紫煙を吸い込む……ギルドマスターのポンコはご機嫌だった。
「そ、それが……派遣した女いわく、”2秒で断られた! プライドが傷ついたから違約金寄こせ!”とのことっス!」
ばん!
「そんな、ヴァカなああああっ!?」
ギルド幹部であるエーイの報告を聞くなり、唾を飛ばしながら立ち上がるポンコ。
「うわっ! ポンコさん、きたねーっす!」
「王都選りすぐりの……プラチナ級の女を派遣したのだぞおおおぉぉ!
むしろ俺様がお相手してほしいくらいなのにぃぃぃいい!
それを断るなどぉぉ……ノインのヤツはイ○ポかぁぁあああ!?」
数万センドの資金を投入し、1か月貸し切りにしてやったのだ。
ポンコの完璧な計算では、快楽に溺れたノインが涎を垂らしながら、ギルドにもう一度入れてくれと土下座に来るはずだった。
一度クビにしたフリーエージェント枠の冒険者も、本人の希望とギルドの意向が一致すれば優先的に復帰させることができる。
しょせん奴も性欲旺盛な18歳男である。
あっさりと陥落するだろう……ポンコはそう確信していたのだが。
「なぜ、なぜだっ!」
「……ちらっと見たとこありますが、ヤツ付きの女神ちゃん……おっぱいデカくてちょ~可愛いっすからね」
「間に合ってんじゃないっすか」
「ぬわんということだぁああああ! B96でも足りんかったかあああぁぁ!?」
ギルドの執務室に、どこかズレたポンコの絶叫が響いた。
*** ***
「やっべ、ソファーで寝たから胸の谷間があせもでかゆいですわよ」
ぼりぼり……
「…………」
まったくこの女神ちゃんは……。
Tシャツ一枚で女神スマホを持ったまま寝落ちし、顔に板状の跡を付けた上に……風邪をひいては大変だ (女神が風邪をひくのかは知らないけど)と僕が掛けてあげた毛布を跳ね飛ばした上でのセリフである。
「ほらほら、お昼の定期船で出発するんだから、片付け手伝って!」
げしっ
「ぶへっ!?」
思わずイラっとした僕は、ユーノをソファーの上から蹴り落とす。
べちんと床にノビた彼女は……夏晴れの下、石畳で干からびるカエルのようだ。
ちょうど緑色だし。
「たとえがひどすぎる!?」
なぜか抗議の声を上げ、がばっと勢いよく体を起こすユーノ。
その拍子にTシャツに包まれた巨大な胸がぷるんと弾む。
……はぁ、この揺れさえなければかわいいんだけどな。
「そうだ、”進化”をつかえば……ユーノの無駄脂肪を”適切なサイズ”に変えられるんじゃ!?」
「マジでやめて?」
僕らはじゃれ合いながら旅立ちの準備を始める。
出会って3年になる僕らの関係性は、だいたいこんな感じなのだ。
*** ***
ボーッ!
汽笛の音と共に、僕たちの乗った定期船が港を離れていく。
なんやかんや言いつつ、生まれてから過ごしてきた故郷である。
ちょっとぐらいはセンチメンタルな気持ちになってもいいだろう。
「にひ、さらば麗しの王都よ……ってやつ?」
手すりにもたれかかり、少しずつ遠くなっていく港を眺めている僕に、いたずらっぽい表情をしたユーノが話しかけてくる。
彼女は、いつもの派手な女神衣装ではなく、白を基調とした清楚な神学校の制服風上着を身に着けている。
こうしていると、多少は頭がよさそうに見えるから不思議だ。
「……よく考えたら、女神スキルの”転移”で帝国に行けばよかったんじゃ?」
「ぎくっ!
わ、わたしは未熟な女神ちゃんですので、女神スキルの使用は制限されてイルノデス」
僕の問いに、カクカクとした動きで答えるユーノ。
まあ、執行猶予中だから女神スキルが使えないとか、そんな所だと思うけど……いよいよ本気でこの子ニートじゃないか……やっぱ捨てていくか?
「はうっ!? ゆ、ユーノちゃん役に立つから! えっと、えっと……クッションとか!」
……まあ、野営の際、ソファー代わりにはなりそうだ。柔らかいし。
「えっ!? マジレスっ!?」
ユーノといつものやり取りを繰り広げていると、港の桟橋に慌てて走り寄る4人組が見える。
穏やかな日差しに光る頭は……ギルドマスターのポンコさんと取り巻き3人組だ。
やけに汗をかき、何か焦っているように見えるけど……僕を
「ノ……ま……か……せ!?」
風に乗って僅かに声が聞こえてくる。
おそらく、「ノイン君のますますのかつやくを期待してまっせ (王国方言)」とでも言ってくれているのだろう。
あ、ポンコさんが興奮のあまり海に落ちた。
いやぁ、照れるな~。
僕は満面の笑みを浮かべると、”海の向こうで貴ギルドのますますの発展をお祈りしています”……との気持ちを込め、大きく手を振るのだった。
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