第19話

「人は自分が正しいと思えば思うほど辛くなる」19


 トラジの左手首には包帯が巻かれている。


 数日前ー。

 トラジはモグリの医者に小指を切断してもらった。麻酔薬と切断後の措置をしてもらったので痛みなどは少なかった。その自分の小指を持って多田野組と金井組に出向いたのである。


「すいません!この世界から足を洗わせて頂きます」

トラジはそう言って小さな小瓶に入った小指を差し出して土下座した。

「なんだよこれは」

若頭は煙草を咥えながら小指を見つめた。

「あのガキを自分の子供として面倒みたくなりました。堅気になってやり直したいと思いケジメとして詰めてきました」

トラジは頭を床に付けながら言った。

「あのよぉ」

煙草を吸う。

「ケジメ付けるのはいいけどよ。小指無い人間を雇うとこなんてあんのかよ?」

「あ!」

トラジはハッとした。

「お前は本当に……まぁ仕方ないよな」

若頭は何か言う途中を飲み込んで呆れているが微笑んでも居る。

「お前は元々稼業の人間じゃねぇんだから指なんて詰めなくて良いんだよ。辞めたきゃ辞めるって言えば良いだけだろがバ~カ」

「すんません」

「堅気になるのは解ったよ」

「ありがとうございます」

「だがよ。早いとこ仕事見つけなきゃだろう」

「はい」

「堅気の仕事を紹介してやるからよ。そこで働けよ」

「え?」

「ヤバい仕事はやらなくて良いから、うちの鉄屑屋で働けよ。社保もあるからまともな生活できるぞ、俺もお前には世話になってるからよ。これからは友人って事で仲良くしていこうぜ」

「いいんですか?」

「ヘマしたわけじゃねぇし指詰められちゃなんかしてやらねぇとお前の人生ダメになっちまうじゃねぇかよ」

「ありがとうございます」

トラジは泣きながら何度も頭を下げた。

 若頭は泣いてるトラジの頭をポンポンして笑っている。

「お前ってこんなに涙もろかったか?」

トラジは鼻水と涙を垂らしながら首を横に振っている。泣きじゃくってるトラジを見ながら笑っていた若頭も泣けてきてサングラスを取って男二人で泣き始めた。

 他の組員達は気まずくなり奥の部屋へそっと居なくなった。


「トラジ!頑張れよ!これ餞別だ」

若頭は財布からありったけの札を全部渡した。

「いや、こんなにまずいっすよ」

「いいから取っておけよ」

「ありがとうございます」

トラジは深々と頭を下げて事務所を出た。


つづく

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る