第5話
「人は自分が正しいと思えば思うほど辛くなる」5
「鏡ちゃん!大変だよ。あの女がいなくなっちゃったよ」
「あの女?」
「その子供の母親だよ」
「どういう事ですか?」
「面接と講習終わってね。講習料として一万円渡したらさぁ“電話してきます”って外に出ていったきりね」
「子供をおいて?」
「そういう事になるね」
「取り敢えず戻りますね」
私は慌てて電話を切って喫茶店を出た。
マミの手を繋いで人混みの中を母親を探しながら店に向かったが、私は母親を見たことが無いー。
山田店長は店員と話し込んでいた。
私はマミの手を繋いだままそれを見ている。
しばらくすると山田店長が煙草を咥えながら私に近づいてきた。
「こりゃ事件だね!子供置いて一万円持って逃げちゃうなんてな~」
「どうするんですか?この子」
「鏡ちゃんしばらく預かってよ」
「はぁ?」
その時にマミが繋いだ手に力を入れのを感じた。
困ったが、かといってマミをここに置いていくわけには行かずにその日はマミを連れながらあちこち営業に回った。
私は和光市にあるエセデザイナーズアパートへマミを連れて帰った。帰りにスーパーへ寄って何となくハンバーグの材料を買った。
部屋に着いてマミにお風呂に入るように言った。マミは玄関で立ち尽くしてモジモジしている。
「どうしたの?上がって良いよ」
マミは足元を見ながら俯いている。
マミ靴はだいぶ汚れた運動靴であった。
臭うのが嫌なのかな…。
「大丈夫だよ!早くお風呂に入りなね。お姉ちゃんはあっちで着替えとタオルを用意しておくからね」
私は奥の部屋に行ってマミでも着れる服を探した。子供には大きなティーシャツしかなくて下着はスポーツショーツしかなかった。
そんな事をしているとマミがお風呂場へ入っていくのが見えてホッとした。ティーシャツとショーツとタオルを持ってお風呂場へ向かって、玄関にある汚れた小さなスニーカーを見て悲しくなった。
あまりにも残酷な現実だな、自分で何も決められない歳なのに周りに振り回されて挙げ句に捨てられてしまうなんて…。
スニーカーを見ながら泣いている自分に気付いた。
バカな女が自分を安売りして死んで行くのは自業自得だと思うよ。その人が選んだ選択肢なんだから、でもマミは選択肢を選ぶことすら出来ずにこの小さなスニーカーで母親の後を歩き続けたんだ。自分は捨てられたとマミは解っていると思う。
私は腕まくりと足まくりしてお風呂場へ入った。
マミは水で頭を洗っていてシャンプーも使っていなかった。
「マミちゃん、お湯使いなね!シャンプーも良い匂いだよ」
私は小さく固まっているマミの頭と身体を洗ってあげた。あらだには治りかけた痣の後がある。解りきったことであった。
「気持ちいいでしょ?」
頭を洗ってあげながら聞くと小さな頭が頷く。
「良い匂いでしょ?」
小さな頭がまた頷く。
頭を洗ってから私の前に立たせて身体を洗っているとマミの目から涙が流れてるのが解った。唇を噛み締めて泣いている。
こんな小さな子供に歯を食い縛らせるほどの念いをさせるなんて…。
つづく
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