02:アルマ


 猫アレルギーの可能性が高いということで、アルマは猫カフェへの出入りを禁止することとなった。

 これは俺にとっても苦渋の決断ではあったのだが、アレルギー物質の蓄積により、さらに症状が悪化することを防ぐという目的もある。

 少なくとも、治療薬となるようなものを見つけることができるまで、極力猫との接触は避けた方が良いだろう。そう判断してのことだった。


 友人二人に続いて、自分も猫を飼うことができると喜んでいたアルマ。

 入店は禁止したものの、外から猫の姿を眺めるだけならばと相談して、屋外で過ごすという案に落ち着いた。


「ごめんな、アルマ。だけど、アレルギーが酷くなると本当に大変なんだ」


「オッサンも猫アレルギーだったんだろ? 俺に意地悪したくてやってるんじゃないって、ちゃんとわかってるよ」


 物分かりのいいことを言うアルマだが、本心はやはりつらいものがあるのだろう。明らかに、いつもより元気がないように見える。

 本当なら、くしゃみ程度で落ち着いてくれるのであれば、対策をして猫と触れ合わせても良いのかもしれない。けれど、もしもそれで症状が悪化してしまったとしたら。

 あの苦しさを身をもって経験しているからこそ、アルマを安易に猫に近づけさせるという判断をすることはできなかった。


「俺も、ずっとこうやって遠くから猫を眺めてばかりだったよ。だから、今のアルマの気持ちはすごくよくわかるつもりだ」


「オッサンは、どうやって猫アレルギーを治したんだ?」


「それが、俺にもよくわからないんだ。……けど、この世界なら治療できる方法があるかもしれない。それを見つけるまで、少しの間我慢してくれるかな」


 絶対に見つけるなんて、根拠もない約束はできない。

 それでも、この世界に来て俺の猫アレルギーが消えたことは間違いないのだ。完治はできなかったとしても、何かしらの治療法はあると信じていた。


「……うん、準備ができるまでずっと我慢してたんだ。もうちょっと待つくらい、俺だってできる」


 アルマ自身もまた、確証がないことだとは感じ取っていたのかもしれない。

 それでも気丈に笑う少年は、窓ガラス越しに歩く猫の姿をじっと見つめていた。


 その日から、俺はカフェの営業が終わると、国の図書館へ行ってあらゆる医学書を読み漁るようになった。

 これまで人間が猫と接する機会が無かったこの世界で、猫アレルギーについて記した本は存在しない。明確な対処法を見つけることはできないだろう。

 けれど、医療にも魔法が使える世界なのだ。元の世界ではあり得なかったことが、当たり前のように起こる世界でもある。

 一見すれば無関係と思えるような情報からでも、何らかの手がかりを得られる可能性があると思っていた。


 しかし、欲している情報を見つけることができないまま、時間ばかりが無駄に過ぎていってしまう。コシュカもグレイも協力してくれているというのに、一向に事態が進展する気配がないのだ。

 医学書を読み漁っても、魔法に関する知識を仕入れても、アレルギーの緩和に繋がる情報に辿り着くことができずにいた。


(このままじゃダメだ……多分、俺の力だけじゃどうにもならない)


 猫アレルギーという症状を知っているとはいえ、俺は所詮、ただの一般人だ。

 医学的な知識があるわけでもなければ、特別に明晰めいせきな頭脳を持っているわけでもない。

 自分の力でどうすることもできない以上、人に頼る必要があると思った。


 そうして俺は、今この場に立っている。

 この家の主──という言い方が適切なのかはわからないが──とは面識があるものの、訪れたのは初めてのことだ。

 これまでは先方から訪ねて来ていたので、こちらから足を運ぶ用件が無かったというのが大きいのだろうが。

 俺の目の前には、己の背丈よりも随分と高い門がそびえ立っている。そして、その向こうには広々とした敷地があり、巨大な城が建てられていた。


 そう、俺がやってきたのは、ルカディエン王国の中央に位置する城の前だ。

 城門の前には二人の兵士が、侵入者を拒むように槍を持って立っているのが見える。というか、俺の方を見て不審がっている気がする。


(……テーマパークで見たような城だな)


「ヨウさん、お城の前で間の抜けた表情を晒すのはやめてください。不審者だと思われます」


 そんな呑気なことを考えていた俺だが、王都観光に来たわけではない。

 俺の意識を引き戻してくれたのは、共に腕輪でこの場まで転移してきたコシュカの声だった。


「ごめん、本物の城とか見たことなかったからつい」


「ところで、約束もしていないのに、国王陛下への謁見えっけんは叶うんでしょうか?」


「わからないけど、いつカフェに来てもらえるかもわからないし。頼んでみるだけはタダかなって」


 俺が頼ろうと考えたのは、この国で一番の権力を持つバダード国王だ。

 国の中心人物のもとであれば、一般人よりも多くの情報が集まることは間違いない。解決法ではないにしろ、何らかのヒントに繋がる情報を得られるのではないかと踏んだのだ。

 けれど、コシュカの言う通り、今回の訪問はアポ無し突撃だ。

 急に国王に会いたいと言っても、簡単に通してもらえるとは思えないのも事実だった。


「とりあえず、あそこの兵士に聞いてみるよ」


 威圧感はあるが、悪いことをしに来たわけではないのだ。少なくとも、近寄った途端に槍で突かれるようなことにはならないだろう。

 そう思って城門へと向かっていったのだが、兵士たちは警戒した様子で俺の方へ身体を向ける。攻撃はされないものの、槍を使って距離を取るように指示された。


「お前、何者だ? 城へ何の用だ?」


「あの、俺はSmile Catっていう猫カフェを経営しているヨウと言います。国王陛下に謁見願いたくてやってきたんですが……」


 Smile Catは国王公認のカフェだ。名前を出せば話が通るかと思ったのだが、兵士たちは顔を見合わせていぶかるように俺を見る。


「知らんな。今日は個人の来客があるという予定は聞かされていないが、陛下はご存知なのか?」


「いえ、事前にご連絡は差し上げていません。だけど、国王陛下とは面識があるので、名前を出して取り次いでいただくことはできないでしょうか?」


「話にならんな。面識があるなど、言葉でかたることはいくらでもできる。悪いが通すわけにはいかない」


 なんというか、予想通りだ。当然だろう。一国の王に、一般人がホイホイ会える方がどうかしているのだ。

 お忍びではあるがすっかり常連となっていたので、本来それだけの立場の人物であるということを、忘れかけてしまいそうになる。

 腕輪を使えば城の中にでも転移することはできるのだろうが、さすがにそれは不法侵入だ。仮にバダード国王が許してくれたとしても、俺の倫理観がそれを許さない。


「やはりダメでしたか」


「うん。もしかしたらと思ったんだけど、やっぱり見切り発車すぎたよな」


 ヨルを連れて来ていたら、言い伝えの勇者としてもう少し違ったアプローチができたかもしれない。魔獣を連れた人間なんて、そうそうやってはこないだろう。

 しかし、今日はヨルがぐっすり眠っているところだったので、カフェに置いてきてしまったのだ。


「あんまり粘っても良くないだろうし、今日は一旦出直して……」


 約束も取り付けずに城に入ろうなどと、無謀な計画を立てた自分が悪いのだ。

 今日のところは大人しく引き下がろうかと思った時、俺は城門の向こうに人影を見つけた。

 遠目ではあるのだが、あの容姿は見間違えるはずがない。城の中では鎧を身に着けていないようで、束ねられた長い銀髪が歩みに合わせて風に揺れている。


「っ……ルジェさん!!」


 その姿を見つけた瞬間、俺は兵士たちに取り押さえられるのにも構わず、城門に飛びついて名前を叫んでいた。

 突然の行動に驚いた兵士たちは、慌てて俺を城門から引きはがそうとしている。

 一方で、名を呼ばれた彼は何事かとこちらを見て、ぎょっとしているのがわかった。


「……貴様、このようなところで何をしている」


「ハハ、良かった。知ってる人に会えて」


 バダード国王の従者・ルジェは、俺が誰なのかを認識すると、城門の方まで歩いてきてくれた。その表情には、明らかな困惑の色が浮かんでいる。

 それもそのはずだろう。言い伝えで勇者だとされている男が、城門の前で二人の兵士に取り押さえられているのだから。


「ルジェ様……! この者をご存知なのですか?」


「お前たち、放していい。その男は陛下の……ご友人だ」


「!? し、失礼しました!!」


 友人、という言葉の前に間があったように聞こえたのだが、ルジェとしても複雑なのだろう。

 俺もまた、友人と呼ばれるような立場ではないと思っているのだが。バダード国王はそんなことも気にせず、顔を合わせるたびに俺に気さくに接してくれている。

 兵士たちは飛び退くように俺から離れると、元の立ち位置へと戻っていった。


「ありがとうございます。それで、あの……国王陛下にお会いできないかと思って」


「陛下に……? 城までやってくるとは、急を要するのか?」


「はい、というか……陛下にも、無関係な話ではないと思います」


 バダード国王だけではない。猫が好きだと思う人間はもちろん、身近に猫が増えたこの環境では、誰しもが無関係とはいえない問題なのだ。

 俺の真剣な訴えを聞いて思案したルジェは、渋々ながらに城門を開いてくれたのだった。

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