03:突撃、お城訪問


 開かれた城門をくぐって、俺とコシュカは城の敷地内へと足を踏み入れる。

 草木が丁寧に手入れされたその場所は、色とりどりの花が咲いていて、眺めているだけでもとても癒される空間だと感じた。

 俺たちを招き入れてくれたルジェは、綺麗に舗装された石畳の上を慣れた足取りで歩いていく。

 その後に続いていくのだが、城の中に入るのかと思いきや、ルジェはなぜか城の裏手の方へと足を進めていった。


「陛下は会談中だ、終わるまで少し待つことになるぞ」


「はい、構いません。ダメ元だったので、会わせてもらえるだけでありがたいです」


 向かった先は、広い中庭のような場所だった。

 中央には上品な女性像を配置した噴水があり、こちらもまた庭の周囲を花々が取り囲んでいる。もしかすると、王妃の好みなのかもしれない。

 そんなことを考えながら歩いていると、少し先にある太い木の根元に、覚えのある小さな影を見つけた。


「あれ、もしかして……スアロ?」


「ニャア」


 間違いない、あそこにいるのはこの城に貰われていった、悪戯猫パンプキンキャットのスアロだ。

 俺のことをちゃんと覚えてくれているようで、挨拶をするように鳴いた。


「スアロ様、そろそろお部屋に戻りますよ」


「ニャ」


「スアロ……様?」


 猫であるスアロに対して敬語を使うばかりか、様までつけているルジェを、思わず驚きの目で見てしまう。

 猫好きな人間であれば、猫に対して敬語を使ったり、敬うような態度を取ることも珍しいものではない。……なのだが、それが堅物の印象があるルジェとなると、話が別なのだ。


「……陛下の飼われている愛猫あいびょうなのだ、当然私の方が立場は下になる」


「なるほど……?」


 ルジェが猫を溺愛しているようには見えなかったのだが、そうした理由があるのならば、この態度にも納得がいく。

 ちなみに、この世界には無かった『愛猫』という言葉を、バダード国王に教えたのは俺だ。


「ルジェさんは、スアロさんのお世話役をしているんですか?」


「別に世話役というわけではない。王妃様も外出なさっているからと、陛下に遊び相手をするよう命じられたまでだ」


 言われてみれば、確かにルジェの手には猫じゃらしが握られている。

 国王の従者であるルジェにとって、本来の任務ではない仕事なだけに、不本意そうではある。けれど、案外仲が良さそうにも見えるのは気のせいだろうか?


(そういえば、ルジェさんは猫じゃらしさばきが上手いんだって、バダード国王から聞いたことがあったな)


 一国の王を護る身であることから、武器の扱いにけていることはわかる。そんなルジェだからこそ、猫じゃらしも器用に扱うのかもしれない。

 国王の会談が終わるまで、どうせやることも行く場所もないのだからと、俺は猫じゃらしを借りてスアロと久しぶりに遊ぶことにした。

 そうして時間を潰していると、正門の方から何やら賑やかな声が聞こえてくる。どうやら会談が終わり、客人が城を出ていったようだ。

 当然ルジェもそれに気がついたようで、遊び疲れたスアロを抱き上げると、城の中へと案内してくれた。


 外観を見るだけでも迫力のある城だったのだが、その内装もまた城というに相応ふさわしく、豪華な装飾が施されている。

 俺のような素人にはとても価値がわからないような、高価そうな大きな壺もあれば、踏んで良いものか迷ってしまいそうな、ふかふかの絨毯も敷き詰められていた。

 広々とした正面の階段を上がって、しばらく奥へと歩いた先に、国王がいるという部屋が見えてくる。

 ノックをして迎え入れられた先にいたのは、お忍びの時とは違った、かっちりとした服装をしたバダード国王だった。

 その姿に少し緊張したものの、出迎えてくれた国王はいつも通りフレンドリーだ。


「よく来たな、ヨウにコシュカよ。そこに座って楽にしなさい」


 恐らく応接室のような部屋なのだろうが、元の世界のアパートの部屋よりずっと広い。

 言われるままに、上質なソファーに腰を沈める。国王はルジェからスアロを受け取ろうとしていたが、スアロは二本の前足で国王の顔を押し返して拒絶していた。

 相変わらず懐かれていないのかとも思ったのだが、悪戯猫パンプキンキャットは悪戯好きの性格だ。国王の反応を楽しんでいるのかもしれない。


「……それで、急な用件だと聞いているが。カフェで何かあったのか?」


「はい。実は、常連客の一人である少年に、猫アレルギーだと思われる症状が出ているんです」


「猫アレルギー……とは、どのようなものなのだ?」


 俺の言葉を聞いて首を傾げるバダード国王に、猫アレルギーについて詳しく説明する。始めは興味深そうに耳を傾けてくれていたのだが、次第に表情が険しくなっていった。

 猫アレルギーの存在を知らなかった国王は、他人事ではないとショックを受けている。


「俺のいた世界でも完全な治療法は無くて、この世界なら何かあるんじゃないかと、色々調べてはみたんですが……手がかりを見つけることはできませんでした」


「同じく、私もアレルギーに関係した情報を調べていたのですが、力及ばずです」


「なので、国王陛下であれば腕の立つ医者や、魔法を扱う人物に心当たりがあるかもしれないと思いまして……少しでも情報が得られないかと」


「ふむ、なるほどな」


 状況を理解した国王は、黒々とした自身の口ひげを撫でつけて考え込む。

 そして、ルジェの方へと顔を向けるのだが、国王の意図を察した彼は首を横に振る。


「残念だが、そういった知り合いはおらんよ。私も他人事ではない、力になってやりたい気持ちは山々なんだがな」


「そうですか……」


 少しでも収穫があればと思っていたのだが、国王の力をもってしても、解決に繋がるような伝手つては無いようだ。

 誰が悪いわけでもないのだが、ここならばという期待が大きかっただけに、どうしたって落胆してしまう。

 もう一度、図書館の本を隅々まで読み漁ってみるべきか。薬に詳しい人間を探して、症状を緩和できる薬が作れないか、相談を持ち掛けるのも手かもしれない。

 どんな方法を探すにしても、俺はここで諦めるつもりはなかった。


「……これは、あくまで噂に過ぎんのだがな」


 そう思っていた俺に、話を持ちかけてきたのはバダード国王だった。

 彼の指示を受けて、傍で控えていたルジェが棚の中から一枚の地図を持ち出してくる。テーブル上に広げられた地図の上を、国王が指差す。


「隣国のフェリエールには、どのようなやまいであっても、たちまちに治してしまう医者がいるという噂がある。私自身も会ったことがあるわけではないが、風の噂でまことしやかに囁かれているのだ」


「どんな病でも治す医者……?」


 かなり腕がいいということなのか、魔法を使ったりするのかはわからない。しかし、その噂が本当だとすれば、猫アレルギーを治せる可能性もあるのかもしれない。

 眉唾物まゆつばものの噂かもしれないが、今はわらにもすがりたい思いなのだ。


「……俺、フェリエール王国に行ってみます」


「ヨウ、これはあくまで噂の域を出ない話だ。フェリエールへ行ったところで、本当にそのような医者がいるという保証はできんぞ」


「わかってます。だけど、今は何の手がかりも無い状態だ。たとえ噂話だったとしても、確かめに行く価値はあると思います」


 少しでも可能性があるのなら、それを見過ごすことはできない。

 俺の決意が固いことを悟ったのか、国王はそれ以上引き留めるようなことは言わず、ソファーの背凭れに体重を預ける。


「そうか、ならば行くがよい。カフェには十分な人数のメイドを派遣してやろう。店のことは心配せずとも良いようにしておく」


「ありがとうございます」


 バダード国王の気遣いにより、俺は医者探しに集中することができる。

 こうして俺は、隣国のフェリエールへと向かうことになったのだ。

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