第二章<猫アレルギー治療編>

01:猫アレルギー


 猫カフェSmile Catには、今日も開店から多くの客が訪れている。

 楽しそうに猫たちと戯れる客の姿を見るだけで、俺のやる気も湧いてくるというものだ。

 それを感じ取っているのか、俺の相棒である鍵尻尾の黒猫・ヨルもまた、客に対して愛想を振りまいている。ヨルは甘え上手なのだ。


 これまでは室内を主体として営業してきたカフェだが、新たに屋外にも机や椅子、木材を使った猫用の屋外キャットタワーなども設置した。

 いわゆるテラス席のような扱いで、自然を楽しみながら外を歩き回る猫を見ることができる。もちろん、窓ガラス越しに店内の様子も目にすることができるので、評判も上々だった。

 要望があれば、レジャーシートの貸し出しもおこなっているので、ピクニック気分を味わうこともできるようになった。

 一年中が春のように温暖で、安定した気候のスペリアの町だからこそ、できることかもしれない。


「くしゅん!」


 今日も張り切ってカフェの営業をしていた俺の耳に、大きなくしゃみが聞こえてきた。

 その音の主は、常連客の一人である少年・アルマだ。今日も友人のクルールとホロンと共に、店に遊びに来てくれている。

 くしゃみの音に驚く猫もいるのだが、こればかりは生理現象なので仕方がない。


 最初の譲渡会で、花猫フラワーキャットを飼うことが決まったクルール。

 そして、祖父に猫を飼うことを反対されていたホロンもまた、翼猫ウイングキャットを飼うまで秒読みだと思われている。

 そんな二人から少し遅れてしまったのだが、アルマもようやく猫を飼う準備が整ったという話が持ち上がっていた。その話をしてくれた時のアルマの喜びようは、一週間以上が過ぎた今でもよく覚えている。

 そんなわけで、ここ最近のアルマは、どの猫を飼いたいかを選びにやってきているのだ。

 今日もまた、そんな何気ない一日だったのだが。


「アルマ大丈夫? 今日ずっとくしゃみしてるよね」


「風邪でもひいたんじゃないの?」


 確かに二人の言う通り、カフェを訪れたアルマは何度もくしゃみをしているのが聞こえていた。

 この世界では不思議なことが色々と起こるが、元の世界と同じように怪我もするし、体調を崩すことだってある。

 気候が安定している地域だとはいっても、風邪をひくことだってあるだろう。


「わかんねえ。けど、お前らと猫にうつしたら悪いし、今日はそろそろ帰るわ」


 いつもなら、夕方くらいまでは友人たちとカフェで過ごしているのだが、さすがにアルマ自身もくしゃみの回数が多いと感じていたのだろう。予定していたよりも、早めに帰宅をすることとなった。

 けれど、数日を置いて再び来店した時にも、アルマのくしゃみは続いていたのだ。

 始めは様子見をしていたのだが、さすがに俺も心配になって、合間で声を掛けてみる。


「アルマ、またくしゃみしてるな。体調戻ってないのか?」


「いや、風邪じゃないんだよな。この間も、家に帰ったらくしゃみ出なくなったし。今日も店に来るまでは元気だったんだよ」


「そうなの。あたしたち朝は別のところで遊んでたんだけど、その時はアルマも普通だったんだよ?」


「掃除はきちんとしているつもりなんですが、埃っぽいところがあるんでしょうか?」


 同じく様子を見に来たコシュカも、子供たちの話を聞いて不思議そうに首を傾げている。

 埃っぽさでくしゃみを誘発している可能性もあるのかもしれないが、基本的に掃除はかなり入念に行っている。それは客のためでもあるし、何より猫のためだ。

 猫は綺麗好きな生き物だし、店内は清潔に保っている自信がある。

 理由がわからず困惑する子供たちとは異なり、俺はひとつの可能性を思い浮かべていた。


(まさか……)


 その可能性とは、『猫アレルギーを発症したのではないか』ということだった。


 また別の日にカフェへとやってきたアルマだが、やはり店に入ってしばらくすると、くしゃみが出始めてしまうようだ。聞いてみたが、それまでは何ともなかったという。

 来店する他の客にはそういった症状は見られないので、ハウスダストの可能性は低いのだろう。

 それ以前に、アルマだってこれまでは普通にカフェを訪れていたのだ。だというのに、ここ最近になって、そうした症状が出るようになってしまった。


「猫アレルギー……ですか?」


「ああ、多分。いや、間違いなくそうじゃないかと思う」


 ひとまずその日もアルマを早めに家に帰らせた俺は、店を閉めたあとに、コシュカとグレイに相談を持ち掛けていた。

 始めはくしゃみだけだったアルマだが、帰り際に軽い身体チェックをしてみると、腕にうっすらと蕁麻疹のようなものが出ているのを見つけたのだ。


「猫アレルギーって、店長が元々いた世界でなってたってやつっスよね?」


「猫に近寄ることができなくなる、ということでしょうか?」


「今の段階ではまだ大丈夫だろうけど、重症化してくるとそうなるかな。俺の猫アレルギーが治ったから、この世界には猫アレルギーが無いんだと思ってたんだけど」


 俺自身、元々は重度の猫アレルギーだったのだ。今でこそヨルを肩に乗せて、猫だらけのカフェを運営することができているが、本来ならこんなことはあり得なかった。

 だからこそ、この世界には猫アレルギーが存在しておらず、俺の症状も消え去ったのだと思っていた。けれど、本当はそうではなかったのかもしれない。


「この世界の人たちはさ、猫を魔獣だって言って避けてきただろ? だから、猫と触れ合う機会なんて当然無かったわけで。猫アレルギーとも縁が無かったんじゃないかな」


「なるほど……猫が原因で発症するアレルギーなら、猫が傍にいない環境で発症することないっスもんね」


「そうなんだよ。だけど、猫が怖い生き物じゃないってわかった今、猫と接する機会もぐっと増えたんだ。だからこそ、アレルギーを発症する人間が出てきても不思議じゃない」


 猫と人間の仲を深めていこうとするあまり、そんな所にまで考えが及んでいなかった。

 アルマが猫アレルギーだとするならば、問題はそこだけではない。今後、アルマと同じように猫アレルギーを発症する人間が、増えてくる可能性もあるのだから。


「ヨウさんのいた世界では、猫アレルギーを治すことはできなかったんですか?」


「うーん、薬はあったけど……完治は難しいかな。突然治ったなんて話もあったりするらしいけど、基本的には症状を抑える程度が限界だったと思う」


 そもそも、猫アレルギーを完治させることができる薬が開発されていたとしたら、俺が喉から手が出るほど欲しかったものだ。

 なけなしの貯金を切り崩してでも、絶対に手に入れていたことだろう。


「……となると、アルマに猫を飼わせることはできねえってことか」


「…………」


 飼わせることができない、それだけで済めば良い方かもしれない。

 重度の猫アレルギーを経験してきた俺にとって、猫は飼うどころか、近づくことすら許されない存在だったのだ。いっそ猫を嫌いになることができたら、どれほど楽だっただろうか。


「……幸い、まだ軽症だ。様子を見ながら、何か対策ができないか考えてみるよ」


 猫アレルギーがこの世界にもあるとわかった以上、俺はそれを放っておくわけにはいかない。

 猫と人とを結びつけた責任があるのだし、何より俺と同じ苦しみを、猫を好きだと思ってくれる人に味わってほしくはなかった。


「オレ、食事療法とか、何かアレルギーに効果あるモンがねーか調べてみます」


「私も、町長や町の人たちに聞いてみることにします。猫ではありませんが、アレルギーなら他にも色々とありますし、参考になる情報もあるかもしれません」


「二人とも、ありがとう」


 相変わらず、二人は心強い味方だ。

 同じく自分も協力するとばかりに擦り寄ってくるヨルを抱き上げると、俺は自身にとっての宿敵との戦いに挑む決意を固めたのだった。

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