03:猫の住み良い場所作り


 マタタビ草で俺に対する警戒心を解いてくれた猫たちは、手懐けるのにそう時間はかからなかった。

 どの猫も無作為な攻撃性は見られず、やはり町を荒らす行為もやむを得ない状況からきているのではないかと考えられる。命が懸かっているとすれば、人間だって他者に攻撃的になるものだろう。

 一度町へと戻って町長に事情を話し、共に森へと向かってその状況を確認してもらった。

 魔獣と恐れられた猫たちが、人を前にしても大人しくしている様子を、最初は信じられなかったようだ。けれど、納得してくれたらしい町長は俺に大量の報酬を支払ってくれた。

 ただ猫たちを大人しくさせただけで、報酬を貰うようなことはしていない。始めは断ったのだが、長年の困り事を解決した人物に、元々支払うつもりで用意されていた金だという。

 俺でなくても良かったはずだが、町の人間は誰も魔獣に真っ向から挑もうとはしなかったのだろう。町長の話を聞いて町に出てきた住人たちの表情は、心からの安堵の色が浮かんでいるのがわかった。


 あっという間に大金持ちになってしまったはいいが、次なる問題は俺の居住地だ。

 とりあえずは宿無しであるという事情を話して、町長の家に泊めてもらうことができた。けれど、元いた世界に帰ることができないのであれば、このままというわけにもいかない。

 仕事をしていなければ、いずれは金だって底をついてしまうだろう。

 そんなことを考えていたのだが、問題は思いのほかあっさり解決することとなる。


「家を建てたいなら三日ほど待ってくれるかの」


 そう言った町長の言葉に、始めは空き物件を紹介してくれるのかと思っていた。しかし、よくよく話を聞いてみれば、三日の間に俺の家を建ててくれるのだという。

 たった三日で新築の家が建つなんてあり得ないと思ったのだが、この世界にはどうやら魔法というものが存在しているらしい。魔法を使って一瞬で家を建てるわけではないようだが、建築士が魔法を駆使して家を建てていくようだ。

 にわかには信じ難い話だったが、そんな俺をよそに話はトントン拍子に進んでいった。

 きっちり三日後、本当に家が完成していたのだ。


「…………マジか……」


 俺はぽかんと口を開けたまま建物を見上げて、本当に魔法が存在することを実感した。

 自分の家とはいったが、建ててもらったのは普通の家ではない。魔獣もとい野良猫たちを目の当たりにしたあの日、俺の頭の中にはひとつのプランが浮かんでいた。

 一時的に大人しくさせることができた猫たちだが、あのまま放置していては同じことの繰り返しになるだろう。そうなれば人間と猫との間にできた溝は、深まっていく一方だ。

 それならばいっそ、俺が猫たちの面倒を見られないかと思ったのだ。

 町外れの森の近くに建ててもらったそれは、白く巨大なドーム型で、屋根には猫のように二つの三角耳が取り付けられている。

 扉を開けて中へと足を踏み入れてみると、外観だけではなく内観も発注通りの作りになっていた。興味津々なヨルが肩から飛び降りると、俺よりも先に室内を散策し始める。


「これ、ホントに三日でできたのかよ」


 入り口を入ってすぐのフロアは、高い天井が広がる吹き抜けになっている。周囲には広さの異なるいくつかの部屋があり、内壁の多くはガラス張りで中の様子が見渡せる仕様だ。

 その中でも奥の部屋は見えないよう普通の壁で仕切られており、浴室や厨房、俺の寝室となる部屋などがある。

 広い敷地を得られたこともあって、建物全体はかなりの広さがある。十数匹いた猫たちを迎え入れても、十分すぎるスペースが確保できるだろう。


 そう、俺は猫たちを保護しようと考えたのだ。

 その上で、生活資金を得るために猫カフェを開業することを思いついた。元の世界では訪れたことはなかったのだが、俺にとっては何よりの憧れである夢の空間だった。

 室内は壁で仕切られているが、どの部屋も足元には小さな穴が開いている。猫たちが自由に出入りできるようにするためだ。

 ヨルは早速その穴を行き来して、新たな場所の探検に勤しんでいる。


「ご要望通りの建物になっておりますかな、勇者様」


「はい! あ、いや、その勇者様ってやめてもらっていいですか。俺は市村 陽いちむら ようって名前があるし、特に勇者でもないので……」


「そう言われましても、ワシら町の者からすれば勇者様ですからの」


 確認のために着いてきてくれていた町長だが、猫たちを手懐けて以来、この呼び方をやめてくれるつもりはないようだ。気恥ずかしくはあったが、我慢するしかなさそうだ。

 カフェを建ててもまだまだ余っていた資金を使って、俺は町で必要な資材と食糧を買い揃えてきた。

 これはちょっとした自慢なのだが、俺は昔から手先だけは器用だった。家でもプラモ作りやDIYを趣味としていたこともあって、必要な物は手作りしようと考えたのだ。

 もちろん必要なものといえば、俺自身にではない。サイズや形状の異なる爪とぎに始まり、キャットタワーや猫じゃらしといった、猫たちの生活に必要なものだ。

 この世界では魔法を使って物を作ることもできるようだが、扱ったことのないものは作ることができないらしい。物を生み出すためには、想像力のようなものも必要になってくるのだろう。

 猫を魔獣として恐れていた人々にとって、その魔獣のためになるような物など、当然作れるはずもない。


 一人での作業はそれなりに時間がかかったが、まったく苦にはならない。営業の仕事をしていた時より労働時間は長いというのに、猫のためと思えばいくらでもできる気がした。

 作りたての爪とぎは、ヨルが早速研ぎ具合を試してくれる。休憩の合間には猫じゃらしで遊んだり、ブラシを使って毛並みを整えてやったりした。

 猫アレルギーに苦しんでいた時には考えられないほど、人生で一番充実した時間だ。

 そうしてある程度の準備が整った頃、建物に猫たちを招き入れてみる。ヨルと同じように新しいものに興味津々な猫もいれば、警戒して中に入ろうとしない猫もいた。

 しかし、しばらく放っておくと猫たちは建物を気に入ってくれたようで、各々が好きな場所を求めて室内を歩き回るようになっていた。猫が好みそうなタオルケットや、壁伝いのキャットウォーク、猫ちぐらなども至るところに設置している。

 トイレは目隠しをした部屋に設置をする。この世界の猫がトイレを使ってくれるかはわからなかったが、そこが排泄用の場所なのだと理解をすると、きちんと決められた場所で用を足してくれた。


 決められた時間に食事を出すようにして、カロリーを計算しながらおやつも与える。

 この世界の猫たちは何を食べているのかわからなかったのだが、外での様子を観察するうちに、猫の種類によって主食が違うらしいということを知った。

 森にある木の実や草を好む猫もいれば、花や果物を好物とする猫もいる。キャットフードというものが存在しない世界なので、空腹になれば町の畑や花壇を荒らしてしまうのも納得かもしれない。


 猫たちの生態系はまだまだ謎な部分も多かったが、中でもひと際不思議なのが風船猫バルーンキャットだ。──すべて一括りに魔獣とされていたので、種類ごとに名前は俺がつけた。

 風船猫バルーンキャットは、平屋の一戸建てほどもある大きさの猫だ。普段はじっとしているのだが、時折風船のように膨らんでプカプカと浮かび上がる。

 これほどの体躯の猫が何を主食としているのか疑問だったのだが、数日観察をしてみても、何か食事をしている様子は見られなかった。まさかとは思ったが、どうやら酸素を主食としているようだ。

 それでも、おやつを与えれば口にしていたので、固形物を何も食べないというわけでもないらしい。

 さすがに建物の中に入れることはできないので、風船猫バルーンキャットが落ち着けるような広めのスペースを、建物の外に確保してやった。

 茶トラ猫に似た毛色の、腹の部分に顔を埋める瞬間は最高に幸せだ。実際には、顔だけでなく全身が埋もれる形になるのだが。

 大きさだけでもかなり目立つこともあって、看板猫になってくれるだろう。


「全員に名前を付けるのは大変だけど、お前は一匹だけの看板猫だしな……風船猫バルーンキャットのバンなんてどうだろう?」


「……ブミャア」


 俺の問い掛けに、低い鳴き声で返される。嫌そうには見えなかったので、恐らく肯定と捉えて良いのだろう。

 バン用の爪とぎも作ってやりたかったが、さすがにサイズが大きすぎる。そう思っていたのだが、バンはどうやら森の中の木を爪とぎとして利用しているようだった。


 建物に猫たちを迎え入れはしたものの、猫たちは自由に外と中を出入りできる。

猫を恐れる者は多くとも、魔獣と呼ばれる猫に危害を加えようとする者はいないようだった。

 元の世界では、猫を屋外に出すことはあらゆる危険が伴う。けれど、のびのびと過ごさせることができるこの世界は、良い環境だと思った。

 猫を保護したいとは思ったが、行動を制限したいわけではない。町の人に迷惑がかかることがあるのなら話は別だが、そうでなければ猫にストレスを与えることは本意ではなかった。

 カフェの中は十分なスペースが確保されているとはいえ、元々は外の世界で生きてきた猫たちなのだ。それを突然建物の中に閉じ込めてしまえば、自由を奪うことになるだろう。

 猫カフェを始めようという人間の言うことではないかもしれないが、主役はあくまで猫たちだ。猫のことを第一に考え、猫が快適な生活を送れるようにしてやりたい。


 来客があったのは、店のオープンを数日後に控えたある日のことだった。

 ブラッシングによって出た、バンの大量の抜け毛を袋詰めにしていた俺に声をかけてきたのは、あの少女だ。相変わらず表情は読めないが、改めて見てもやっぱり可愛い。


「町長から、お店がオープン間近なのだと聞きました」


「ああ、もう少しで準備が整うからそのつもりだよ。もしかして、様子を見に来てくれたのかな?」


「…………」


 俺の質問に答える様子はなく、少女はバンの姿をじっと見上げている。この町の人たちはヨルの姿を見ただけでも皆怯えていたというのに、彼女にはそれが見られない気がした。


「えっと……せっかくだし、良かったら中も見ていく?」


 どうしたものかと思いつつ試しに提案をしてみると、彼女は建物を一瞥した後に頷く。特に興味はないとでも言われるかと思ったが、少女の気が変わらないうちにと俺はカフェの中へと案内することにした。

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