04:従業員をゲットした


 猫用の道具を一通り揃えた後、次に準備をしたのは人間に必要な物だ。

 カフェを開くのだからテーブルや椅子はもちろん、客用のトイレや簡単な食事なども用意した。そうはいっても、俺が作れるのはいわゆる男飯だ。とてもじゃないが金を取って提供するようなクオリティのものではない。

 町を散策しながら色々な店を回った。基本は皿に盛りつけるだけで提供できる、つまみのようなものを揃えることで落ち着いたのだ。飲み物はお茶やジュースが数種類で、アルコールの提供はしない。

 思いつく限りの準備はしたつもりだったが、実際に店をオープンしてみるまで、客がこの店をどう感じるかは予想ができなかった。なにせ、俺自身が猫カフェに足を運んだことがなかったのだから正解がわからない。

 そんな時、少女がやってきてくれたことは、ある意味タイミングが良かったのかもしれない。室内を見て回る少女は表情こそ変わらないが、初めて目にする猫カフェというものに、興味を示しているように思えた。


「あの……もし良かったら、感想とか聞かせてもらえないかな?」


「……感想、ですか」


 キャットウォークの上を軽快に走り抜けていく猫を見ていた少女は、俺の言葉にこちらを振り向く。


「情けない話だけど、店をやるなんて初めてで……キミから見て、どんな印象かなって」


 猫たちにとって、過ごしやすい環境になっているのではないかと思う。しかし、人間の目にはどう映るのだろうか?

 魔獣と呼ばれた猫たちに対する恐れを、少しでも払拭できたらという思いもあった。

 だって、猫たちはこんなにも可愛い。それを知ってもらうためには、人間にとっても過ごしやすい空間になっていなければならない。


「……悪くはない、と思います」


「えっ、ホントに!?」


 その言葉に、俺は思わず大きな声を出してしまう。それに肩の上のヨルが驚いたことに気がついて、謝罪の代わりに頭を撫でた。

 どうやら許してくれたらしいヨルが額を押し付けてくるので、気が済むまで撫でてやる。


「猫カフェ、でしたか。私にはどんなものかわからなかったのですが、少なくとも不快さはありません」


「それは、とりあえず合格点ってことかな」


「魔獣の暴れ回る空間かと思っていたので。想像していたより、落ち着いたお店だと思います」


 猫カフェという概念がないこの世界では、確かに入店してみるまで謎な部分も多いことだろう。けれど、彼女がそう言うのであれば悪い印象ではないのだと思いたい。

 店としてきちんと機能していけるかはこれからだが、まずは第一印象が大事だ。


「ところで、お話があるのですが」


「話? もしかして、町長からの伝言とか?」


「いえ、私個人からのお話です」


 店のオープン間近ということで、町長から何か伝えておくことがあるのかと思ったのだが。彼女個人からの話だと言われて、俺は何となく身構えてしまう。

 彼女のお陰で魔獣についてを知ることができた上に、店を開けるまでに至ったのも、彼女がいなければ叶わなかったかもしれない。もしかすると、その報酬について分け前を寄越せという話だったりするのだろうか。

 そうだとすれば、払わないわけにはいかないのだが。彼女の話は俺の予想に反したものだった。


「私も、ここで働かせてもらえませんか?」


「働く……って、え、あの、ここで?」


「ダメでしょうか」


 思いもしない方角からの要求に、俺の頭はすぐにはついていけずに問い返してしまう。

 この世界では、魔獣は恐れられる対象となっている生き物で、好んで関わりたいとは思わない存在のはずだ。ましてや俺自身だって、勇者なんて呼ばれはしたが、突然現れた不審者に他ならないだろう。

 であるにも関わらず、彼女は俺の営業する得体の知れない店で働きたいのだという。


「いや、人手が増えるのは助かるけど……猫、魔獣と一緒だよ?」


「はい、わかってます」


 我ながら、これから猫カフェを営業しようという人間の言葉とは思えなかった。しかし、町の人々の怯え具合から見ても、普通は猫に近寄りたいという発想にはならないのではないだろうか?

 そんな俺の困惑をよそに、彼女は迷うことなく断言する。


「勇者であるアナタの言葉が本当なら、魔獣は害のない生き物なんですよね?」


「まあ、そうなんだけど」


「……興味が湧いたんです。勇者であるアナタのやるお店や、魔獣という生き物に」


 興味本位といえば、そうなのかもしれない。それでも、魔獣と恐れられる猫という存在に興味を持ってくれたことが、俺にとっては純粋に嬉しかった。

 猫の数も多いのだし、これから客を入れることを考えれば人手が増えるのはありがたい。幸い、彼女に支払えるだけのバイト代くらいは余裕で残っていた。


「それじゃあ、とりあえずはお試し期間ってことでいいかな。ええと……」


「コシュカです。アナタはヨウさん、でしたよね? 店長とお呼びした方がいいでしょうか?」


 どうやら、町長といた時に名乗った名を覚えてくれていたらしい。

 元いた世界では苗字で呼ばれることの方が多かったので、何だかくすぐったい感じがする。


「どちらでも、呼びやすい方で構わないよ。キミは、コシュカさんでいいかな?」


「さん、は不要です。私の方が年下ですので」


「そう? じゃあ、コシュカ。こっちは黒猫のヨル。これからよろしくね」


 俺が紹介すると、自分のことだとわかったのか、ヨルが挨拶代わりのひと声を上げる。

 少女、もといコシュカはヨルにも律儀にお辞儀をしてみせた。


 オープンまでの間、コシュカには簡単な仕事から覚えてもらうことにして、必要そうなことをひとつずつ教えていく。

 店内を最低限清潔に保つための掃除や、簡単な接客程度は担当してもらう必要があるだろう。何より、猫という生き物についてを学んでもらう必要があった。

 始めこそ接し方がぎこちなかった彼女も、猫たちと顔を合わせるにつれて、少しずつその生態を理解してきたようだ。猫たちもまた、コシュカを自分たちの世話をしてくれる人間だと認めつつあるように見えた。


 無表情なのでわかりづらい部分ではあるのだが、バンの腹に全身を埋めることを教えた時には、少しだけ表情がゆるんだようにも思える。

 彼女は要領が良く、猫への触れ方や仕事に必要なことをみるみるうちに吸収していった。

 ヨルもコシュカに懐いているようで、どこに行ったのかと思えば、彼女の肩の上にいることもあるほどだ。見る限り、彼女もそれを嫌がる素振りはない。


「それじゃあ、今日はこのくらいかな。お疲れ様」


「お疲れ様でした。いよいよ明日ですね」


 そう、猫カフェのオープンがついに明日に迫っているのだ。

 時間をかけて準備をしてきたし、不足はないと思っている。ただし、イレギュラーは当然起こるものだと想定した方が良いだろう。店の経営なんて初めてのことなのだから。

 不安がないといえば嘘になるし、魔獣と呼ばれ続けた猫を、コシュカのように受け入れてもらえるかどうかは未知だった。

 それでも、ここまで準備をしてきたのだ。後はなるようにしかならないだろう。


「そういえば、お店の名前も決めたんですよね?」


「ん? ああ、決めたよ。看板も作ったから、後で出そうと思ってたんだ」


 コシュカに言われて、思い出したようにカウンターの裏から看板を取り出す。

 厚みのある木の板を利用して手作りした看板は、猫の顔の形をしている。そして、そこにはこの店の名前が刻まれていた。


『猫カフェ Smile Cat』


 猫も人も笑顔で過ごせるように。そんな願いを込めて、考えた名前だった。

 事前にコシュカにも確認したので間違いはないのだが、この世界で使われる言語は、俺がいた元の世界と変わりはないようだ。


(もしくは、俺の言語がこの世界に適応するように、変換されてる可能性もあるのかもしれないけど)


「スマイルキャット。……悪くないと思います」


「ハハ、ありがとう」


 それが、彼女なりの褒め言葉なのだろうということは、この数日を通して何となくわかってきた。

 看板を手に外に出ると、釘とトンカチを使って長く太い木の枝に打ち付ける。それを地面深くに打ち込めば、手作りの看板の完成だ。これで本当に、すべての準備が整ったことになる。


「町長の許可ももらってチラシも配ったし、掲示板にも貼らせてもらったし。あとは本当に明日を待つだけだ」


 カフェの外で寛ぐバンは、香箱座りをして大きな欠伸を漏らしていた。体内に空気を取り込むからなのか、膨らんだ身体が少しだけ浮き上がるのが面白い。

 そんな様子を同じように眺めていたコシュカは、夕方を告げる鐘の音を耳にすると俺に会釈をする。


「それじゃあ、明日はよろしくお願いします」


「ああ、こちらこそよろしくね。帰り道気を付けて」


 そうして彼女を見送った後、俺はカフェの中へと戻って猫たちの夕食を準備する。それから自分の夕食を済ませてシャワーを浴び終える頃には、すっかり夜も更けていた。

 確かに身体は疲れているはずなのだが、気持ちが高ぶっているのか、ベッドに横になってもなかなか寝付くことができない。

 そんな俺の様子を察したのか、隣で丸くなっていたヨルが、仰向けの俺の胸に乗り上げてくる。

 他の猫たちはそれぞれに好きな場所で眠りについているのだが、ヨルだけは毎晩俺と一緒のベッドで寝るのが習慣になっていた。まだ子猫のヨルにとって、俺は父親か何かだと思われているのかもしれない。


「ミャオ」


「ん、大丈夫だよ。ちょっと緊張してるだけだから」


 小さな頭を撫でてやると、ヨルは気持ち良さそうに目を細める。そのまま頬や顎を撫でてやると、ヨルはゴロゴロと喉を鳴らし始めた。

 その音を聞いているうちに、俺にもようやく睡魔が訪れ始めるのがわかる。


「明日はお前もよろしくな、ヨル……」


 そんな俺の言葉に、ヨルが小さく返事をしたような気がする。

 心地よい微睡みの中で、俺はゆっくりと意識を手放していった。

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