第7話 恋人の元へ ―人間気分で Let's eat!



 新東名高速道路に入ると休憩のため、NEWPASA静岡に寄って、そのついでに何か食べる物を買い、給油もする事にした。


 普段なら此処まで二時間位掛かるのに僅か三十分で到着した事に驚いていた――


 丁度、お昼時という事もあり、駐車場は大いに混んでいた。何とか空いているスペースを見付けて駐車しようとすると、驚いた事に半透明の車が横から来て「するっ」と入られてしまった。


 相手には自分達が存在していない事が分かった。巫女が「えいっ!」と言うと目の前の景色の色彩が濃くなって元通りに戻った。やっとの思いで空いているスペースを見付け、車を停車してエンジンを止めた――


 

ドアを開けて外へ一歩踏み出すと太陽光線の温度を肌で感じた――


「オレは御手洗いに行って、それから何か食べる物でも買うよ。必要な物が有ればこれで買ってくれ」そうい言うと巫女に自分の財布を渡した。


 すると、巫女が怪訝な顔をしたので、手に持っているカードを見せて笑った。


「あっ、それからついでに給油も済ませて、あの辺で待っているよ!」そう言ってガソリン・スタンドの先の方を指差した。


 暫しのお別れではあるが、ふたりは手を振って別れた――


 巫女はSAに寄るのが嬉しかったが、表情には出さず悟られない様にしていた。実は密かに楽しみにしている事が有り、そのお目当ては名物の静岡おでんだった。「港町の多い静岡県を訪れたなら是非、食すべし」と神官から聞いていたのである。


 そして、人間になった気分で地上を歩くのはとても新鮮で面白かった。大声で走り回る小さい子供やベンチに腰を掛けたお年寄りも、みんな楽しそうに見えた――


 巫女は静岡おでんを売っているお店の前に立ち、勇気を出した――


「あの、静岡おでんを下さい!」初めて身分を知らない地上の人間の前で会話をした達成感を感じていた。


 店員は同い年位の青年で、少し日に焼けた浅黒い肌が健康的に映った――


「いらっしゃいませ! しぞーかおでんはどれにしますか!」と元気良く答えた。


 巫女が迷っているのを察して、間髪入れずに畳みかけた。「黒はんぺんが一番人気で、お肉は牛スジとモツ、その他はコンニャク、大根、卵、他にも色々ありますよっ!」巫女は喜んで、言われた六種類を買う事にした。


 お会計をするため、津村のお財布から現金を出して支払いを済ませると、買い物は楽しい反面、面倒でもあると感じて、サッサと歩き出した――


 すると、店員が慌てて追いかけて来て言った。

「お客さん、お釣りを忘れていますよ! それから、こちらもお持ちください!」そう言って、お釣りと一緒に味噌と出し粉が入った紙袋を手渡して笑った。


 ほんの少しの間とはいえ、人間の気分を味わい巫女は上機嫌でスキップを踏んでいた――


 津村の待つガソリン・スタンドの方へ向かって歩いていると、既に給油を終えて、車に寄りかかって待っている姿が見えた――


「女性と云うのは御手洗いと御化粧の時間が長くて困るな……」

 

「御手洗いも御化粧もする訳がないでしょう、無礼者!」


 津村は笑って誤魔化した。そして、ドアを開けようとした瞬間、巫女が大漁にお土産を買っている事に気付き唖然とした。


「観光気分かよ。お前、そんなに買い込んでひとりで食べ切れるのか」


 次の瞬間、巫女が目にも止まらぬ早業で急所を蹴り上げた――


「女性に向って『お前』と言うな! 無礼者!」


 津村は痛みを堪えてドアを開け、巫女が乗り込むと静かにドアを閉めた。そして後ろ側から回り込み巫女が聞こえないのを良い事に悪口雑言を呟いた。


 津村は運転席に乗り込むと、満面の笑みで「さぁ、出発しましょう」そう言ってエンジンを始動させると巫女も心得ていて「えいっ!」と言って景色を変えた。


 角を突き合わせるような関係に見えても、実は阿吽の呼吸の二人だった――



 二人を乗せた車はNEWPASA静岡を出て本線に合流した。すると、巫女がとても嬉しそうに静岡おでんを食べようとしていた。


「おい、そのまま食べるのか?」


「そのまま食べたらいけませんか? あげないよっ!」


 津村は半笑いで言った――


「違うよ、味噌とだし粉をかけないのかと聞いただけだよ」


 すると巫女はハッとして、店員から渡された紙袋の事を思い出して津村に渡した。


 運転中に紙袋を渡され困惑したが、器用に片手で中に入っている物を取り出しておでんにふりかけた――


「おでんの香りも良いけど、青海苔と魚粉の香りが更に鼻腔をくすぐるのねー」そう言って香りを堪能すると一口食べては「良き! 口福!」を連発していた。


 津村は思い出に耽っていた――


彼女の事を懐かしく思い出して「美味礼賛か……」何気なく、そう呟いた。巫女が「何?」と聞き返したので、津村は微笑んだ。


「新しい星の発見より、新しい料理の発見の方が、人類の幸せに役立つ」って事。


「へえー意外ねぇ、あなたも、たまには良い事言うのね」


「あぁ、違う違う、ブリア・サヴァランの言葉だよ、彼女が教えてくれたんだ」

 

 巫女は得心した――


「ははーん、なるほどね、彼女はあなたには勿体ない、とても良く出来た人ね」


 津村は照れながら言った――


「大人をからかうなよ、でもまぁ、その通り、教育者になるのが彼女の夢だったからね。オレには勿体ない人だよ」


そう言って「あっはっは」と笑った。


 そんな会話をしていると、ふたりを乗せた車は既に大井川と天竜川を越えて浜名湖を過ぎていた。そこから暫く山並みの景色の中を走ると豊田アローズ・ブリッジが見えてきた――








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