第6話 恋人の元へ ―いざ出発、呪文を唱えてLet's go!


 巫女はノート・パソコンの様なものを取り出しケータイとテザリングをして恋人の現在位置の特定を急いでいた。だが、何故か見つからなかった――


 必死で探している巫女を見るに見かねて津村が言った――


「高知県の南国市にある女子高で教員をしているんだよ」


 巫女は呆れた――


「都内から関東まで範囲を拡大しても見つからない訳ね、早く言ってよ!」

 

 そう言うと、学校を特定しGOGOMAPで距離を調べた――


「此処からだと七百六キロあるのね……よし、大丈夫、間に合うわ」


 津村は驚いた――


「おい、まさか今から行くとか言わないよな? 十時間は掛かるから無理だよ」


「地上と天の国の時差は十八時間あるから、十一時三十分だから大丈夫、間に合うわ」


「時差が十八時間って事は……明日の午前三時迄だな。しかし学校には午後三時か遅くても五時迄には到着しないと彼女には会えないよ」


「連絡をして、待って貰えば良いでしょう?」


 津村は下を向いて頭を掻いた――


「別れてから直ぐにケータイを買い替えたみたいで……連絡先を知らないんだよ……」


 巫女は情けない奴だと思いつつ、それでもめげずに自信を持って答えた――


「まかせなさいっ! 特別な高速走行を許可してあげるっ! 一番速い車を用意して!」


 捜索を終えた双子の巫女が、ふたりの息が合っている姿を見て優しく微笑んでいた――


 

 ガレージには購入してから一度も運転した事が無い車が何台か有った。その中から世界限定四〇台の最も高価で、尚且つ最高速が時速三百七十キロ以上出るスーパー・カーを選んだ。


 巫女は道中の事を考えていた――


「万が一、人間と接触する場合には姿が見えた方が良いかも知れないわね」


 すると津村は笑った――


「おい、まさかその格好で? 巫女の姿では目立ち過ぎるよ。」


 巫女は不貞腐れてた――


「この神聖なスタイルが分からないなんて罰当たりだわ!」


 津村は笑いながら両手を「まぁまぁ」とジェスチャーで答えると、衣裳部屋の中から、何か着る物を選ぶ様に提案をした。


 しかし、津村の服のサイズが合わないばかりか、自分でもコーディネイトが気に入らず、悩んだ末ガレージのコレクションに有ったジャンプ・スーツとコンバット・ブーツを持って来て「――これなら、この格好のまま上から着る事が出来るかしら……ブーツも紐を縛れば何とかなりそうだし……」そう言って扉を閉めて試着をした。


 津村がエンジンをスタートすると轟音がガレージに充満した。その轟音に双子の巫女は「まるで雷のようね」と手を叩いて喜んだ――

 

 津村は車をガレージから出すと車寄せに停車をして待機していた。するとジャンプ・スーツを着てコンバット・ブーツを履いた巫女が歩いて来るので驚いた――


「君は大胆と云うか極端だな! でも、とても似合っているよ」そう言ってサッとドアを開けて「どうぞ」と言った――

 

「ありがとう!」


「どういたしまして」


 ドアを閉めて運転席に向かう津村を眺めていた双子の巫女は、心の中で「あんな風に彼氏がお迎えに来てくれたらぁ、嬉しいかもぉ。うん、嬉しいぞ!」 と思った。

 

 車はゆっくりと門から出て行くと轟音は快音に変わり姿は見えなくなっていた――


 邸宅を出て道路を走っていると、周囲からの注目が尋常では無い事に気付いた。その異様な佇まいに歩行者は足を止めて眺め、カフェのお客達は鈴生りになって、対向車線の車も働く車の人達も脇見運転をしていたので、危険を感じる程だった。

 

 少し走行すると東京インター・チェンジが有り、そこから東名高速道路に入った――


 平日の午前中なので交通量は少な目だろうと予測したが、意外にも混んでいた。渋滞をする程ではないが、この流れに乗って走っていたなら絶対に間に合わない。その事は、津村が一番分かっていた。


「なぁ………あの、『特別な高速走行の許可』って奴をお願いしたいのですが……」

 

 巫女は目を閉じて俯いて何も言わない――


「早いな、もう寝ているのかよ」


 津村はそう思って呆れた。しかし、事故のせいで午前三時に叩き起こされて仕事をしていると思うと「居眠りするのも無理はないし、何も言えないなぁ……」と反省をした。

 

 そして、このまま起こさなければ、きっと名古屋辺りで時間切れになって諦めて帰るだろう――


 神の御前にて悪魔が囁いた瞬間である――



 津村は彼女に会いに行くのが怖かった。彼女の口から直接「さ よ な ら」と言われる事は、辛く耐え難い事だった。


 それは、たったひとつだけの美しい思い出を自らの手で破壊する事に他ならず、自分が自分ではいられなくなる様な、そんな気がして、心中穏やかでは無かった――


 出来る事なら「帰りたい」とさえ思っていたので、法定速度で軽く流して走っていた――


 すると突然居眠りをしていた巫女が顔を上げて、人指し指と中指を立てたその手と手を合わせ、何か呪文を唱えたかと思うと「えいっ!」と言ったその瞬間! 目の前の景色がグニャリと歪んだ――


 そして、ゆっくりと元の形に戻ると色彩を失っていった――


 津村はあまりの出来事に驚いて思わずブレーキ・ペダルを踏みそうになった――


「しっかりして、もう終わったわ! もう大丈夫よ!」


 その声に津村は正気を取り戻した――


 そして、目の前を見ると道路以外の物が全て半透明になっている事に気付いた――


 津村は思わず叫んだ――


「これは、一体どういう事だ!」


 巫女は余裕たっぷりに答えた――


「はっはーん、さては隣で居眠りをしていたと思ったのね。精神統一をして全力で呪文を唱えていたのに、あなたって人は本当に最低ね! これ程の術がそんなに簡単に出来る訳がないでしよう! でも、まぁ知らないのだから許してあげる」


 津村は反論する事も忘れて、目の前の光景に見入っていた。遠くの景色に半透明のビルと車が重なり、通り過ぎていく瞬間に「グニャリ」と曲がったり「ブアァン」と歪んだりして通り過ぎて行くのが、とても幻想的で夢を見ている様だった――


 巫女が檄を飛ばした――


「しっかりして! ボーっとしていないで、アクセル全開よ!」


 津村は正気に戻ってアクセルを全開にすると、流れる景色は一気に速くなり、まるでホログラムで出来た世界を、ワープする様な感覚に不思議な興奮を覚えた――

 





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