第2話 判定の時 ―天国主大神 来臨
面会室に入ると手短に挨拶を済ませ、神官であることを告げると同様に机の上の書類に記入をするように指示した。
男の名前は吉田喜三郎、年齢は八十六歳、職業は無職。
神官はゆっくりと丁寧に事故の状況を説明した――
「午前八時五〇分頃、大型トラックの運転手が居眠り運転をして中央分離帯に接触し急ハンドルを切り、路側帯へ前輪が差し掛かった所で横転して進路を塞いだ。そこへ、観光バスと後続車が追突して死傷者三十七名の大事故が起きる予定でした。
しかし、何故か大型トラックの運転手は居眠りをしなかった。そして、観光バスは悠々と右側の車線を走って行き大型トラックを追い越して急に進路変更をした。その後は……あなたの記憶の通りです」
吉田は記憶を辿りながら神官に言った――
「記憶の通りと言われましても……何気なく走って居たら突然、目の前に観光バスが現れました。無理な追い越しをしたのでしょうね。
私に気が付くと慌てて急ハンドルを切って対向車線に戻りましたが、その後ろにあのバイクが居て……一瞬の出来事でした。もう間に合いませんでしたよ。先を急ぐのは死に急ぐ事ですねぇ。正面衝突でしたから」
神官は事実を誤認している事をハッキリと伝えた――
「観光バスが急な進路変更をしたのは、逆走して来たあなたを避けるためですよ」
「逆走をした? この私が? だとすれば……私の過失ではないですか!」
神官は厳しい表情で答えた――
「そうです。この事故の責任はあなたに有ります」
そして、神様の予定通りの事故が起きていた場合は、命に別条は無かった事を優しく伝えた。
吉田は深く傷付いていた――
「まさか、自分がこんな事故を起こすなんて……自分は無傷で他の人の命を奪うなんて……こんな事なら自分が死んだ方がマシだ!」
そう思って、項垂れると大粒の涙を「ぽろぽろ」床に落とした――
神官は静かに聞いた――
「この事故は、一般道と間違えて高速道路を逆走した自分の責任であると認め死者を選択をするのなら、彼の命を救う事が出来ます。
しかし、どちらの事故でも自分は命に別条はなかったのだから、死者を選択する理由は無いと主張する事も出来ます…………どうしますか? 認めますか?」
吉田は顔をあげて確りとした口調で言った――
「はい、認めます。私が死者を選択するのが当然の事です、こんな年寄りのせいで前途のある若者の命が奪われるなんて許される事ではありません」
神官は問い質した――
「あなたの主張は『事故の原因は逆走をした私であり、死を受け入れ選択します』と云う事ですね」
吉田は申し訳なさそうに答えた――
「はい、誠に申し訳ございません」
神官は威厳に満ちた表情で言った――
「最終的な判定は
神官は調書を作成し報告に向った――
そして、
「どうっ」と風が吹いて御本殿は白い雲に包まれた……
すると「そっそそっそそっそそっそ」と足の音と「サシサシサシサシ」と衣擦れの音が聞こえた。
足音が止まるとドアをノックした。
「コッツ コッツ コッツ」「コッツ コッツ コッツ」
津村と吉田は同時に
「ガチャッ!」はす向かいの二つのドアが同時に開くと、白い小袖に
「お待たせしました。それではお時間に成りましたので、ご案内させていただきます」
そして、廊下へ出るとお互いの顔を見合わせて言った「
ふたりは巫女の後に続いたが、外に出ると御本殿は雲の中に在り、緋袴でなければ見失うほど白く煙っていて、何処を歩いているのか分からない程だった。
突然、視界が無くなったので、ふたりは声を揃えて言った――
「あっ、ちょっと待ってください!」
しかし巫女は振り向きもせず「そっそそっそそっそそっそ」と先に行くので、ふたりは遅れない様に一生懸命ついて行った。すると足音が「ザアザア、ザアザア」と大きくなり玉砂利の上を歩いている事が判った。その玉砂利の上を暫く歩いて行くと巫女が歩みを止めた。
辺りが冷たい空気に変わった――
再び「どうっ」と風が吹いて雲が消えた―――
ふたりは思わず周りを見渡し息を呑んだ。御本殿は大きく厳かで島根の
すると神官が現れて、ふたりに言った――
「既におふたりの主張は伝えてあります。そして、問題なく受理されました」
津村は嬉しそうに言った――
「じゃあ、俺は生きて戻れるんだな! あっはぁー、良かった」
吉田は津村に謝罪をした――
「ご迷惑をお掛けして誠に申し訳ありませんでした。どうか許して下さい」そう言
うと深々と頭を下げた。
津村は複雑な心境になった――
死者の選択をした吉田の前で喜んでしまった事を悔いた。そして自分のデリカシーの無さに呆れていた。
津村は気を取り直して神官に聞いた――
「問題無く受理されたのなら、もう何もする事は無いだろ? 早く判定を貰って帰らせくれよ」
神官は何も言わず、時を待っていた。
津村は焦って聞いた――
「まさか判定で覆る……とか、そんな馬鹿な事は無いよな?」
神官はゆっくりと答えた。
「
すると風も音も無く白い雲に辺りが覆われた――
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