恋の女神は微笑まないっ! ~うっかり、死者の縁を結んだら天の国から地上勤務になりました。

梅鶯時光

死者との縁結び。

第1話 神様の手違い ―運命の日。

 それはある日の朝、不幸な偶然が重なり事故が起きた――


 しかし、これが大問題であり、事故を起こして死ぬはずの者が死なず

 

 その代わりに死ななくても良い者が死ぬ事になってしまった――

 

 つまり、これこそが人間の知る由もない本当の事故であり


 神様の手違いだった。



「ジリリン! ジリリーン!」寝室にけたたましくベルの音が鳴り響いた――

 

 手探りでベッド・サイドのランプを点けると眠い眼を擦りながら受話器を取った。すると、受話器の向こうから息遣いの荒い声が聞こえてきた。


「大変です! 有ってはならない事故が起きました。至急、御本殿へ来てください」


 時計に目をやると午前三時を指している。

「ふぅー」と大きく静かに溜息をつくと、勢いよくベッドを飛び出しシャワーを浴びて身支度を整えた。


 彼は神官であり家の外には既に迎えの牛車が待機していた――


「お迎えに参りました」


「ご苦労さま」


 軽く会釈をして、牛車に乗り込んだ。当然の事だが迎えの者の顔色が良くない。


「で、状況は?」


「はい、こちらをご覧ください」

 

 そう言ってノートパソコンの様な物を開いて事故の状況が分る動画を再生した。

するとそれを見た彼の顔色も見る見るうちに変わっていった。


「これは困ったぞ……どんな解釈をしても無理だ。つまり、このふたりの内どちらかに死んでもらう事になるな」そう言うと考え込んでしまった。


 そして暫くの沈黙の後、口を開いた――


「生きている人間に死者の選択をしてもらう事が可能だろうか……」ふたりは顔を見合わせ「はぁー」と力無くため息をついて腕を組み、足を組んだ。


 

 神官を乗せてゆっくりとやさしく揺れていた牛車が静かに動きを止めた。


 天の国の御本殿に着くと、当直の神官と双子の巫女が出迎えた――


「お出迎えご苦労。縁結命エニシムスビノミコト様の姿が有りませんね?」


 双子の巫女がにっこり笑った――


縁結命エニシムスビノミコト様は、本日は遅番で御座います」


 神官は猜疑心たっぷりに答えた――


「遅番ですかー、そうですかー、なら仕方が有りませんねぇ。決して、お寝坊さんでは無いという事ですね、分かりました」



 御本殿には既に地上から呼ばれたふたりの人間が待機していた――


 ひとりは三十代前半の体格の良い男で眼光が鋭く足を組み少しイライラしてる。

 もうひとりは八〇歳を超えた高齢者で目は虚ろで背中を丸め所在なげだ。


 神官は少し安堵した――


 後期高齢者ならこのまま死を受け入れる可能性も有るだろう……と期待したのだ。事故の状況を説明し、納得した上で死者の選択をして頂き確認のサインを貰わなければならなかった。


 接見はひとりずつ行われるため、先に三十代の男、その次に高齢者の順で手続きを済ませた。


 気が重い役目だが考え倦ねる時間は無い――

 

 面会室のドアをノックして入ると手短に挨拶を済ませ、神官である事を告げた。

そして、机の上の書類に記入をするように指示した。


 男の名前は津村武史、年齢は三十二歳、職業は会社経営者。



 神官は事故の状況を説明した――


「午前八時五〇分頃、大型トラックの運転手が居眠り運転をして中央分離帯に接触し急ハンドルを切り、路側帯へ前輪が差し掛かった所で横転して進路を塞いだ。そこへ、観光バスと後続車が追突して死傷者三十七名の大事故が起きる予定でした。

 

 しかし、何故か大型トラックの運転手は居眠りをしなかった。そして、観光バスは悠々と右側の車線を走って行き大型トラックを追い越して急に進路変更をした。その後は……あなたの記憶の通りです」


 津村は記憶を辿りながら神官に言った――


「あなたの記憶の通りと言われてもねぇ…………オレは只、真っ直ぐ走っていただけだよ。突然、逆走車が現れて正面衝突した。いや違う、撥ねられたんだよ! あの爺さんに! ちっくしょう! あの爺さんめ、この手で殺してやりたいよ!」


 神官は男の心情に理解を示した。だが、伝えなければならなかった――


「つまりですね、それこそが本当の事故なんです。神様の手違いをご理解下さい」


 神官の冷静な態度が却って怒りを煽った。津村は神官を睨み付けた――


「ご理解って何だよ! オレは何も悪い事をしていない、何の落ち度も無いだろ! それなのに何でオレが手違いで死ななければならないんだよ! 冗談じゃないよ! ふざけるなよ! あの爺さんが死ぬべきだろう」


 神官は優しく聞いた――


「津村さん、落ち着いて下さい。あなたの前を走っていたのは?」


 津村は思わず大きな声で言い返した――


「観光バスだよ!」


 感情的に言い返したが、直ぐに気を取り直した。そして冷静になった――


「つまり、その…… あの……予定の事故でも、手違いの事故でも結局、オレは死ぬのか…… なんて運が悪いんだっ!」そう言って頭を抱えた。


 神官は静かに答えた――


「予定の事故では追突した観光バスを回避しようとして転倒し、後続のミニバンに轢かれて即死しています。手違いの事故ではまだ死亡は確定していません」


「確定していないなら助かる可能性が有ると云う事だろ、どうすれば良い?」


 神官は質問を無視して問い質した――


「あなたの主張は『予定通り死ななかったのだから生きる権利がある。私には何の落ち度もない。責任は神様と高速道路を逆走した老人の方だ』と云う事ですね」


 津村は明るい表情になった――


「そうだよ! その通り! 相手は道路交通法違反なんだから、悪いのは爺さんの方だよ、あなたもそう思うだろ?」


 神官は威厳に満ちた表情で言った――


「最終的な判定は天国主大神アメクニヌシノオオカミ様がします。私は次の面会が有りますので、これで。後でお呼びしますので、それまで此方でお待ちください」


 そう言って立ち上がり面会室を出ると、深呼吸をして次のドアをノックした――


 



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