第3話 死者の選択 ―縁結命との出逢い。


 次の瞬間、天国主大神アメクニヌシノオオカミの声が響いた―――


「ふたりの者よ、各々の主張は聞き入れたぞ、最後に何か言いたい事が有れば述べて良いぞ」



 津村も吉田も驚いて声も出なかった――


 それでも吉田は良心の呵責から沈黙を破って話した――


「畏れ多い神様に謹んで申し上げます。この度はご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした。


 私は妻を三年前に亡くしました。生前、車で出かける時は忘れ物をしない様に、きちんと確認をして、それからエンジンを始動する様にと言われていました。


 私はエンジンを掛けると、直ぐに走り出してしまう癖がありまして、出会った頃に散々失敗をした事を気に病んだのでしょう。


 子育ても終わり何十年も夫婦ふたりで暮らしていましたので、忘れ物をする癖の事さえすっかり忘れていました。


 今朝は出掛けに曾孫が心配をして電話を掛けてきました。『気を付けて行って来てね』と可愛い事を言うので『あぁ、行って来るよ。胎教に良い音楽でも聴いて待っていなさい』そう言って話し終えると、確認もせず、上機嫌でエンジンを掛けて走り出してしまったのです。


 今日は戌の日の大安でしたから、豊川市にある安産祈願の楽栗らくぐり神社に赴いて祈祷して腹帯を貰う予定でした。車で出掛けてスマートから高速に入ったにもかかわらず、私は御朱印帳を忘れた事を思い出し取りに帰ろうとしてこのような事故を起こしてしまいました。――謹んでお詫び申し上げます」


 そう言い終わると、姿勢を正し深々とお辞儀をした――


 津村は大声で言った――


「ちょっと待って下さい! ――爺さんの話が本当なら、曾孫に腹帯を貰うと云う事は、つまり……玄孫が誕生するって事だっ! お目出度い話じゃないですか!」


 吉田は震える声で答えた――


「はい、そうです本当です、嘘では有りません」


 吉田の悲しい表情を見て津村は覚悟をした――


「だったら、オレが死者を選択するよ」


 神官も巫女も吉村も驚いて目を丸くした――

 


 天国主大神アメクニヌシノオオカミの声が響いた


「本当に、それで良いのか」


 津村は吉田の言葉を借りて言った――


「畏れ多い神様に謹んで申し上げます。私は二十五歳で起業しイベントの企画会社に始まり、今は不動産投資を中心に手広く事業を展開しております。


 お金が有れば幸せになれると信じていた訳ではありませんが、お金が無ければ相手にもされない業界なので必死で働きました。


 結局、私は仕事では成功したのかもしれませんが、人生は失敗したのです。


 私は親兄弟とは不仲で会話も有りませんし、親戚とも疎遠で全く交流がありません、親友と呼べる者も無く、理解者もいません。


 独身なので、爺さんの様に心配してくれる家族も居ません。買ったばかりのバイクでツーリング中に撥ねられたので、感情的になっていただけで、事情が判れば話は別です。


 腹帯を貰いに行って、事故で帰らぬ人になったなんて悲し過ぎます。爺さんが死んだら曾孫さんは泣いても泣き切れないでしょう。


 産まれて来る玄孫のお祝いも、これまでの人生も、台無しになってしまいます。残り少ない人生でも……いいえ、だからこそ、最後に玄孫を抱いて笑って貰いたい。人生は素晴らしいと言って貰いたい! 私の主張は撤回し死者を選択します」


 吉田は目に涙をいっぱい貯めて言った。

「ありがとう……でも」


 津村は言葉を遮って言った。

「こう見えてカリスマ社長として名を売り事業も成功した。でも、これから先の人生なんて同じ事の繰り返しで、何も無いんだよ。


 爺さんの様に耄碌した時にオレの周りには誰も居ないと思う。闘病中に苦しんで死ぬのか、寝たきりで介護を受ける様になるのかは判らないけど、人間は何時かは必ず死ぬ。それなら、このまま苦しまないで人の役に立って死ぬ方が良いに決まている。思い残す事など何も無いよ」

 

 津村は微笑み、吉田も嬉しそうに笑った――


 そして、互いに両手でしっかりと握手をした――


 ふたりがそんな会話をした時に、天国主大神アメクニヌシノオオカミの判定が下りた。


「その願い、叶えてやろう」


――「どうっ」と風が吹いて雲が消えた。


 天国主大神アメクニヌシノオオカミの姿はもう無かった――


 神官は優しく微笑み「それでは、こちらへ」と言って吉村を連れて行った。


「事故の直後に軌道エレベーターに乗せられて此処に来たから、再びそれに乗って地上へ戻るのだろう」津村はそんな事を思いながら二人の後ろ姿を見送った。

 

 御本殿の出口に差し掛かった時、吉田が振り返り「ありがとう、さようなら」そう言って大きく手を振った――


 津村も「さようなら」と言って手を振った――


 そうして姿が見えなくなった――



 津村が立ち竦んでいると、後ろから「ザアザア、ザアザア」と玉砂利を踏みしめる音が聞こえた。振り返ると、そこには双子の巫女と、その後ろにもう一人の巫女がいた。


 その巫女は、手には巾着を持ち千早を羽織っていて、袴もまちありで色も少し違っていた。双子の巫女が可愛らしい少女ならば、此方は大人で、その美しさに言葉を失った。


 だが次の瞬間、火花が散った――


「あなたってデリカシーの無い男ね、神官に対して悪態をついたり、他人の死を喜んでみたり、最低! まぁ死者を選択したのだから、許してあげるわ」


 津村は案の定、頭に血が上った――


「おい! 誰か知らないが人が気にしている事を言うなよ! オレは只、素直で正直なだけだ!」


「ふんっ、物は言い様ね、この罰当たりが! 生者として戻ったなら神罰のコンボをお見舞いしてあげたのに残念ねー」


「口の悪い巫女だな! 災難続きでコレだよ、オレはなんて運が悪いんだ!」


 その言葉に双子の巫女が楽しそうに「ふふっ」と笑っていた――


 すると神官が二人の喧嘩の間に入った――


「津村さん、天国主大神アメクニヌシノオオカミ様からの指示を申し上げます。一旦、地上に戻って身辺整理をして下さい。こちらの巫女がお供しますので迅速に済ませて下さい。それでは、私は主張の変更と報告書の作成が有りますので、これで」


 そう言うと、いつの間にか姿が消えていた――

 




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