二度目の恋は甘やかに

 第二師団の副長であったイリーナは、ランデールとは面識はあるけれど、親しく話したことはない。

 そもそも、この祝賀会にランデールが出席していることにイリーナは驚いた。

 ランデールは現在謹慎中だったはずだ。龍の試練の際、アリシアに妨害行動を指示したとの疑いはまだ消えていない。ランデールの支持者による暴走の線でアリシアはおさめるつもりらしいが、そうだとしても無罪というわけにはいかないのだ。アリシアとしては、ランデールを王族として残しておくのはやぶさかではないが、自身の夫に名乗りを上げられないように叩いておく必要がある。

 もちろん、王族である以上、即位にともなう祝賀会に来ていても不思議はないのだが、イリーナは違和感を覚えた。しかも、ランデールは帯剣している。王族に帯剣は許されることは多いけれど、今の状況で、アリシアがランデールに帯剣を許可するだろうか?

「私に何かご用でございましょうか?」

「ちょっと話がある」

「どのような?」

 もちろん相手は王族だ。イリーナに否という権利はない。とはいえ、用件くらいは聞きたい。

「いいからきなさい」

 ランデールはいきなりイリーナの腕をつかんだ。

 イリーナは自分の手をぐっと引いた。イリーナの方が力が強い。ランデールはバランスを崩してよろめいた。

「女性だからと言って甘く見ないでいただけますか? ご用件をきちんと話していただければ、逆らいはしません」

「生意気な女だ」

 ランデールはパチンと指を鳴らした。

 すると、イリーナの周りを五人の男が現れた。

 男たちは剣を抜く。

 ランデールのみならず、五人もの人間が剣を帯びていた。

 これは何かをする気だ。足の動きから見て、そこまで強くはない。ランデールの私兵と思われる。

 とはいえ、今のイリーナは丸腰だ。

「私に何かお恨みでも?」

 イリーナは間合いをはかりながら、ランデールに話しかける。

「残念ながら、君じゃない。君の上司がいけないんだ」

 ふっとランデールは口の端を上げる。

「君には、奴をおびき寄せる餌となってもらうんだ」

「殿下は、正気ですか? 今は祝賀会の最中。いくら中庭には人が少ないとはいえ、誰も目撃者がいないとでも? たとえ団長をどうにかできたとしても、こんなことをしでかしたあなたを陛下が王配に迎えることはあり得ないと思いますが?」

 イリーナは、ランデールを挑発した。武器のないイリーナは、少しでも時間を稼ぐ必要がある。武器さえあれば五人相手でも何とかなったかもしれない。あるいは、相手が一人であったなら。さすがのイリーナでも素手で、剣を持った複数の人間と闘うことを前提に訓練はしていない。

 王宮の庭には、結界が張られていて魔術は使えない。

 襲撃者たちの剣先をかわしていたイリーナは壁に追い詰められた。

「大人しくしてもらおうか」

 ランデールがにやりと笑う。

 その時だった。

 一人の男の後頭部に、銀色の何かがクリーンヒットした。

「ナイスヒット!」

 ふざけたような声に襲撃者たちは気を取られた。

 その一瞬の隙に、イリーナは間合いを詰めて剣を奪う。

「ありがとうございます。団長」

「うん。役に立てて良かった」

 セドリックだった。

 セドリックは、銀色の丸い物体を拾う。給仕の者が使っている銀の丸いトレイだ。

「ああ、しまった。さすがにへこんでしまったなあ。弁償しなきゃだよ」

「貴様、ダーナー!」

 ランデールが怒りの声をあげる。

「王宮の中庭に剣を持ち込むのは禁止ですよ、殿下」

 にやりとセドリックが笑う。

「誰に許可を得て、僕のイリーナを勝手に囲んでいるの?」

「貴様、なにをふざけたことを」

 ランデールは最後まで言えなかった。

 セドリックの投げた銀のトレイが顔に当たったからだ。

「イリーナ」

「はい」

 イリーナはセドリックの合図で、襲撃者たちを叩き伏せる。

 剣さえ手に入れれば、イリーナの敵ではなかった。

「うん。イリーナは相変わらず、強いね」

 ほれぼれした、というようにセドリックは笑った。


 

 ランデールは国外追放となった。

 ランデールは、セドリックを恨み、イリーナを人質にしてセドリックを殺そうとしていたらしい。

 イリーナを選んだのは、イリーナが女性だから御しやすいと思ったからだ。

 ランデールはアリシアの秘密の想い人をセドリックだと信じていたし、龍の試練への妨害もことごとく蹴散らされたこともあって、セドリックを憎んだと供述した。

 なんにせよ、何もしなければ玉座は無理でも王配になれたはずなのに、自らその立場を放棄することになったのは、自業自得としか言いようがない。

 ベン・ブリンナーは、アリシアの直属の護衛官になった。

 アリシアは、ゆくゆくはブリンナーを夫にと考えているようだが、そのためには周囲を説得しなければならず、道のりは遠い。

 その少し前。

 イリーナはセドリックの執務室に呼ばれた。窓の外はすでに日が落ちて暗くなり始めていた。

 まるで、第一師団に入るきっかけになった日のようだと、イリーナは思った。

「ベンが、アリシアさまの護衛官になることになった」

「はい」

 ずっとセドリックが根回ししていたのを知っていたので、イリーナに驚きはなかった。

「だからね。イリーナ、君に副長になってほしいんだ」

 鳶色の瞳を向けられて、イリーナはどきりとした。

「私は団に入って間もないので、他の方に」

「なんで?」

「その……自信がなくて」

「やっぱり、ガドルなら信用できるけれど、僕は無理?」

「そんなことは」

 イリーナは首を振る。

「君の実力はよく知っている。ずっと見ていたから」

「私は知っての通り、ガドルから逃げ出した前科があります」

 イリーナは俯いた。恋のせいで仕事を続けられなかった。今もまた、セドリックに対して抱きつつある想いを抱えて、そばで働いたらきっと同じことになる。それが怖い。

「僕から逃げたいの?」

 セドリックが立ち上がり、ゆっくりとイリーナの前に立った。

「ねえ。逃げないで? 副長が嫌ならそれでもいいけれど、僕から逃げないで」

 セドリックはイリーナの手を取って、キスを落とした。

「団長?」

「好きなんだ。信じてもらえないかもしれないけれど、ずっと君が好きだった。君だけをみていた」

 セドリックは切なげに微笑んだ。突然の告白にイリーナはポカンとした。

 貴族の美しい令嬢たちに常に囲まれているセドリックの言葉とは思えず、意味が頭に入ってこなかった。

「ごめん。やっと君をそばに置けると思ってたから。公私混同でごめん。格好悪いね」

「あの?」

「副長の話はなしでいいや。僕の話も忘れて。第一師団にいてくれるだけでいいから」

「本当なのですか? 私を好きって?」

 イリーナは首をかしげる。

 にわかには信じられない。

「あの。私、逃げなくても迷惑ではないのですか?」

「え?」

「団長に、恋をしても迷惑ではないのですか?」

 イリーナの言葉にセドリックの目が見開かれた。

「えっと。それはつまり?」

「はい。あなたに恋をしています。それでも良ければ、副長になります」

「本当に? 言っておくけど、僕は公私とも君を離さないよ? 君が思っているより、ずっと重い男だから」

「団長のそばにずっといたいです」

 イリーナは頷くと、セドリックの手がイリーナの顎に伸びた。

「キスしてもいい?」

「……そう言うの、聞かないでください」

 顔を赤らめて、俯こうとしたイリーナの唇に、セドリックの唇が重なる。

 最初は優しく、しだいにむさぼるようなキスを交わして、二人の身体は熱くなる。

 窓の外はすっかり暗くなり、魔道灯が優しく室内を照らしていた。




 そして、ガドルの結婚式の日がやってきた。

 イリーナは軍服を着て、セドリックの横に立つ。

 フラウは白いウエディングドレス。ガドルは黒のタキシード。

 いかついガドルと細いフラウの組み合わせは、まさに美女と野獣だった。

「大丈夫?」

 心配そうにセドリックがイリーナを見つめる。

「大丈夫ですよ」

 イリーナは苦笑した。ここに来るまで、なんどももう平気だと言ったのに、セドリックはイリーナを心配している。

 イリーナの心は既にセドリックのものなのに。

 フラワーシャワーの中、神殿から出てきたフラウの投げたブーケが、イリーナの手にすっぽり収まる。

 驚いたイリーナに、フラウが優しく微笑んだ。

「次は、イリーナの番かな」

 セドリックがイリーナの肩に手を回す。

「それ、プロポーズですか?」

「ええと。予約ね。正式なのはまたするから」

 セドリックがいたずらっぽく笑う。

「はい。楽しみにしてますね」

 イリーナはセドリックの胸に抱かれながら、花嫁と花婿を見送る。

 見上げた空は、どこまでも青く澄んでいた。


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二度目の恋は甘やかに 秋月忍 @kotatumuri-akituki

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