龍の試練 4

 結論から言えば、天幕に入ろうとしたマーゼンは黒だった。

 セドリックはイリーナを呼んでいなかったのだから、その時点で嘘をついている。

 厳密には、彼はまだ『何も』していなかったが、これ以上団員として任務に同行させるのは無理だ。

 マーゼンを拘束させブリンナーをアリシアの警護に付けると、セドリックはイリーナの話を聞いた。

 一応、格好は事情聴取であるが、セドリックはイリーナを全面的に信頼して支持してくれるようだった。

「君はやっぱり有能だね。本当に助かるよ」

 セドリックは柔らかく微笑する。

「それにしても、ランデール殿下とつながっているのを知っていてどうして彼を?」

「うん。ごめんね。僕は一応団員を信じたかったんだ。彼だって家族がある。龍の試練で妨害工作に出れば、それは犯罪行為だ。もちろんランデール殿下が即位すれば、もみ消せるのかもしれないけれど、そうやって軍の内部を混乱させることは、この国の王が誰になってもあまりよくないことだろう? まさかそんな軽率なことをするとは思わなかった」

「ええ、そうですね」

 軍がまとまっていなければ、統治に影響が出てくる。よほどうまくやらない限り、軍部の中に敵は作らない方が統治者としてはやりやすいはずだ。

「正直ランデール殿下には失望したな。王配になって、裏からこの国に君臨する程度のことは出来る人だと思っていた。本人が指示をしていなかったとしても、支持者の暴走を止められないようでは、王者としての器量を疑われる」

 セドリックの言葉は辛らつだった。

「まあ。昨日と今日。捉えた怪しい輩は、アリシア殿下の今後に役に立つとは思うけれどね」

「アリシアさまは、ランデール殿下がお嫌いだそうですね」

「うん。まあ、これで彼が王配になることは阻止できると思うよ。殿下の初恋が叶うかどうかはわからないけれど」

「初恋?」

 イリーナは首をかしげた。

「わからない? わかりやすいと思うけれど」

 セドリックはにやりと笑う。

「言っておくけれど、僕じゃないから」

「それはなんとなく」

 イリーナは頷く。セドリックとアリシアの間に甘い熱はないように見える。

「詳しくは、殿下に聞いて。僕が説明することじゃない」

 セドリックは話を打ち切って、洞での注意事項についてイリーナに話し始めた。




 龍の洞の入り口で、アリシアが龍の石をかざす。

 するといままで岩壁だったそこに、ぽっかりと穴が開いた。どういう仕組みかはよくわからないが、古からの伝承の通りだった。

 セドリックは、団を二つに分け、洞の前に団のひとつを残すことにした。洞に他の人間がはいらないようにするためである。龍の洞は、アリシアが外に出るまで開いたままなのだ。

 洞にはいるのは、アリシアを含めて八名まで。これは古からの約束事である。そもそも、洞窟という閉鎖空間のため、大人数でも集団戦には持ち込みにくい。そのあたりもあるのだろう。

 洞の中は暗いので、魔術で光を灯して歩く。騎士団の騎士たちは全員ではないが、ある程度の初歩魔術は使える。イリーナも、拳ほどの光玉を自分の腰もとに張り付けて歩く。もっと大っぴらに明るくすることもできるが、光に寄ってくる魔獣も存在すると聞いているので、明るければいいというものではない。

 道幅は、三人が並んで歩ける程度。剣を振り回す可能性から、二人で並んで歩いている。天井は高く、それほど圧迫感はない。

 足元は自然窟としてはなめらかで、そこまで悪くなかった。空気はひんやりとしている。

「魔獣だ!」

 前方からカール・クロマインの声が飛んだ。

「アリシアさま、私から離れないで」

「ええ」

 アリシアの緊張が伝わってくる。

 最初の魔獣はたいした相手ではなかったらしく、決着はすぐ着いた。

 アリシアは魔獣の躯を怖がったが、どこかに始末することはできない。怯える彼女をイリーナは支えて、先を急いだ。

 前から、時には後ろから魔獣は現れた。次から次へと繰り返す襲撃に、全員が疲弊していく。

 道はいくつも分岐しているけれど、これは過去の資料があるため、進路に迷いはない。

「そろそろ試練の間だ」

 前を行くセドリックが声をあげた。

 今までの資料によれば、かなり広い場所があって、そこを抜けると龍の部屋なのだそうだ。

 龍の部屋に入れるのは、アリシア一人。

 ただ、アリシアが龍の部屋に入るまで、魔獣は無尽蔵に現れる。つまり、後方で隠れているだけではだめで、広間を突破しないといけないらしい。

 やがて、視界が急に開けた。

 アリシアがその空間に入った途端、急に明るくなった。天井が魔術の光を放っている。

 そこは、かなり広くて、円形の闘技場のようになっていた。真正面に金属の扉が見える。

 滑らかな床から、むくむくと影がわき、魔獣に姿を変えていく。羽をもつ、獅子の姿。

 それは巨大なグリフォンだった。グリフォンの数は三頭。

「二人一組で相手をしろ! イリーナはアリシアを連れて走れ!」

「はい」

 大事なのは目の前のグリフォンを倒すことではない。アリシアがあの龍の部屋にたどり着くことだ。

 倒しても次の魔獣が現れるのだから、乱戦が続けば続くだけ条件は悪化する。

 襲ってきたグリフォンをセドリックが迎え撃つのを見ながら、イリーナはアリシアと共に走った

「ランスローさん! 後ろ!」

 グリフォンには翼がある。引き付けるように騎士たちは対応しているけれど、空中戦になると対応が難しい。

 一頭のグリフォンが上空からアリシアを狙う。

「アリシアさまっ!」

 イリーナは剣を走らせ、その前足を切った。鮮血が飛び散る。

 そのすきをついて、クロマインが浮いた腹部に向けて剣を突き立てた。

 グリフォンが断末魔の叫びをあげて、どさりと地に落ちる。

「イリーナ、アリシアさまを!」

 すでに一頭のグリフォンを屠ったセドリックが、残りの一体を相手しているブリンナーを加勢に走る。

 グリフォンの死骸が真っ黒な闇に変わっていく。

 アリシアは、死に物狂いで走った。

 ドロドロに溶けた黒い闇は、霧のようになった。黒霧こくむだ。

「苦しいっ」

 霧がアリシアの首を絞めつけているようだ。

「光よ!」

 イリーナは霧に向かって光玉をぶつけた。

 霧がパッと消える。もっとも全部は消えていない。黒霧の弱点は光だ。ただ、残念なことに、形が不確かで、集合体のような性質を持つ黒霧は、光をぶつけることが難しい。逆に言えば、誰かを攻撃しているときのほうが、実体を持っていてやりやすいとは言われている。あくまで比較論の問題だが。

 拘束を解かれたアリシアは、苦しそうに咳をした。

「アリシアさま!」

「だ……大丈夫」

 アリシアはうなずき、扉の方へと向かう。

 その後を追いかけようとしたイリーナは何かの蔓に足を囚われた。

「イリーナ!」

 アリシアが悲鳴を上げる。

 イリーナは蔓に足を取られて床をひきづられる。蔓を持った植物型の魔獣だ。

「イリーナ!」

 セドリックの声がした途端、蔓の動きが止まった。どうやら、セドリックが蔓を切ったらしい。

「少し下がってろ」

 セドリックはイリーナを庇うように立つ。

 蔓が何本もあるせいで、本体に接近できないのだ。

「アリシアさま、早く!」

 叫んだのはブリンナー。怪我をしたのだろう。彼の額から、血が流れている。

「いや。もうやめて!」

 アリシアは叫びながら、扉に手をかける。

 彼女が扉に触れた途端、アリシアも、魔獣の姿もその場から消えてしまった。

 

 

 

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