龍の試練 3
軍の駐屯所から出ると、龍の洞まで半日の行程を歩く。
山道だ。もちろん、整備はされているが、アリシアにはきついだろう。
輿で運ぶ方法も選択肢の一つにあったそうだが、アリシア自身が歩くことを選んだらしい。ここからは騎士たちも徒歩だ。坂道がきついので、馬には負担がかかるのである。
「坂道ってきついのね」
アリシアは息を切らす。
「毎日、王宮をぐるぐる歩いていたけれど、全然違うわ」
「山道は我々でも、きついですから」
イリーナはアリシアの隣を歩く。
アリシアが歩くのは、団の真ん中だ。イリーナはアリシアのペースを見ながら、前に歩く団員たちに速度の調整を促す。
軍隊の行軍にしてはかなり速度が遅い。洞の前についたのは、かなり日が傾いたころであった。
洞の前には、かなり開けた空間になっている。
龍の洞の入り口は閉じられていて、普段は入ることができない。
試練を受ける王族に与えられた、龍の石がなければその入り口は開かれることはないのだ。
アリシアから王位継承権を奪おうとするなら、この龍の試練そのものを失敗させるか、その龍の石を奪うかのどちらかである。龍との契約を済ませれば、アリシアは女王となる。
龍の契約を済ませた王を害した者には、龍の呪いがかかると言われているから、もしアリシアを狙うものがあるとすれば、間違いなく龍の契約の前を狙うだろう。
それにしても、形だけでも剣の稽古をする男性の王族と違い、アリシアは深窓の姫君だ。
ここまで歩けただけでもイリーナは驚いた。
鍛えたというのは、本当だった。野営もたぶん初めてだろうが、特に嫌がるそぶりもしない。
天幕を張り、イリーナは椅子に腰かけたアリシアの脚を洗った。
かなりの筋肉痛が予想されたので、丁寧にマッサージを施し、湿布を張る。
天幕の中に入れるのは、アリシアの他にはイリーナだけ。その天幕を取り巻くように、セドリックたちが陣を張っている。外からの侵入は難しいだろう。
食事も毒見をしたものがアリシアの下に運ばれてくる。
セドリックは団員も信用できないと言っていただけあって、かなり厳重だった。
それでもイリーナは気を緩めず、アリシアのそばに控えた。
「ねえ、本当に私の試練を邪魔しようとするかしら?」
あまりの厳重さに、アリシアは苦く笑う。
「龍の石を奪うなり、私を害すればもちろん玉座は手に入るかもしれないけれど、ランデールはそこまでするとは思えないのよね」
「私にはわかりかねます。ただ、用心に越したことはないのではないかと」
「だって、私が玉座についても、ランデールは王配になれる可能性が高いのよ」
アリシアは肩をすくめる。
「セドリックはああいったけれど、女王になったところで、それほど選択権が増えるものではないと思うのね」
アリシアはランデールが嫌いだと言っていた。イリーナはそれほどランデールについて知っているわけではないが、見目麗しい優男だったと思う。噂では外見に似ず、かなり毒舌家だという話だが。
「ならば、かえって妨害をしてもらったほうが、最終的には殿下のためになるかもしれません」
イリーナは苦笑した。
「龍の試練は、あくまで龍と継承者のためのもの。それに横やりを入れたのであれば、何人たりとも許されることではございません」
「なるほどね」
アリシアは苦笑した。
「とはいえ、隙を作れば御身に危険が降りかかります。申し訳ありませんが、そのようなことがない方が私としてはありがたいと思いますけど」
「まあ、それはそうね。石を奪われるだけなら仕方ないけれど、殺されてしまってはシャレにならないわ」
アリシアは頷いた。
どう考えても窮屈な状況ではあるが、それはアリシアのためには仕方ないことだ。
アリシアとしても、ただでさえ龍の試練は過酷である。余計なことに気を配りたくはないだろう。
「ランスローさん。団長がお呼びです。しばらく、ここは私が代わりますので」
天幕の向こうから声がした。イリーナのあまり知らない声のようだ。
誰だろう。まだ団に入って間もないイリーナは、全員を完全に把握しているわけではない。
「何の御用ですか?」
「明日の隊列についてのことのようです」
「隊列?」
イリーナは首をかしげた。
洞は狭いゆえに、隊列を組まないと入れないが、どこに誰を配置するかはだいたい決まっている。
イリーナの位置は、アリシアの隣だ。それ以上に何の相談だろうか。そもそも、団のメンバーをよく知らないイリーナとしては、どのあたりに自分とアリシアが入るのかさえ分かればいい。
第二師団にいた頃は、副長だったからガドルの相談に乗ったこともあった。だが、第一師団の副長は、ブリンナーであって、イリーナではない。不思議な話だ。
「そう。今行くわ」
イリーナはアリシアに奥にいるように目配せして天幕の入り口に向かった。
入り口に立っていた男は、第一師団の鎧をつけている。確かロバート・マーゼンという名だ。
この男は確か衛生班だったはず。イリーナの代わりに護衛というのはおかしい。マーゼンはイリーナの隣をすり抜けようとした。
「待ちなさい!」
イリーナは男の脚をひっかける。
男は地べたに倒れた。そのまま男の身体にのしかかって、男の腕を締め上げた。
「誰か!」
イリーナは人を呼びながら、全身で男を押さえつけ続ける。
「くっあっ」
男は逃れようと必死だ。
まだ男に悪意があったとは限らない。限らないが、イリーナは容赦はしなかった。
「どうした?!」
天幕に他の騎士たちが集まってくる。
「どうしたのですか? ランスローさん!」
「イリーナ!」
セドリックが駆け寄って、男の喉もとに刃を当てた。
それを見て、イリーナは技を解く。
男は痛みのため、息も絶え絶えだ。
「すみません。彼が天幕に入ろうとしたのでとっさに技をかけました」
「マーゼン、お前……」
セドリックが眉間にしわを寄せた。
「オレは、何もしてません」
男は苦しげに頭を振る。
確かに、彼はまだ何もしていない。イリーナの過剰な攻撃と言えばその通りではある。
「マーゼンさんは私と護衛を代わると言いましたが、男性がアリシアさまお一人の天幕に入るのは、おかしいと思います。やりすぎとおっしゃるなら後日処分していただいて構いません」
イリーナはゆっくりと立ち上がった。
「ところで、私をお呼びでしたか? 団長」
「いや」
セドリックは苦い顔をした。
「アリシアさまの護衛は、君とブリンナーと僕だけだ。ほかの誰かがイリーナと代わることはない。カール、マーゼンを縛り上げておけ」
「団長! 古参の自分より、その女の言うことを聞くんですか?」
マーゼンは悔し気にセドリックを見る。
「僕はね。君を信じたかったんだよ? 君がランデール殿下と交流があるという噂を聞いても、君を連れてきたのに残念だね」
セドリックはそう言って、哀しそうな目を浮かべた。
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