アリシア

 眩しい朝の光が窓から差し込んでいる。

 広い板張りの訓練所に集められているのは、第一師団に所属する騎士たちだ。彼らは、前に立っているイリーナの方をじっと見ている。

 その視線はおおむね好意的な感じのようで、イリーナはほっとした。実際のところ、団を移動するような人事は少ない。変な勘ぐりをされてもおかしくはないのだ。

「というわけで、本日より第一師団の所属になった、イリーナ・ランスロー君だ」

 セドリックに紹介され、イリーナは一歩前に出る。

「イリーナ・ランスローです。よろしくお願いいたします」

 イリーナは騎士の礼をした。

「ランスロー君には、龍の試しの際、アリシアさま専属になってもらう予定だ」

 一人の騎士が手をあげた。

「なんだ、カール」

「龍の試しの後はどうなるのですか?」

 そこが気になる、というようにカール・クロマインは質問をする。

「僕としては、そのまま第一師団にいて欲しいとは思っている。ただ、上がどう考えるかはわからない」

 セドリックは肩をすくめた。

「上、というよりは、ランスローさんのお心次第ではないでしょうか。そもそもこの人事、彼女にとっては降格ともいえますから」

 ふうっとため息をついたのは、セドリックの隣にいた副長のベン・ブリンナー。ブリンナーはセドリックと同じ二十八歳。セドリックに比べると少し地味な印象を受ける。

「ランスローさんにこのままいて欲しいと考えるなら、紳士的に接することですね」

 にこりとブリンナーは微笑む。

「あの?」

 イリーナは首をかしげる。

「ああ、お気になさらず。我々は、美しいあなたが第一師団に配属になって、舞い上がっているだけですから」

 ブリンナーの言葉に騎士たちも頷く。

 男性しかいない団だったから、女性が入ることに戸惑いはあるだろうと思っていたイリーナだが、意外に歓迎してもらえているようだった。

 更衣室なんかも既に用意してもらっており、居心地は悪くなさそうである。

「もっとも一番舞い上がっているのは、団長ですけどね」

くすりとブリンナーが笑うと、セドリックはイリーナから目をそらした。

「本当ですよぉ。女性用の更衣室にするんだって物置の掃除とか、団長が始めたんですから」

 くすくすとクロマインが笑う。

「違う、あれは単にあの場所に置いてあった古い武具を片付けていただけだ」

 セドリックはムッとしたような声を出す。どうやら照れているらしい。

「ありがとうございます」

 イリーナが頭を下げると、セドリックはコホンと咳払いをした。



 イリーナも第二師団の副長だから王族と面識は一応ある。王宮に入ったことも何度かはあるけれど、アリシアと直接言葉を交わしたことはあまりない。

 セドリックと共に談話室に入って行くと、アリシアはソファにかけて既に待っていた。

 美しい金の髪で、純白のドレスを着ている。青の大きな瞳が、待ちわびたようにセドリックを見た。

「お待たせしてしまい申し訳ありません」

 セドリックは頭を下げる。

「彼女がアリシアさま付きになります、イリーナ・ランスローです」

「イリーナ・ランスローです。命に代えましてもお守りいたします」

 イリーナは騎士の礼をとった。

「まったく。私は別に女性騎士はいらないっていったのに」

 アリシアは頬を膨らました。

「そういうわけには参りません。男が立ち入れない場所に、危険がないとは限らないのですから」

「全く。話の通じない男ね」

 セドリックの話に、アリシアは不満げだ。

「どうせ私を口実にそのひとを第二師団から引き抜いたんでしょ?」

 アリシアは恨めしそうにセドリックを見る。

 ひょっとしたら、アリシアはセドリック個人に守ってほしかったのかもしれない。

「そうですが、何か?」

「あら、本人の前で認めちゃうのね。意外だわ」

 アリシアは呆れたような顔をした。

「イリーナ、気をつけなさい。この男は、へらっとしているようで腹黒いから」

 イリーナはどう返事するべきかわからず、黙って頷く。

「あなたの噂はよく聞いているわ。まさかソルクラト団長が手放すとは思っていなかったけど」

 アリシアはにこやかな笑顔をイリーナに向けた。

「私の意向を全然くみ取らないこの男には腹が立つけれど、あなたには罪はなかったわ。失礼な態度をとってごめんなさい」

「いえ、お構いなく」

「全く。最後の夢くらい見させてくれてもいいのにね」

 アリシアは、セドリックにもの言いたげに目を向けた。

「僕は陛下の命で動いておりますので」

 セドリックは静かに頭を下げた。

「一時的な夢など見る必要はありません。いくらでも方法はありましょう」

「簡単に言うのね」

 アリシアはため息をつく。

「第一師団は、あなたを女王にするために尽力せよと陛下に命じられております。女王になれば、あなたはこの国でもっとも尊い存在になる。全てはそれからですよ」

 セドリックはふっと口の端を上げた。

「私は、ランデールのことが嫌いなの」

「ならばなおのこと、女王にならねばなりません。ランデール殿下が即位なされば、あなたは間違いなく、王妃となるのですから」

「……そうね」

 アリシアは頷いた。

 たとえ女王になっても、ランデ―ルは王配の第一候補になるだろう。だが、女王の意思で、別の人間を王配を選ぶことは可能だ。現時点でランデールが王となるなら、間違いなく、王妃はアリシアになる。

 ランデール側は、アリシアを推す勢力を無視できないからだ。

「龍の試練は必ず、成し遂げて見せるわ」

 アリシアはふっと笑みを浮かべる。

 不思議と、セドリックとアリシアの間に甘い空気はない。

──この二人が恋仲ってわけでもないのかしら?

 直接聞くわけにもいかず、イリーナはただ、二人を見つめていた。


 

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