二人のリュミエンヌ
二人の魔女は対峙する。一人はリュミエンヌと名乗り、もう一人の名もまたリュミエンヌだった。
相似形の二人はその起源を一にした存在だった。
だが今はその趣を大きく異なる女に成長しようとしている。
「よく一人の力でここに来られたわ」
黒衣のドレス姿のリュミエンヌは言葉を継いだ。
「目覚めたのね、秘めたる力の源に、その解放される力の理(ことわり)にも。そんな貴女を…」
私は待っていた。彼女は目を伏し静かに告白する。
ここにあなたを呼び寄せたのは私の意志であり、願いでもあるの。もちろん今のあなたの気持ちはわかっているつもり。
だから、と。リュミエンヌは言う。だからこそ私の言葉に耳を傾けてほしいの。このヴィル・ヘムの意志を世界に伝えてほしい、そして、その力を継承するに値する者に道を開き、その心を導いてほしいのよ。
それだけが私のあなたへの願い。
黒衣の探索者としてのリュミエンヌは言葉を返す。ふと、ためらいがちな語尾に不安が香る。
「言いたいのはそれだけ?じゃあ私も言うわ。説明して、この状況を分かるように説明して。わたしに納得できるように言って!今すぐ、ここでよ!」
私は待たないわよ。と、念を押すように言葉を切った。
話す息遣いが徐々に荒くなってゆく、知らず知らずのうちに声がうわずる。落ち着け、心を鎮めろ。今はそんなときじゃない。
経験が彼女に警告する。これは最初で最後のチャンスなのだと。選択を誤るな、やり直しは効かないぞ。今まで何を見てきた。
分かっているわよ。当然じゃないのと自分に言い聞かせる一方で、この隙に状況を整理してみよう。今までのいきさつを心に浮かべ、呪式の力を借りて高速で検索、関連する情報に思い当たる節はないか”しらみつぶし”に検討する。直感で導く答えは信じ難くもあるが妥当な以上受け入れるほかない。
だけど判断自体は今は保留しておこう。今は決めない、まだ。
ドレスを纏うヴィル・ヘムの女は直接それには答えようとはせず、会わせたい人がいるの、いいかしらと、まるではぐらかす様な言い回しでリュミエンヌに提案する。
「それに意味があるの?”答え”になってないけど」
言葉を口に出すうちに気が静まってくる。気持ちを吐き出すことが彼女には効果があったようだ。ようやくに駆け引きをする余裕が出てくる。
ヴィル・ヘムの女の傍らでたたずむ男性らしい仄暗い人影が動き出し、灯りの中に立つとそれは言った。優しい声音。
「ひさしぶりだね、また会えてうれしいよ。リュミエンヌ」
リュミエンヌは戸惑う、聞き覚えはない。肩にかかるほど髪を伸ばし切りそろえた屈強な引き締まった体躯の見知らぬ若者の姿が其処にあった。だが、どこかで出会ったような既視感がある。言葉が矛盾しているがそうだった。
「彼のことはあなたが一番よく知っているはずよ、ノワールが彼の”名前”だもの」
さりげない言い方だがインパクトのあるセリフを女は放つ。
「!!何ですって!」
目の前の青年は明らかに人間であって精霊などではありえない実存する対象に見えた。それに、それに…素敵。
でしょう?。リュミエンヌの心を見透かしたようにちょっと悪戯っぽい口調で同意を促す。
核心を突かれて、ハッとするが異論はない。彼女は思わずうなずいてしまった。
「この姿は私が与えたもの。だからあなたにも見覚えがあるはずよ」
言われてみれば、思い当たる節があった。何年か前に東方の国から賢者の一行が来訪し、リュミエンヌの住む町にも訪れたことがあった。壮健だが老齢の行者たちが大半だったが、中には若者の姿も数人見受けられた。弟子として随行し師匠たちの身の回りの世話をするのだという。
そのころリュミエンヌはまだ10歳を越したばかりだったが、その姿にひどく感銘を覚えた記憶がある。そして若い弟子のひとりの姿が目に留まった。知的でありながら実直、その温厚なまなざしにはあくまでも澄み切った精神の輝きがあった。
その精神性の高さは容姿や挙動の端々に現れていて、修行衣を纏わなくても一目でそれとわかる端麗な容姿で師匠の傍らにたたずんでいた。町の女たちもその姿にどよめく様子をいまだに覚えている。
いや当時はそこまで深く考えたわけではないが、少女の直感には明らかに訴えるものがあったのだ。いや、もっとはっきり言おう。
それが少女の初恋だった。どうなるものでもなく、どうしたいわけでもなかったが、とにかく一緒にいられれば幸せだった。
何のかんのと理屈をつけては彼の周りをついて回り、お手伝いと称してはあれこれと世話を焼いていた。よい子だとほめられるとその日は一日ご機嫌で、通りを走り回っている姿を近所の人に見かけられていたこともあった。
内心では有難迷惑だったかもしれなかったが、それをおくびにも出さず幼いリュミエンヌを大人同様に丁重に扱う好青年だった。
立ち去るときも、優しい瞳で別れを惜しみ、それが少女の心に深く残って今でも当時を思い出すことがある。懐かしい記憶。
そうだ、あのときの…リュミエンヌのその表情をすかさず読み取って”そういう事よ”、あとは言わずもがな。思い出した?ヴィル・ヘムの女は微笑んだ。そういう事か…。
初恋と言っても子供の淡い憧れ、別れの夜、寂しくて泣いたことも今は懐かしい。と同時にリュミエンヌはうなじまで染めて恥ずかしさで一杯になった。秘められた心の底を見透かされた思いがそうさせる。
あの頃の姿をそっくり写し取ったその青年は、いやノワールは心配していたけど君ならきっとやり遂げられると思っていたよと彼女をねぎらうが何処かよそよそしいのは気のせいだろうか。
リュミエンヌは当惑していた。今目にしているのはどちらだろう?若い行者、それともノワール?
「ノワールよ」
間違いなく。保証するわ。でも、とヴィル・ヘムの女は言い添えた。但しあなたのではなく私のね。ノワールは私の従者、血の契約は一人とだけ、例外はないの。言うまでもないわね。ささやくような低い声はそのままリュミエンヌの心に深く突き刺さった。
ヴィル・ヘムの女は真実を残酷に言い放った。
私がオリジナルのリュミエンヌだと言明したも同然だったし、顔色を失ったリュミエンヌの前で傍らのノワールを引き寄せ、愛し気にその胸元に顔を寄せるとヴィル・ヘムの女は目を伏せた。
そしてリュミエンヌの方に顔を向けたその瞳には嫉妬にも似た感情が微かに浮かんでいる。赤い唇が震えているかのようだ。だから手放さないわ、貴女には…あげない。
何故そんなことを言うのだろう?そんな言い回しをして何になる。二人のリュミエンヌは同時に同じことを考えていた。
それぞれの思いは異なる時間軸の中でその袂を別ち、それでも心のどこかが結びついている、そんな瞬間だった。
そんな二人のやり取りを離れた位置からロゴスとペネロペは見守っている、この人間という生き物は…。
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