急転直下
リュミエンヌは間合いを詰める。数メートル先のペネロペに足早に接近して行く中、腰に着けたワイヤーリールを手に持つと呪文を唱える。その呪文は短い、そして効果は迅速に表れる。
手に持ったワイヤーは針のように細く繊細にしなうとひとりでにその小さいが鋭いスパイクのついた先端部がペネロペに向かった。それは獲物を狙う蛇の動きを連想させるまがまがしい動きでペネロペの身体に巻き付いた。まさに一瞬のこと。絡みつくワイヤーはペネロペの身体を締めあげていく。
悲鳴を上げる暇もなく絡めとられたペネロペは成す術もない。
様に見えた。とリュミエンヌは判断し、駆け出す。まだまだだ、予断を許さぬ展開に自身の優勢を保留する。この程度ではペネロペの足止めが精いっぱいだろう。自由を奪えたかどうかはわからない。リュミエンヌは彼女の背後に回り込み、絡みつくワイヤーでさらに締め上げてゆき、残った片方の腕を首に絡ませてペネロペを羽交い絞めにした。
「な、何をするの!あなたはそれでも…」
息を継ぐ余裕も与えないリュミエンヌ。
「なんとでも言え!知ったこっちゃない!」
もがいているペネロペに自由を与えるな!と自身に言い聞かせる。ここでひるんではだめだ、怯むぐらいなら別の手を講じるべきだったろうと思いきる。迷うなリュミエンヌ。
「もう貴方のおまま事には付き合えないわ!と、いう事よ!」
リュミエンヌは言葉を継いだ、息も継ぎたい。
貴方の一存で仕組んだことじゃないことはわかってる、だからあなたの”ご主人”を呼び出しなさい、今すぐ直接、話がしたいの!
「もう我慢はしないの、本気よ」
リュミエンヌは声を荒げる。そして天井に向けて声を張り上げる。聞こえたの?ペネロペがどうかなっちゃうわよ!と恫喝する。
彼女が人間ならこんな手荒い真似には訴えない。強硬策に出たのはそのせいもあるが、このまま受け身一方ではらちが明かないしここらで一気にこちら側に流れを呼び込もうというのだ。
と、いう事にしているリュミエンヌだが、本音はやはり胸の傷のことが頭にあった。自身に(何かを)仕掛けられているかもしれないという恐れが彼女に言い知れぬ恐怖を呼び起こす。
それはかつて心臓を握りつぶされかけた体験が大きく作用した。あの出来事は彼女にはいまだ大きなトラウマになっていて、”道理”で克服できるようになるまではまだ長い時間が必要だった。
あの激痛と絶叫の夜のことは今でも時折、彼女を苦しめる。そして彼女を焦らせる要因はやはりノワールのことだった。ノワールの支援がない事は彼女にとっては致命的なハンデだった。こんな時にそれが表に現れる。声をかける相手がいるかどうかだけでも全然違う。リュミエンヌとノワールとはそういう関係だった。
しくじったかも!彼女は自問する。理性が警告する、早すぎた!
そうする一方でさして暴れる風でもないペネロペにも変化が訪れる。リュミエンヌに揉みくちゃにされる彼女は冷静さを保ちながらもこう言い放った。
「この…」
「この…?」
思わず聞き返す、リュミエンヌ。ペネロペが放つ言葉はリュミエンヌの想像の上を行った、
「このあばずれがぁ‼」
ペネロペが激しい罵り声をあげた次の瞬間、二人の傍らの空気が歪んだ。その歪みの中からレースのストッキングで装った貴婦人の脚が飛び出してリュミエンヌを猛烈な勢いで蹴り飛ばした。
貴婦人の脚とは言っても大きさが違う、履いている靴のサイズがリュミエンヌの背丈とほぼ変わらない。それがリュミエンヌを横殴りに吹っ飛ばしたのだ。
リュミエンヌは宙を舞った、避ける暇もない。声も上げずに彼女は5メートル近く宙を飛び、そのままの体制で床に叩きつけられた。
背が高い上にどちらかと言えば華奢な作りのリュミエンヌはガラス細工のような悲鳴を上げる。うずくまったまま動けない。ノックアウトだ。意識はかろうじて失わずに済んだが体が動かせない。
「げほっ、ぐはっ…」
やられた…サイテーだ。カッコ悪い。息が詰まってうまく喋れない。呪術障壁が効いてなければあばらを二、三本やられていたかも…。涙が出そうになる。
それをペネロペは自身に絡みついたワイヤーをこともなげに振りほどきながら冷ややかに見つめている。フンっと鼻を鳴らして。
「お仕置きが必要よ、あなたみたいな小娘には」
先ほどまでとは打って変わったその低く冷徹な物言いからは明らかな侮蔑の響きがあった。
これがペネロペの本性なのだろうか?リュミエンヌは起き上がろうとするがすぐには起き上がれそうにない。また咳き込んだ。
まずい、まずいわ…こんなのってあり?どうしたらいいってどうすればいいの?ダメージがまだ頭に残っているらしい。思考がループしてる。解決案が浮かばない。けど、
”謝ったら許してくれる?”(バカ野郎)
上目遣いのリュミエンヌの瞳にはペネロペの姿が徐々に近づいてくるのが見える。もうダメ。口に出して言ってみる。辞世の言葉がこれ?もうサイテー。
リュミエンヌは床に再び崩れ落ちる。ノワール、助けて…。
だが、助け船は意外ところから出た。
「もうその辺でいいでしょう、やめなさい」
そして、
「ペネロペ」
落ち着いた男性の上品な声が部屋に響き渡る。ペネロペはそれを聞いてプイっと顔をそむける。が、それに彼女はおとなしく従った。
リュミエンヌは言うまでもない。
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