第113話 シェアハウスに再び春がめぐってきた③

 桜の花のつぼみが色付き、ふっくら膨らみかけてきた。遠くから見ても、枝が薄紅色に見える。もうすぐ、桜の花の咲く季節なんだな。去年は見られなかった満開の桜をこの町で見ることができる。


 早いものだな、もうすぐ一年がたとうとしている。この周辺のことは何もわからず、ましてやシェアハウスに住むことなんて初めての経験だった。どんな人たちが生活しているのか、不安半分、期待半分だった。いや、不安が九十パーセントぐらいだったかな。今では、彼女たちなしで生活することなんて、考えることもできない。いつの間にか一緒にいることが当たり前になっているのだ……と感慨に浸り、しみじみと周りの田園風景を眺めながらシェアハウスへ向かって歩いていた。


 すると、どこからか声が聞こえてくるではないか。上のほうかな、と見上げると……。


「オ~~スッ! 夕希く~~ん」

「あっ、楓さん、こんにちは……」

「ぽ~~っとして、考え事をして歩いていた?」

「まあ、春ですから。日差しを浴びて、あったまってました。楓さん今日は仕事オフですか?」

「ならいいけど、遅番だからまだのんびりしてたの。明るい時間に家にいるのもいいものね。ゆっくり洗濯ができる」


 楓さんは手を振っていた。ベランダには洗濯物が揺れている。その中にはユニフォームもある。僕は思い切り手を振った。日差しが温かく、今日はまさに洗濯日和だ。


「今日は洗濯物がよく乾きそうです!」

「そうなの、気分いい~~~。あのさ……おいしいお菓子があるわよ、一緒に食べよう」

「は~い、今行きま~す」

「早くおいで!」


 彼女の部屋をノックすると、リラックスしたジャージに身を包んだ楓さんの姿があった。僕たちはローテーブルの前のソファに並んで座った。体が沈み込みまるでソファに包まれているようだ。すぐ隣に足を投げ出している楓さん、リラックスモードだ。


「そういう服装、楽でいいですよね……」

「家にいるときはこれが一番! 夕希君だって同じようなものでしょう」

「僕も下だけ着替えてきました。これが一番です」

「おお、いいねえ!」


 スウェットパンツに、トレーナーだ。


「楓さんは、四月からもこの家にいますよね」

「そりゃそうよ、ほかに行くところなんかないわ」

「ほっ、よかった」

「私の場合、まだまだ駆け出しだからね、当分今の職場よ」

「本当ですか? 急に転勤することになったとか言わないでくださいね」

「そんなこと、あるわけない~~~! だって、来年新人の男の子が入ってくるからって、顔合わせがあったもの。いろいろ教えてあげてって上司から言われたよっ。なかなかのマッチョでイケメンだった。可愛がってあげようかな!」

「わあ、楽しみですね」

「まあねっ。私が一番年下だったんだけど、後輩ができる、四月からは」

「いい人だといいですね」

「そう、そこが問題。当たり前のことだけど、男は外見だけじゃわからない! 問題は正確、それから相性も大切だな……これから、そいつとうまくやっていかないと、悲惨な職場になっちゃう」


 強気の楓さんだが、新人の登場はかなりプレッシャーになっているのかもしれない。


「大丈夫ですよ、楓さんなら。きっといいリーダーになれます。一緒にいると気分がスカッとするし、教え方も上手ですから」

「あっ、そうお」

「そうですよ、僕が保証します」

「舐められないようにしなきゃね……」


 楓さんは、力こぶしを作って見せた。さすが体育会系、というより新人が入ってくるというのもかなり気を遣うことだろう。かくいう僕だって、無事に単位が取得できればもうすぐ二年生だ。


「ところで、お菓子って……」

「ああ、そうそう。今開けるね」


 楓さんは和菓子店の包みを開けた。

「おお~~、お団子ですね」

「おいしいのよこれ、さあ食べて!」

「いただきますっ!」


 僕は団子を口に入れた。甘辛い団子の香りが春の雰囲気によくマッチしていた。


「おいしいっ!」

「う~~む、うまいねえ!」

「う~ぐっ、もう一年が終わっちゃうんだなあ」

「本当に、しみじみそう思うわ。うぐ、うぐ、こんなふうに一年が過ぎ、また一年が過ぎ、あっという間に十年が過ぎ、ああ、二十年が過ぎていくよ。あ~あ、そのころは、私何をしてるのかなあ」

「きっとベテランの警備員として後輩を指導してますよ、きっと!」

「ふう、それもいいことなのか、悪いことなのか……うぐ」

「そんなことは、誰にもわかりませんけど、楓さんならきっといつもきりっと格好よく、何かをしていると思います。警備員じゃなくても、きりっとやってると思います」


 彼女の性格が変わらない限り、どんなことをしていようがそれは確かなことのような気がするし、そうであってほしいな。


「夕希君のほうはどうだった、一年間?」

「ええ……そうですねえ……ふう」

「まあ、いろいろなことがあったでしょうけど……」


 じっと僕の顔を見つめる楓さん。部屋の中から謎の声が聞こえてきて、扉の前で釘付けになった頃が懐かしい。


「ここへ来てよかった。それだけは言えます。それにこの街、というか田舎ですけど、それなりになじんでますし」

「私に会えてよかったでしょう」

「そうですねっ! 楓さんに会えたのもよかったことの一つっていうか、かなり大きな要素です」

「よ~しっ! その言葉忘れないよ~~~っ!」

「おっ、いつもの調子に戻りましたね。いいなあ~~~」

「じゃあ、一勝負するかっ!」

「それは遠慮しときます」

「そうお?」

「本当に、最近運動してませんから」

「残念だな……」


 楓さんが残念がる。彼女にとっては、僕は弟とじゃれているようなもの。だけど、ハッとするほど彼女の横顔が美しいと感じられる瞬間がある。無駄な肉がついていない彼女の引き締まった体から発せられるアスリートの香りの成果もしれない。


「うふふっ……」

「何ですか……妙な声を出して。楓さんらしくないですよお」

「いま、私に見とれてたな!」

「見とれてませんよっ!」

「そうかな……絶対見とれてた!」

「そんなことっ……あるわけないですよっ!」

「この~~~っ!」


 楓さんは、僕の首をグイっと引き寄せて頭突きをした。


「うを~~~っ! 参った~~~!」

「はっ、はっ、はっ!」


 やっぱり彼女はこういうことが好きなのだ。( ´艸`)

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