第114話 シェアハウスに再び春がめぐってきた④
日増しに日差しは暖かくなり、太陽の角度がしだいに高くなってきた。5時半を過ぎても外はまだまだ明るいし、ほの明るい夕暮れ時に外を歩くと心が浮き立つような気持ちになる。
大学では後期の試験が終わり、無事僕たちは進級できることになった。僕たちというのはここに住んでいる日南ちゃん、亜里沙ちゃん、そして香月さんや上村君など日頃一緒にいた仲間たちのことだ。留年することなく進学できたのは、おめでたいことには違いない。まあ、二教科ほどは落としても、来年再履修すればいいといえばいいのだが、そんなこともなかったのはラッキーだったともいえる。現に、数科目を落として涙に暮れている学生もいなくはないのだから。
自然界でも、ようやく本当の春がやってこようとしている。身も心も軽くなったような気分に、咲き始めた桜の花が明るい気分を加速させてくれる。
春休みのキッチン。
七時に食事していると、みのりさんと光さんが下りてきた。
「もうすぐ二年生ね,夕希君っ!」
みのりさんが笑顔で声をかけた。
「はい、無事に進級できそうで、よかったです。四月から二年生です」
「よかったわねえ。二年目の生活もよろしくねっ!」
「こちらこそよろしくお願いします。みのりさんと光さんも、まだここにいますよね」
「まあね。ほかに行く当てもないから……」
みのりさんは、ちょっと寂しそうに言う。あっ、独身生活が伸びるからか。
「いてくれてうれしいです。みのりさんの料理は、まだまだ独り占めされたくないですっ!」
「そっか、それでうれしいの」
「もちろんそれだけじゃないです!」
「そうお。これからも仲良くしましょ!」
「光さんは? もちろんここにいてくれますよねえ!」
「私もいるわよっ!」
彼女、なんか怒ってるじゃないか? 花島先生と結婚するから出ていくわ、って言わないぞ。
「僕、超嬉し~~~です!」
「まあ、まだ結婚して出ていくってことはないわ。安心して」
「そうなんですかあ。花島先生とは……どうなってるんですかあ。その後進展はないんですか。怪しいいなあ。よりを戻したりしてないんですかあ……」
僕がじろりとにらむと、手をパタパタと振った。
「まあ、まあ、あいつとはぼちぼちやってるわよ。気長に付き合ったほうがよさそうだしね」
「へえ~~~、そういうことですかあ。楽しみですねえ、これからが」
まんざらでもなさそうな顔。今後どうなるのかな、うまくいってほしい。
「まあ、僕としては光さんにも僕が卒業するまではいてもらいたいけど」
「あと三年ね、分かったわよ。結婚しないでいてあげるわよっ!」
「ああ、いいんですよ、花島先生と結婚して出て行っても。それはそれで、諦めがつきますから」
「まったく、どっちがいいんだかあ、こらああ~~~っ!」
身勝手かもしれないが、あとの三年間みんなどこへも行かないでほしい。ここでの生活が大学生活の一部になっている。大切な家族みたいなものだ。いや、家族以上か。
みのりさんに光さん、楓さんに萌さん、四人ともいてくれてよかった。
ところで……一番の問題の日南ちゃんとの今後のことだが……付き合うって、日南ちゃんと付き合うって、どうしたらいいんだっ!
いったいどうやって付き合うんだ!
普通の女の子とかなり違うじゃないか! 彼女どこか違う星から来たんじゃないのか。本当に地球人なのか!
あまりに思いつめた態度から、付き合おうと大胆な告白をした。だが、待てよ……彼女は元カノの親友。それもわかりきっていたはず、彼女だってそれを承知で付き合うのか……。元カノは元カノで、日南ちゃんの気持ちを大事にしろだの、手玉にとるんじゃないだの、いい加減なことを言いたい放題。あああ~~~~っ、もうめちゃくちゃだ。
僕は一人キッチンで頭を抱える。
そこへ降りてきた日南ちゃんは、しゅ~~んとして、まるで訳が分からずやったいたずらが見つかり、本物の穴があったら入っていきたそうな子猫のような格好をしている。猫の種類は、三毛猫か?
「どうしたの、日南ちゃん?」
「ねえ、私たちうまくいくかな?」
「それは、僕たち次第でしょ」
「あのさ……私のこと、同情して付き合おうって言ったんでしょ?」
「何の話?」
日南ちゃんは、困ったような泣きそうな顔をしている。この顔に僕がめっぽう弱いことを知ってか知らずか、お願いするときにする顔だ。甘えたくなったんだろうか、それとも大変なお願い事か……。無理難題を押し付けるつもりか!
「いいから……私泣かないから答えて。私と、本当は付き合いたいと思ってないよね……」
「……あ、そんな……そんなことは……」
「あるでしょう?」
「……あっ、あっ、あああ~~~っ」
即答できないのが悲しいけど、実際そうなのかもしれない。困ったときはガシッと抱きしめたくせに……。
「ね、私やっぱり今まで通りがいい」
「今まで通りっていうのは」
「一緒に同居してて、困ったときには助けてくれる間柄」
「それじゃあ……」
「あっ、助けてもらうだけじゃなくて、夕希君が困ったときも私助けたい。なかなか気がつかないかもしれないけど、言ってほしいな……私だって、頑張るから」
「……そっか……」
そんなの嫌だとは言えない自分に気が付いた。それにしても、日南ちゃんには振り回されっぱなしだった。一年がたとうとしているのに、これからもどうなるんだろう。
「わかった。今まで通り、仲良くしよう。それから、結衣には僕たち仲良くやってるって言っておけよな」
あいつにいろいろ勘繰られるのは嫌だ。
「わかった……私って……本当に自分勝手で……ごめん」
「いや……僕もはっきりしないからいけないんだ。お互い様かな……これからもよろしく」
彼女の顔は相変わらず赤くなって涙があふれんばかりになっているが、これでいいんだ。あと三年間をどうにか乗り切らないといけないもの。
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