第112話 シェアハウスに再び春がめぐってきた②

 萌さんは翌日の朝早く実家へ行き、二日後にシェアハウスに帰ってきた。


「ただいま……ああ~~っ、疲れたあ!」


 キッチンにいた僕は、玄関で靴を脱ぐ萌さんに、駆け寄った。


「おかえりなさい、萌さん! お父さんの具合は、どうだったんですかっ!」

「まあ、まあ、慌てないで。ちょっと冷たいものでも飲ませて! それから話すから待ってよ……」

「ああ、荷物運びます!」

「ありがとっ」


 キッチンで一気に冷えたお茶を飲む萌さん。僕は、事の顛末を早く知りたかった。


「お父さんは……お父さんは、大丈夫だったんですかっ!」

「まあ、命に別状はないから、安心して」

「ふうう~~~、それはよかった……」


 僕にとっての一番の心配事、それはこれからもここにいられるかどうかだ。


「何とか持ち直して、元気になった。やっぱり戻って来てほしいとは言われたけど、まだまだ大丈夫そう」

「それで、戻って来いって言われたんですかっ?」

「もう少し、こっちで頑張るから、って言ったら何とか納得してくれた。私を呼び戻したくて、大げさに電話をよこしたのよどうせ」

「ああ~~~~、よかった……。それじゃあ、今まで通りここにいられるんですねっ!」

「そうよ、安心してね」


 僕は飛び上がらんばかりにうれしかった。いつの間にか立ち上がり、飛び上がっていた。万歳をしたい気分。


「あら、あら、そんなに喜んでくれて、嬉しいわねえ」

「そりゃそうですよ。二日間それが心配で仕方なかったんですから」

「なあ、そうだったの。そんなに心配してくれたなんて、私幸せだわ!」


 嬉しそうな僕の顔を見て、彼女も立ち上がりグイっと引き寄せハグしてくれた。ふんわりした胸の感触が心地よい。シャンプーの甘い香りが鼻腔をくすぐる。


「わあ、萌さ~~ん。やめてくださいよ、もう」

「あら、いやなの~~?」

「嫌じゃないですけど、くすぐったいですよ」

「くすぐってないけど……」

「あははは……」


 すると、再びぎゅっと抱きしめてくれた。僕のほうもお返しに、抱きしめ返した。


「喜んでくれたお礼よ!」

「わっ、お礼だなんて……感激!」

「再開を祝して」


 もう一度ハグ。


「ところでさあ……」


 体を話した萌さんは、急に真顔になった。


「日南ちゃんとはどういうことになってるの?」

「どういうことって……彼女とはちゃんと付き合うことにしました」

「ちゃんとって……何かな、それ?」

「ですから、交際するということで……」

「ふ~ん。彼女はそれでうれしいでしょうけど、今まで通りじゃダメなのかしら」

「そのようで……日南ちゃんは不思議な女の子ですから」

「一緒に住んでて、いろんなことで助けてあげて、その時点で、もうすでに付き合っているようなものだったけど、おかしいわね、彼女」

「まあ、日南ちゃんですから」

「彼女、意外と独占欲が強いのかも……嫉妬深いのかもよお」


 じ~~っと僕の顔を見る目が、鋭くなった。


「そうかなあ」

「そうよ。そうに決まってるわ。あのポーカーフェイスは偽の顔かもよ」

「まったく、萌さんったら」

「私、女を見る目は結構確かなのよ」

「……だと思いますけど。多分今はそのほうがいいと思うので……彼女ちょっと情緒不安定なようで」


 だんだん不安になってきた。


「まあ、そんなところもあるかもね」

「……僕も、どこか変なのかな……日南ちゃんと共通点があったりして……」

「じっくり考えてみて……香月さんも素敵な女の子みたいだし、時間をかけてみれば何か変わるかも」

「う~む、そうですか……」


 萌さんが戻ってきて本当に良かった。彼女も僕を支えてくれた人の一人だ。それからこれからも一緒にいてくれて……嬉しい。彼女がいるとシェアハウスは一気に華やかになる。ぎゅっとハグされた時の感触は、ふんわりして姉のようでもあり憧れの女性のようでもあり、妙に安心感があった。


「さ~~って、と」


 萌さんは立ち上がり伸びをした。もう部屋へ戻るのかな。


「疲れたわあ。お風呂に入ってあったまろうっと!」

「それがいいですよ。今日はゆっくりして下さい!」

「じゃっ、お先にね」


 彼女はウィンクして荷物を担いで部屋へ戻った。一人残された僕は彼女に言われた言葉は心の中で反芻していた。日南ちゃんは嫉妬深い女……。そうかな……。

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