第110話 シェアハウスは修羅場③

 自分が優柔不断だからいけないんだ、と自分のせいにしてみたり、日南ちゃんが強引なのがいけないのだと彼女を悪者にしてみたりしたがちっとも気分はすぐれなかった。


「う~~~っ、胃が痛くなってきた」


 これは、神経性のものだ。香月さんと日南ちゃんの顔が交互に出てきては悩ませる。自分の胸元に迫ってきて、さあはっきりしろと迫る。香月さんのほうが達観していて、まったく余裕がないのが日南ちゃん。


「だから、僕は香月さんと付き合ってて……」

「なによっ、私とこんなに今までかかわってきたのに、どういうことっ!」


 と頭の中で、日南ちゃんが胸元をつかむ。


「ふう」


 すると、部屋をノックする音がした。


「ちょっと……いいかな」

「誰ですか……」


 あれ、光さんの声。


「どうぞ」

「失礼」


 萌さんは、部屋に入ってくるとベッドに座っている僕の目の前に立った。


「大変なことになったわね,夕希君。顔色が悪いわよ」

「ああ……わかりますか」

「わかるわよ、あの日南ちゃんの様子を見れば。それに彼女……」

「……ああ、そういえば光さんは花島さんとどうして別れちゃったんですか?」

「それ、今聞くかなあ? まあ、いつも一緒にいて気心は知れてきたんだけど、ちょっと細かいところですれ違いがあるなって、気が付いて……少し距離を置いた方がいいなと思ったのよ」

「それじゃ、完全に嫌いになったわけじゃないんですね?」

「そんなところ……まあ、元には戻れそうもないけど」

「そうなんですか。難しいなあ」


 僕にはお似合いのカップルに見えたんだけどな。


「さて、夕希君はこれからどうするの?」


 即答できないでいると、


「まあ、いいよ。答えるの難しいよね」

「大体気持ちは決まりました」

「あら、そうなの」


 と光さんは意外そうに目をぱちくりさせて驚いた。


「どちらにしろ、自分の心の声に耳を傾けて、それに素直に従うことね。自分もはっきりしなくて偉そうなことは言えないけど、それが一番だよ」

「そうですね。吹っ切れました」


 光さんは、笑みを浮かべて親指を立て、ガッツポーズをとった。


「それはよかった。迷いはないみたいで」

「……まあ」


 神妙な顔で僕を見つめる光さん。断定できないのが情けない。


 ってことで、僕は決心して日南ちゃんの部屋をノックした。


「日南ちゃん、話があってきたんだ」

「なに……話って?」

ドアを閉め、ごくりとつばを飲み込んでいった。


「これからは僕と付き合おう」

 

すると……


「……へっ、そんな……突然」


 日南ちゃんは泣きそうな顔をした。こういう話って突然来るんだよ。


「それで……いいのかな」


 って、そうなることを望んでいたんでしょう君は。はっきりしようよ。


「気にしないで。これからは日南ちゃんの気持ちをもっと大事にする。しっかり受け止めるからさ」

「……うっ!」


 唸ったぞ。どういう気持ちなんだ。


「……うっ、うれしい」


 ほっ。そうか、それなら。至近距離に入ろうか。半径十センチぐらいの位置に自分の身を置く。体温が伝わってきそうなほどの至近距離。


「だから、今まで以上によろしくね!」


 僕は右手を前に差し出す。日南ちゃんはその手をぎゅっと握りしめた。私だってこんなに力が出るんだよ、と手が主張していた。


 今度は日南ちゃんに交際を申し込む羽目になった。僕って優柔不断なんだろうか。

 

 いや、断じて違う!


 となると香月さんにそのことを知らせなければならない。二股をかけるなんて、僕の柄じゃないし、そんなこと自分の良心が許さない。


「香月さん、今いいかな」


 彼女に電話すると、甘く優しい声が聞こえてきた。ああ、この声に弱いんだよなあ。僕はぐっと唇をかみしめて、次の言葉を探した。心の中で何度も繰り返し練習した言葉だ。


「香月さん、僕謝らなきゃならないことがあるんだ」

「えっ、何かな?」


 はっとして、息をのむのがわかる。次の言葉をゆっくりと彼女に告げた。


「付き合うの……ちょっと保留にしてほしいんだ」

「保留って……なにそれ?」


 さらに息を詰める気配がする。声が震えている。


「あのね……僕は迷ってばかりで、自分の気持ちに自信がなくなって……だから、このまま付き合うのはまずいと思う」


 あ~あ、まったく自分の都合だけだ。言っている自分が情けなくて、穴があったら入りたい気分だ。それじゃあ、どうして付き合おうなんて言い出したんだよ、と自分のことを責める。自分のバカ、バカ、バカって、何度繰り返しても、自分のバカさ加減はちっとも軽減されない。それどころか、増幅されていくようだ。


「……ふっ、やっぱりそうなのね。日南ちゃんでしょう、彼女のことが気になって仕方がなかったのよね、電話が来てから。気が付いてたわよ」

「それじゃあ……」

「私のことなら心配しなくていいわよ。彼女のそばにいてあげて。大変だったんでしょう」

「そうでもないけど……」

「ほんとに、僕は情けない奴だな」

「……夕希君らしい」


 はあ……本当にこれでよかったのか。まあいい、これが今の最善の策だと心に念じた。

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