第109話 シェアハウスは修羅場②

「日南ちゃん、僕は今日デートだったんだ、香月さんと」

「聞いた……萌さんから。私それで……」

「僕は彼女と付き合うかな、って思ってたんじゃなかったの?」

「そうだったね。だけど、いざ二人が一緒にいたなんて聞いたら……焦って……どうしようって……」

「ふ~ん、そうだったの」


 二人の恋の行方が、気になって仕方なかったということ。この間は、平然としてたけど、あれは強がりだったのか。


「やっぱり、夕希君がだれかと付き合うと……私どうしたらいいかわからなくなる。今まで通り頼っちゃいけないのかな、とか、今までの様に話をしていいのかな、とか」

「そう……悩んでたんだ」


 と、こちらも悩んだポーズをとる。


「だって……」


 あれ、あれ、今度は泣きそうだぞ。顔面が壊れそう……。


「やだ……な……。そんなの」


 本当に泣きそうになってきた。表情がさらに壊れていく。


「あのさ……」

「あ~~~ん、やっぱり嫌だ……」


 って今度は怒って、顔が真っ赤になった。


「う~ん」


 百面相だ。


「はあ……あ~あ。私も美人になりたい」

「そう」


 顔を押さえた。その顔の間からしずくが見えた。僕はその手をくいっとつかんで、 顔を覗き込む……やっぱり大粒の涙が瞳からあふれ出て、頬を伝っているではないか。


「あっ、やだっ。見ちゃ……」

「もう、しょうがない奴だなあ……」


 僕は反射的にベッドに横になっている日南ちゃんのそばに膝をつき、くいっと顔をこちらへ引き寄せた。


「えっ……」

「もう、だからしょうがないなあ、まったく……何やってるんだか……」

「だって……」


 日南ちゃんはまともに言葉を発することができないでいる。これはどういうことかと、涙を浮かべてきょとんとしている。


 あ~あ、仕方ないとばかりに体を引き寄せて、背中に両手を回した。自然、彼女の顔が僕の胸の中に埋まった。今度は声を出して大泣きし始めた。


 あ~あ、もうなんてこった。こういう展開になるなんて、予想もしてなかったんだぞ。


 成り行きか……。いや、そうじゃなかったのかもしれない。ふんわりして、あったかい気持ちがこみあげてくる。香月さんと一緒にいた時とは違った感覚。


「え~~~ん、ヒック、ヒック、うう~~~ん、えええ~~~ん」

「そんなに泣かないでよ、僕が泣かしてるみたいじゃないか」

「だってえ、ああ~~~ん、わああ~~~~ん」

「ちょっと!」


 髪の毛を撫でる。


「ヒック、ヒック、ヒック」


 ひきつけを起こした子供みたいだぞ。大丈夫かっ!


「日南ちゃん! 大丈夫だよ! しょうがないな、困ったときは、これからも呼びだしていいからさ」

「ああ~~~っ、わあああ~~~ん」


 やめろよな、そろそろ。


 これでもかっ、とぎゅっと抱きしめると、日南ちゃんの小さな胸は僕の胸の中にすっぽり収まった。両腕を出して僕の背中にしがみつくが、その手も小さい。ショートボブの髪の毛は、寝ぐせとわあわあ泣いたため、既にクシャクシャだ。


「せっかくの可愛い顔が台無しだぞ!」

「くっ、くっ、くっ、くっ……」


 今度は笑っているのか。いや違う。感動しているらしい。可愛い顔、というくさいセリフに感動しまくった。


「よしっ、僕はいつも日南ちゃんのナイトになるから」

「わああ~~~~~いっ」


 あれっ、旨いこと言わされてしまった。


 うわっ、しまった! このくらいにしておこう。


「もう、大丈夫……」


 僕は腕を離して、体を離そうとする。だがしがみついた彼女の両手がそうさせてくれない。なにっ! 日南ちゃん、僕に迫ってるのか!


「あのさ……もう手を離してもいいんじゃない?」

「あ……いけない」


 は~~~あ、いつの間にかこういう関係になっていたんだ。いやなのか? と心の中で問いかけると、そうでもないという自分がいる。


 

 その日の夜のこと……。


 電話があった。


 着信相手は……えっ、元カノの結衣!


 これはピンチだ! 彼女から連絡があると、嫌な予感しかしない。まさか日南ちゃんのことでは。絶対にそうだ。


「は……い」

「あのさあ、夕希! どういうこと、日南ちゃんとっ!」


 やっぱり……。


「どういうことってなんだよ? やましいことはしてないぞ」

「ええ~~~っ、弁解するところが怪しいのよ。日南ちゃんを散々たぶらかしといて、もう、彼女どうにかなっちゃうわよ」

「はあ? たぶらかしたあ? そんなわけないだろ」

「だって、日南ちゃんのこと、あんなに苦しめといて。怪我までさせるなんて、まったく相変わらず変わんないわねっ、あんたって!」

「僕が怪我させたわけじゃないっ! 彼女が勝手に慌てて自転車で暴走したんだっ!」

「もう、そういうところが、変わらないって言ってるのよ! ちっとも女の子の気持ちがわからないで、気持ちをもてあそんでっ! しかも、自分は涼しい顔してほかの女の子とデートするって、どういうことよ。あああ~~~っ、全く頭にくるわねえ!」


 話が止まらない。もう、やめろよ!


「ちょっと、ちょっと、やめろ! 僕の話を聞け~~~~っ! 僕は騙してもいないし、彼女を誘惑してもいない。日南ちゃんが何を言ったのかは知らないが、勝手に暴走してるだけだし、一方的に決めつけるのはやめろ~~~っ! 日南ちゃんは同居人だから、いつも僕を頼りにしてるだけなんだよ~~~~!」


 はあ、言えた。元カノから、今度は親友のことで文句を言われた!


「もうっ、日南ちゃんを傷つけたら私がただじゃ置かないからねっ! もういいっ!」


 ッと言い放って電話は切れた。


 は~あ、こっちが寝込みたいような気分だ……。ベッドに入ってうずくまった。何故かふわふわでくしゃくしゃの日南ちゃんの髪の毛の感触が手に残っていて、甘酸っぱい気持ちになっていた。

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