第108話 シェアハウスは修羅場①

 さあ、そろそろ帰る時間だ。日が沈みかけているからな。


 沈みゆく太陽を恨めしく思いながら、歩き始める。


 電車に乗りスマホを取り出す。日南ちゃん一体何の用だったんだ。メールをチェックすると……。


 えっ、なんだって、「助けて、夕希君、すぐ来て!」 ってどういうことだ!


 何があったんだ?


 しかもメールで救助を要請するなんて、僕がどこにいるか知らなかったからか。それとも、デートだと知って妨害するために、わざとこんなメールを送ってきたのか!


 わからん!


 日南ちゃんだけに、全くわからん!


 電話とメールが入ってからだいぶ時間が経過しているじゃないか! 


 すぐに「どうしたの、何があったの?」と返信した。


 こんなに時間がたってるんだ、たとえ何かあったとしても何とかしただろう。


 すると「怪我をして、歩けなかった……。でも、光さんに助けてもらって……何とか……助かった」という返信。


 これじゃ全貌がつかめない。詳しく説明しろよな。


「どうして?」と返信すると、「ああ……もう休む」とだけ返事が来た。


 一体どうしてしまったんだ、日南ちゃんは。こんな大切なデートの日に。自分は香月さんのことだけを考えていたはずだったのだが、日南ちゃんのことが気になって仕方がない。


 そんな様子を見た香月さん。


「……あれ、さっきのメール?」

「……ま、まあね」

「急用だったの? 大丈夫?」


 僕は取り繕ったように、笑顔を見せて「心配ない……」といった。


「それにしては、顔色が悪いわ……」

「ほんとに、何でもないって!」


 怒鳴ってしまった……。ふう……。


「変なの……一人で怒ってるみたい……」

「ああ……」


 なんでだろう、気持ちが落ち着かない。香月さんと一緒の時間を楽しもうとすればするほど、日南ちゃんのことが頭をよぎる。香月さんは話題を変えようと、スマホの写真を見せていった。


「羊の写真……見て。可愛かったわよね」

「うん……そうだね。愛嬌があるよなあ~」

「ポニーも……よく撮れてるでしょう?」

「そうだな……」


 言葉が続かなくなった。


「疲れた?」

「あ……ちょっと」


 会話までがぎこちなくなり、ついに目を閉じた。


 

 駅へ着き、そんな僕の様子を察したのか香月さんは「じゃ、また」と手を振り、後ろを向いた。あ~あ、怒らせちゃったかな。


「うん、もう暗くなったから、気を付けてね」と後ろ姿に、声をかけた。


 そして、シェアハウスへ急いだ。


 日南ちゃんは、一体どうしたというんだ!


「ただいまっ!」


 すると、キッチンにいた光さんがいった。


「夕希君、日南ちゃん大変だったのよお」

「どうしたんですかっ! 怪我でもしたんですかっ!」

「そうなの」

「やっぱり……」


 メールで救助を要請していたのはそのせいだったのだ。


「それで今どこにいるんですか! 病院ですかっ!」

「部屋で休んでるの」


 なんだ、大したことないんじゃないか。


「様子を見てきてあげて。だけど日南ちゃんって、よ~っぽど夕希君のことを当てにしてるのね」

「ああ、電話とメールが入っていたけど、すぐに気が付かなかったもので……」

「そうだったの……大変だったのよ」


 また大変だったといっているが、光さんの話も要領を得ない。


「大変、大変って、何が起きたんですか?」

「日南ちゃん、自転車が横転してかなり派手に転んだの。それで、足を怪我しちゃったのよ! 痛くて、血が出てるし、動けないって、それで真っ先にあなたに電話したんだって。だけど連絡が取れないって、私に連絡してきてね。病院で勤務中だったんだけど、急いで駆けつけて手当てしたの。連絡取れるはずないじゃないよね、今日は別の人とデートだったんだもの。駅であなたと女の子が一緒にいるところを見たって、萌さんから聞いたんですって。あ~あ、余計なことを言わなければよかったのにね。それで、日南ちゃん気が動転して、あわてて自転車を飛ばして、あんなことになって」

「何考えてんだか、日南ちゃんったら! それで怪我の具合は、どうなんですかっ!」

「部屋へ行ってあげて」

「わかりました!」


 なんだよ、僕が香月さんとデートしていたからって、慌てることなんかないじゃないか。そんなことわかってるはずなのに。しかもよりによって、怪我したからって、僕に連絡するなんて! 


 ああ~~~、そんなに僕のことが気になるのか、日南ちゃん。


 ドアをノックした。


 返事がない。


「日南ちゃん、いないの?」

「あっ、夕希君」


 ったく、何やってるんだよ。


「入るよ」

「……どうぞ」


 恐る恐る部屋へ入ると、日南ちゃんはベッドに横たわって顔だけこちらへ向けた。申し訳なさそうな顔をしている。


「どうも……」

「まったく、しょうがないなあ。自転車で転んだんだって」

「そう……痛かった、それに血も沢山出たし、歩けなかったし、どうなるかと思った」

「骨は?」

「何ともないって」

「そっか、心配して損した」

「えへ……」


 日南ちゃんは、布団をめくり包帯で巻かれた足を見せた。


「派手に擦りむいた……スカートで砂利道で転んだから、自転車が横倒しになって……」

「慌てて、スカートで自転車に乗るからだよ」

「……まったくみっともないね、私」


 包帯でぐるぐる巻きにされていて、痛そうだ。


「それで電話してたんだね」

「だって……ほかに頼る人がいないから……困ったときには一番来てほしいんだもん」

「すぐに出なくて、悪かった」

「あ……しょうがなかったね」

「すぐに出ればよかったんだ」


 こいつ、甘えまくってる。


「でも、遠くにいたから来られなかったよね」

「そうだね」


 そういう問題じゃないんだけどな。


「光さん、看護師さんだから二番目に電話したの。そうしたら、病院から来てくれて」

「よかった、光さんがいて」

「ほんとう、ありがたかった」

「救急車は呼ばなかったんだ?」

「それほどじゃないし……恥ずかしいから」

「そっか、日南ちゃんらしいな」


 ああ~あ、大したことはなくてよかった。でも、本当はどうなってしまったのか、ものすごく心配だった。自分で思っていた以上に、彼女のことを心配していたのかな……。

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