第106話 香月さんとデート②

 今日は、香月さんとデートの日。昨日は早めにベッドに入ったが、なかなか寝付けなかった。どんなことが起こるのだろうか、と想像を巡らせると目がさえてしまったのだ。


 待ち合わせの駅にも早く到着。彼女の顔を見た途端に、ぴくんと心臓がはねた。


 

 電車とバスを乗り継ぎ、目的の牧場へ着く。休日といえども、冬の日のさなか。客は多くはなかった。親子ずれがぽつりぽつりと見える程度だ。だが、天気は上々。抜けるような青空に、ぽっかりと浮かぶ雲の白は、まるで水色の背景に白い水彩絵の具で描いたようだ。


「わあ~~~、広くていい! 気持ちまで広くなる」

「う~ん、のどかねえ。天気もいいし、最高っ!」


 香月さんの服装は、ジーンズに、トレーナー、ダウンジャケットを羽織っているので暖かそうだ。僕の方もジーンズに、上はネルシャツ、そしてダウンジャケットという似たような服装。外を歩くので、防寒はばっちりしてきた。


「そんなに寒くないみたい。太陽の光がありがたいわ!」

「そうだな、思ったほど寒くはない。だけど油断しない方がいいよ。屋外にいると、思いのほか体温が奪われるものだからね」

「そうなのよね。だからね、ほらっ!」


 やはり、彼女は使い捨てカイロを持っていた。


 広々とした牧場には羊たちがのんびりと草を食んでいる。向こうの方にはポニーも見える。


「おお、羊がいる。そばへ行ってみよう」

「そうね。可愛いわね」


 なかなか寄ってこないな。あれ、あの家族ずれのそばにはいるけど……なんだそういうことか。僕はエサを購入した。


「可愛いい~~。こっちだぞ」


 と餌を見せると案の定、寄ってきた。


「柵があっても、こんなに近くまで来るのね」

「お腹すいてるんだろう」

「人に慣れてるわ」


 手を伸ばせばすぐに手が届きそうなほど近い。頭を撫でてみると、嫌がらずにこちらを見ている。えさを鼻先に持っていくと、愛想を振りまく。顔が笑っているようにも見えるな。


「は~い、ご馳走よ。どうぞ」

「おまえにもやるから待ってろ。おお、がつがつしてるな」

「は~い、こっちもね」


 近くにいた数頭がその様子を見て、こちらへ寄ってきた。まるで、池の鯉の様だ。その様子が可愛くて、餌を購入して食べさせている人が数組いる。小さい子供などは大喜びだ。


 餌をあっという間に平らげ、名残惜しそうに見つめる羊たちを後に、道を歩くことにした。


 遮るものは何もない。太陽の光が明るく照らしている。木々も草も生き生きしている。


「爽やかだなあ。こんなところで暮らしたいなあ」

「と~~っても、いい気分ね」


 今は、試験のことも、勉強のことも、将来のことも、そして日南ちゃんのことも、忘れてしまおう。


 太陽の光に照らされて、香月さんは輝いている。


 歩くたびに揺れる髪は、黄金色に輝いているし、頬は透き通るように綺麗だ。


 そしていつも引き寄せられるように見つめてしまう唇。やっぱり、上唇が三角形の山のような形でキュートだ。


 一緒に歩いているだけでいい気分だ。


「試験のことも忘れて、自然の中に浸れる」

「うふふ、今日だけはね」

「そんなにいろいろ大変なの?」

「いや……そういうわけじゃないけど」

「でも、色々悩み事があるのね」

「まあ……」


 そうだ、帰ったらまたすぐ現実に戻るのだ。バイトのことに、大学のことや、その他生活のこと色々。


 歩いていると、人の姿はほとんど見えなくなった。


「よかった、一緒に来られて」

「な~に、急に」

「だって……」


 ずっとこうなるっことを、心の中で願っていたんだから……。


「いつでも来られるわよ、また」

「そうだよな」


 これからいろいろなところへ行きたい。二人で……。


 彼女の手にそっと触れた。思いの他暖かかった。


 手をつないで、道を歩き牧場の外れまで来た。すぐわきは木々が生い茂った森だ。うっそうとして森の中は薄暗い。道も日陰になってしまい、寒くなってきた。


「引き返そうか……寒いね」

「うん、寒い~~~」


 香月さんは、両手をすり合わせてから、ポケットに入れた。中にはカイロが入っているから、暖かいのだ。


 元来た道を引き返し、牧場の中心部へたどり着いた。そこにはレストランと売店がある。ちょっと温まろう。暖房の効いた店内は暖かかった。


「おお~~~、嬉しいなあ」

「ホッとする」


 カウンターヘ行き、暖かい飲み物を買いテーブルに向かい合って座った。

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