第104話 恋愛談義(日南ちゃん)⑤
香月さんと付き合うことになったのだが、当たり前のことだが日南ちゃんとは相変わらずシェアハウスでは共同生活をしている。彼女の思わせぶりな態度からすると、かなり複雑な思いだ。
思い切って、彼女には告げておいた方がいいのかな……。どうしよう。
いつも通りに日南ちゃんが挨拶をする。
「夕希君、おはよう」
「あ……おはよう。食パン食べるんだね」
「いつも通り……」
顔を合わせれば、当然一緒に食事することになる。僕もコーヒーを淹れるついでに声をかける。
「コーヒー飲む?」
「うん」
まったく普段と変わらない会話。
日南ちゃん、誰かと付き合ったことあったかな?
ふと高校時代のことを思い出す。僕の記憶では、特定の男子と二人だけでいたことはなかったような気がする。
「日南ちゃんって、高校のころ誰かと付き合ったことあったかな?」
「えっ、えええ~~~っ、えっ、えええ~~~~っ! それは……」
パンを持つ手が震えている。
「なかったよね?」
「まあ……そう」
「夕希君は……あった」
その通り、日南ちゃんは元カノの親友だもの。付き合うことになったいきさつから、別れまで全てを知っていた。だから、さんざん悪口を言われ、振られてしまったことまで知っている。焼けた食パンをさらに載せていった。
「あのさ……」
「何?」
「夕希君って、女の子が放っておけないようなタイプ……だね」
「そうかな。どうして?」
「だって……いつも視線が熱いし、かまってほしいオーラが出ているし、頼りがいがあるし……」
「ちょ、ちょっとさあ、頼ってくるのは日南ちゃんだけだよ。そうやたら頼られたりはしないし、かまってほしいオーラなんて出てないよ」
「えっ……だって、シェアハウスのみ~~んなが、夕希君にかかわってるし、かかわりたくなるような雰囲気があるって言ってるし……」
「そうなのかあ、初めて聞いたよ、それ」
くすぐったい気分だなあ。
日南ちゃん、どういう恋愛観を持ってるんだろう。
「ところでさ、日南ちゃんはどんな時にときめいたり、恋心を持ったりするの?」
「私は……そうねえ……素敵な男子と話をしたり……助けてもらったり……そばに来てくれて励ましてくれたり……うわあ~~~恥ずかしい。夕希君ったら、もう。そんなこと聞かないで」
顔を赤らめて、両手をバタバタと振っている。
「ふ~ん、そうなの」
「夕希君みたいな人はいいな」
はっ、やっぱり。僕が好きなのか。
「僕のことよく見すぎだよ。そんないいやつじゃない」
「そっ、そっ、そっ、そうかなあ……」
「夕希君、すごく頼りになるし、いい人だな。マラソンをやってた私のことを馬鹿にしないで、ず~っと最後まで見守っててくれた」
「ま、まあ、日南ちゃんが頑張ってたからね。頑張ってる人は応援したくなる」
「そういうところがいいの」
「ありがとう。照れちゃうな」
やっぱり香月さんのことは黙っていた方がいいか。
「だけど、夕希君はやっぱり香月さんが好きなのかな……ってときどき思う」
「えっ、それは……」
「なんかわかる……」
といって、うつむいて食パンをかじる。時折コーヒーカップを握りしめて、少しづつコーヒーをすする。
いつもの日南ちゃんの食事風景。
「やっぱりわかるかな。香月さんと……付き合おうかと思って……」
「え……そう……いいんじゃない……かな」
「んっ……そう」
「夕希君が好きなら……」
あ~あ、いってしまった。いつまでも僕のことを彼氏だと思われていても困る。心を鬼にして、釘を刺しておいた方がいい。ショックだろうな、と思ったけど彼女は取り乱す風な様子もなく黙々と食パンをかじっている。その態度もまた気になる。
一体どうしたんだ……。
「そうなんだね……やっぱり」
ショックじゃなかったのかな。
「あの……日南ちゃんに似合う人ってきっといるよね。優しくていつも温かく見守ってくれる人」
「うん……期待して待つことにする」
僕はじっと日南ちゃんの顔を見る。ますます気になる。寂しそうでもあり、達観したようでもあり、怒っているようでもあり、悲しそうでもあり、いろんな気持ちが入り混じっているような複雑な表情。そして、気持ちが読めない。
「あのさ……」
「気にしなくて大丈夫……私は」
あれ、取り乱して、どうして~~~、とか、やだ~~~、とか、言われると思っていただけにこの反応は気になる。
「日南ちゃん、好きな人っている?」
「いないよ……べつに」
「そっか……」
「どんな人が好きなの?」
「私はね、いつも温かく見守っててくれる人が好きなの。それから話が面白くて、ユーモアのセンスが良くて、ファッションも決まってる人。私の望みは、とっても高いの……だからなかなかできない……」
「そうなんだね。僕なんか日南ちゃんの理想の彼氏には程遠い」
「……そうでもない……」
あれ、今度は目を潤ませて見つめてる。本心を明かさないのが、彼女の特技。
「あった瞬間にハッとする人っているよね。第六感っていうのかな、なんかそれって結構当たっているような気がする。そんな人にず~っと心惹かれてしまう」
「ビビット来る人ね。わかる……私も」
コーヒーをおいしそうにすする。
「いつも美味しいなあ、夕希君の淹れてくれるコーヒー。これからも飲んでもいいよね」
「うん」
「よかった……それから、これからもいろんな話してもいいよね……」
「うん」
「よかった、それなら」
「時々頼ってもいいかな」
「まあ……いいけど」
「それで……いいよ……」
それから、コーヒーカップを丁寧に洗い、自分の部屋へ戻っていった。
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